君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜
忍び寄る影
平日の昼下がり。
柊が職場にいて絶対に不在であろう時間帯を狙い、私は緊張で手に汗を握りながら柊のマンションへと向かっていた。
1階のエントランスにずらりと並ぶ集合ポスト。
周囲に誰もいないことを確かめ、私はバッグから冷たい金属の合鍵を取り出した。
柊の部屋番号が書かれた投函口へ、カチャリと音を立てて鍵を落とし込む。
(これで……本当に、全部終わり……)
暗闇の奥へ消えていく鍵を見届け、私は振り向くことなく、逃げるようにその場を後にした——。
ーーーー
それから、静かな一週間が過ぎた。
平穏な日常が戻ってきたのだと胸を撫で下ろしていた、ある日の夜。
スマホの画面に表示された『柊』の一文字が、静寂を破った。
ドクンと心臓が跳ね上がる。けれど、私は通話ボタンを押さず、静かに画面を伏せた。
直後に鳴った通知音。画面を開くと、上から目線のメッセージが届いていた。
『そろそろ頭冷やしたか? 電話出ろよ』
恐怖と呆れが同時に押し寄せ、私はメッセージを開くことすらできないまま、震える手でそのまま画面を伏せた。
すぐに明里へLINEを送る。
『柊から連絡きたけど、無視したよ』
『うん、無視で大正解! 変に反応しないで放っておきなね!』
明里からの心強い返信に、胸のつかえが少しだけ降りた。
そして、その二日後のことだった。今度は優奈からメッセージが届いた。
『柚那、さっき柊から連絡きたよ。“柚那のこともう俺無理だよな?”って。私が何か知ってると思っての探りだと思うけど、“もう無理だよ”ってきっぱり返しておいたから!』
『優奈、ありがとう……!』
二人の心強い存在に支えられ、今度こそ完全に縁が切れたのだと、私は安堵した。
ーーーー
数日後の夕方。クリニックでの仕事を終え、敷地内の駐車場に停めてある自分の車へと向かっていた時だった。
「……柚那」
車の影から、不意に人影が滑り出てきた。
聞き覚えのある声に背筋がヒヤリとし、全身の血が引いていく。
「し…柊…!?」
思わず後ずさる私に対し、そこに立っていた柊は——思いもよらない表情を浮かべていた。
あの日電話で怒鳴り散らしていた猛烈な怒りは消え失せ、見たこともないほど情けなく、弱々しく落ち込んだ顔。
けれど、その手元に視線を落とした瞬間、私は息をのんだ。
柊の握りしめた手のひらで、見覚えのあるシルバーの金属が鈍く光っていた。
——数日前に、私がポストへと投げ入れたはずの合鍵だった。
「柚那……お願いだから、話を聞いてくれよ……なんで合鍵なんて返すんだよ……」
今にも泣き出しそうな声で呟きながら、柊がジリジリと私との距離を詰めてくる。
一歩、また一歩と迫ってくる異様な姿に恐怖を覚え、私は同じ歩幅だけ後ろへ退がった。
「あの時は本当に頭に血が上ってて……酷いこと言ってごめん。実はあの時、すごく焦ってたんだ……」
何の話か分からずにいる私に向かって、柊は縋りつくような目で苦しい言い訳を並べ始めた。
「先週、県外のクリニックの研修でさ……偶然、千恵ちゃんに再会したんだ。ほら、専門の時、彼氏がいるからって連絡先教えてくれなかった……」
「……」
「久しぶりに会ったらやっぱりいいなと思って。研修が終わった後、お礼の品は郵送で済むのに、どうしても会いたくて……勝手に直接渡しに行っちゃったんだよ。そしたら、千恵ちゃんが怖がって上の人に言ったみたいで……」
「……え?」
「向こうの病院からうちの院長に『ストーカーまがいのスタッフをよこすな』ってクレームが入って……っ! 俺はただ、ちょっと手渡しに行っただけなのに……。院長にも大勢の前で激怒されて、最悪だったんだよ……っ」
にじり寄りながら、自分の非常識な行動を棚に上げ、「自分は悪くないのに大げさにされた」と言わんばかりの口調で同情を誘おうとしてくる柊。
(どこまで自分勝手なんだろう……)
情なんて、最初から微塵も残っていなかった。
過去に相手にされなかった女の子に未練がましく近づき、職場の信頼まで失った挙句、都合よく私に泣きついて慰めてもらおうとする男。
胸にあるのは、ただただ冷めきった呆れと恐怖だけだった。
「……それが、私に何の関係があるの?」
冷ややかな私の声に、柊が怯えたように足を止めた。
