眼鏡フェチがバレたら、税理士さんに甘く逃げ道を塞がれました

 スタッフさんに声をかけてマシンの修理依頼と返金をしてもらい、近くのコンビニでコーヒーを買ってから予約済みの個室スペースに入る。そしていつものように封筒を手渡した。

「今月分、仕分けお願いします」
「はい」

 封筒の中身は、大量のレシートだ。私はフリーランスの脚本家で、主にWebの短編ドラマやアニメのシナリオを生業としている。月に一度こうして会い、経費になるものとならないものを分けてもらっているのだ。瀬戸さんは、折れ曲がった感熱紙を広げながら片眉を上げた。

「随分資料代がかかってますね。合計すると案件報酬より高くなるんじゃないですか?」
「えっ……そんなことになってます?」

 私は直面した事実に震えたが、知らないものは書けないので仕方ない。近隣の図書館にない特殊な書籍だったのだ。

「でも1回買っちゃえば、後は無料で読み放題なので!」
「そうなんでしょうが……こんな案件ばかりでは赤字ですよ」

 向かいの席で彼が呆れたようにため息をつきながら、資料や交通費などの明らかな経費とそうでないものを分けていく間、思わずじっと見つめてしまう。

(眼鏡姿……いいなぁ)

 切れ長の瞳はフレーム越しに見るとまた違った魅力がある。ブリッジから伸びる鼻筋は、すっと通っていた。

(瀬戸さんって顔立ちも整ってるもんね。これまでは『綺麗な顔の人だなぁ』としか思わなかったけど、今は眼鏡で魅力が爆増してる)

 そこで瀬戸さんが、ふいに顔を上げた。

「……森川さん」
「はいっ!?」

(もしかして、ずっと見てたのがバレた……!?)

 彼は何枚かのコンビニレシートを掴み、私の顔の前に突きつけた。

「エナジードリンクを何本買ってるんですか。この日なんて昼に買った後、夜にも追加していますよね。先月末に何があったんです?」

(なんだ、そっちか。よかった……)

 封筒にはお財布から取り出したレシートを一切合切入れていて、生活用品やら食費やらまで一緒くたになっているのだ。密かに胸を撫で下ろしながら、指さされたレシートの日付を見つつ、パソコンのカレンダーアプリから作業記録をたどる。

「あー、そうそう……取引先から急に企画を変更したいって言われて、代案を出してたら執筆開始が後ろ倒しになったんです。そうしたら、別の締め切りと被っちゃって」
「それは先方のせいでもあるでしょう。あなただけにしわ寄せがくるのは納得できない」
「まあ、公表しちゃってる公開日は簡単に変えられませんから……スケジュールの遅れは、私が頑張って吸収すればいいので」

 あの時は大変だったけど、喉元過ぎればなんとやら。ものすごく感謝されたし、私としてはOKだ。でも瀬戸さんはそうじゃないらしく、眉をひそめて次のレシートを私の目の前にかざした。

「……冷却用シートも買っていますね。どうせまた額に貼って夜中まで作業していたんでしょう」
「書き続けてると頭が熱くなってきちゃって。人間もパソコンと一緒ですね、あはは……」

 さっきよりも深いため息をついた瀬戸さんは、厳しい面持ちで眼鏡を押し上げる。

「こんな風に口出しするのは、税理士の域を超えているのはわかっていますが……今月は、絶対に無理禁止です」
「はい……」

 こんな感じで、お叱りを受けることもたびたびある。だから少し緊張もする存在だけれど、大人になってからこんな風に叱られることはあまりないので、それがちょっと嬉しかったりもするのだ。

(いい人だよね、ほんとに。それに眼鏡姿で言われると、なんでも『わかりました!』って頷いちゃいそう)

 頬が緩みかける私を訝しげに見た後、彼が時計に目をやる。

「そういえば、昼食はどうするつもりですか?」
「……そっか、もうお昼ですね。まだ作業しようと思ってるので、ゼリー飲料で済ませます。さっきコーヒーと一緒に買っておいたので」

 数値上はしっかりカロリーと栄養が取れる手のひらサイズのパウチを見せると、瀬戸さんは眉間にしわを寄せた。

「……森川さん。私がご馳走しますので、しっかり食べましょう」
「えっ! そ、そんな悪いですよ。というか最近、会うたびにご馳走になってません?」
「それなりに稼いでますので、ご遠慮なく。クライアントの健康を保つのも仕事ですし。もしあなたに何かあれば、取引先をひとつ失いますから」

(サービスが手厚い……ほんとにいい税理士さんに当たったなぁ)

 私はしみじみと頭を下げた。

「そういうことなら、お言葉に甘えて」
「決まりです。和食でいいですか? いつものようにコンビニ弁当が多かったようですから、野菜をたっぷり摂ってもらいたい」
「もちろんです。身体にも優しそうですね」
「よかった。最近いい店を見つけたんです」

 レシートを日付順に並べてホッチキスで止めた瀬戸さんは、経費になる束だけにメモ書きを残したふせんを貼り、封筒に入れ直して返してくれた。

「では、行きましょう」

 コワーキングスペースを出て、商業フロアを備えたオフィスビルが並ぶ大通りを並んで歩く。
 さっきまでいつも通り話していたのに、都会の街を歩く眼鏡姿の彼は、なんだか知らない人みたいに見えた。
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