私は静かに彼を見つめ、ハッキリと言い放った。
「私、もう柊とよりを戻す気なんて一切ないよ」
柊が職場にいて絶対に不在であろう時間帯を狙い、私は緊張で手に汗を握りながら柊のマンションへと向かっていた。
1階のエントランスにずらりと並ぶ集合ポスト。
周囲に誰もいないことを確かめ、私はバッグから冷たい金属の合鍵を取り出した。
柊の部屋番号が書かれた投函口へ、カチャリと音を立てて鍵を落とし込む。
(これで……本当に、全部終わり……)
暗闇の奥へ消えていく鍵を見届け、私は振り向くことなく、逃げるようにその場を後にした——。
ーーーー
それから、静かな一週間が過ぎた。
平穏な日常が戻ってきたのだと胸を撫で下ろしていた、ある日の夜。
スマホの画面に表示された『柊』の一文字が、静寂を破った。
ドクンと心臓が跳ね上がる。けれど、私は通話ボタンを押さず、静かに画面を伏せた。
直後に鳴った通知音。画面を開くと、上から目線のメッセージが届いていた。
『そろそろ頭冷やしたか? 電話出ろよ』
恐怖と呆れが同時に押し寄せ、私はメッセージを開くことすらできないまま、震える手でそのまま画面を伏せた。
すぐに明里へLINEを送る。
『柊から連絡きたけど、無視したよ』
『うん、無視で大正解! 変に反応しないで放っておきなね!』
明里からの心強い返信に、胸のつかえが少しだけ降りた。
そして、その二日後のことだった。今度は優奈からメッセージが届いた。
『柚那、さっき柊から連絡きたよ。“柚那のこともう俺無理だよな?”って。私が何か知ってると思っての探りだと思うけど、“もう無理だよ”ってきっぱり返しておいたから!』
『優奈、ありがとう……!』
二人の心強い存在に支えられ、今度こそ完全に縁が切れたのだと、私は安堵した。
ーーーー
数日後の夕方。クリニックでの仕事を終え、敷地内の駐車場に停めてある自分の車へと向かっていた時だった。
「……柚那」
車の影から、不意に人影が滑り出てきた。
聞き覚えのある声に背筋がヒヤリとし、全身の血が引いていく。
「し…柊…!?」
思わず後ずさる私に対し、そこに立っていた柊は——思いもよらない表情を浮かべていた。
あの日電話で怒鳴り散らしていた猛烈な怒りは消え失せ、見たこともないほど情けなく、弱々しく落ち込んだ顔。
けれど、その手元に視線を落とした瞬間、私は息をのんだ。
柊の握りしめた手のひらで、見覚えのあるシルバーの金属が鈍く光っていた。
——数日前に、私がポストへと投げ入れたはずの合鍵だった。
「柚那……お願いだから、話を聞いてくれよ……なんで合鍵なんて返すんだよ……」
今にも泣き出しそうな声で呟きながら、柊がジリジリと私との距離を詰めてくる。
一歩、また一歩と迫ってくる異様な姿に恐怖を覚え、私は同じ歩幅だけ後ろへ退がった。
「あの時は本当に頭に血が上ってて……酷いこと言ってごめん。実はあの時、すごく焦ってたんだ……」
何の話か分からずにいる私に向かって、柊は縋りつくような目で苦しい言い訳を並べ始めた。
「先週、県外のクリニックの研修でさ……偶然、千恵ちゃんに再会したんだ。ほら、専門の時、彼氏がいるからって連絡先教えてくれなかった……」
「……」
「久しぶりに会ったらやっぱりいいなと思って。研修が終わった後、お礼の品は郵送で済むのに、どうしても会いたくて……勝手に直接渡しに行っちゃったんだよ。そしたら、千恵ちゃんが怖がって上の人に言ったみたいで……」
「……え?」
「向こうの病院からうちの院長に『ストーカーまがいのスタッフをよこすな』ってクレームが入って……っ! 俺はただ、ちょっと手渡しに行っただけなのに……。院長にも大勢の前で激怒されて、最悪だったんだよ……っ」
にじり寄りながら、自分の非常識な行動を棚に上げ、「自分は悪くないのに大げさにされた」と言わんばかりの口調で同情を誘おうとしてくる柊。
(どこまで自分勝手なんだろう……)
情なんて、最初から微塵も残っていなかった。
過去に相手にされなかった女の子に未練がましく近づき、職場の信頼まで失った挙句、都合よく私に泣きついて慰めてもらおうとする男。
胸にあるのは、ただただ冷めきった呆れと恐怖だけだった。
「……それが、私に何の関係があるの?」
冷ややかな私の声に、柊が怯えたように足を止めた。
私は静かに彼を見つめ、ハッキリと言い放った。
「私、もう柊とよりを戻す気なんて一切ないよ」