君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜

完全拒絶と代償

「私、もう柊とよりを戻す気なんて一切ないよ」

ハッキリと告げた私の言葉に、柊の顔からサーッと血の気が引いていくのが分かった。
まさか私が拒絶するなんて微塵も思っていなかったのだろう。
見下していた相手からの冷絶な一言に、彼のプライドが大きく揺らいでいる。

「な……っ! なんでだよ!? 俺はこうして頭下げて謝ってんだろ!?」

「謝れば何でも許されると思ってるの? 自分の都合で振り回して、八つ当たりして、勝手に別れるって怒鳴ったのは柊でしょ」

冷めた目で見つめ返すと、柊は焦りを露わにして、なりふり構わずすがりついてきた。

「一時の気の迷いだったんだって! 焦ってたんだよ! お前だって俺のこと好きなんだから、意地張ってないでやり直そうぜ……!」

都合が良すぎる彼の言葉に、私は呆れを通り越して、胸の奥から冷ややかな感情が沸き上がってくるのを感じた。
私は自分の車へ逃げ込もうと歩みを進めながら、彼に向かって真っ直ぐと言い放った。

「……柊、自分で言ってたよね?」

「は……?」

「『一度別れたら復縁とかありえない』って。『壊れたものは元に戻らない』って」

「ッ……!?」

柊の動きが、ぴたりと止まった。
目の前で叩きつけられたのは、かつて自分が優越感に浸りながら誇らしげに語っていた身勝手な持論。
それが巨大なブーメランとなって自分自身に突き刺さり、柊はぐうの音も出ずに絶句していた。

「自分の言った言葉くらい、最後まで責任持ちなよ。二度と私に関わらないで」

そう言い捨てて車のドアノブに手をかけた、その瞬間だった。

「——調子乗ってんじゃねぇぞ、お前が!!!!」

背後で響いたのは、人目を憚る余地すらない、獣のような低い咆哮だった。
直後、強い力で腕を掴まれる。袖から覗いていた素肌の手首に、冷たく硬い指がガチッと食い込んできた。

「ひっ……!?」

「逃げるんじゃねぇよ……!」

歯を食いしばった柊が、低い声で毒を吐きながら、力任せに私の手首を引き絞ってくる。

そのまま強引に引っ張られ、逃げ場を塞ぐように車のボディへと肩と背中を重く押しつけられた。

「痛いっ……! 放して……!」

車体の金属の冷たさと、手首を締めつける柊の狂気じみた握力。

必死で車のドアノブにしがみつこうとするけれど、柊の爪が手首の肉へと深く食い込んでくる。

「誰のおかげで付き合えてたと思ってんだ……! 勝手なこと言って逃げられると思うなよ……!!」

狂乱した柊が、私を車から引き剥がそうと力任せに引っ張ってくる。

痛みに耐えて必死で手首を振り払った瞬間、爪がひきつれて皮膚が裂け、鋭い激痛が走った。

私は弾かれるように運転席へ飛び込み、ガチャンッとすぐさま鍵をかけたのだった。

バンッ! バンッ!! と激しく窓ガラスを叩き、狂ったようにドアノブを引っ張る柊。

私は震える手でエンジンをかけ、アクセルを踏み込んで逃げるように駐車場を後にした。

ーーーー

なんとか自宅へ辿り着いた。
親に怪しまれないよう必死に息を整えてリビングを通り抜け、逃げるように自分の部屋へと入ってドアを閉めた。

床にへたり込むと、心臓の激しい高鳴りが収まらず、冷や汗が全身から吹き出してくる。
右腕と手首に走るジンジンとした痛みに、ガタガタと震える手で袖をめくり上げて、私は息をのんだ。

「っ……あ……」

そこにあったのは、あの日、あの部屋で受けた傷よりも遥かに生々しい惨状だった。

直接掴まれた手首は、柊の爪が深く食い込んで流血していて、服の袖口にまで赤い染みが作られていた。
そして爪痕の周囲は、熱を持って真っ赤に酷く腫れ上がっている。

恐怖で指先が激しく震え、何度もスマホを落としそうになりながら、私は必死で腕の傷と手首の惨状を撮り、明里と優奈へLINEを送った。

『クリニックの駐車場で待ち伏せされてた。断ったら逆ギレされて、腕を強く掴まれた……』

直後に、二人から連続でメッセージが舞い込んだ。

『最低!! まじで、警察に相談する!?』

『なにこれ……!? 最低!! 柚那大丈夫!? 今から柚那ん家行くよ。待ってて。』

メッセージの通りそれから三十分もしないうちにスマホが振動し、画面に『近くに車停めたよ、着いた!』と明里からのLINEが表示された。

私は手首の痛みをかばいながら1階へ下り、そっと玄関の鍵を開ける。そこには、車の鍵を握りしめた明里が立っていた。

明里はリビングの方へ顔だけひょっこりと出し、「こんばんはー! お邪魔します!」と声をかける。

奥から「あ、明里ちゃんいらっしゃい〜! ゆっくりしていってね」とお母さんの明るい声が返ってきた。

「はーい、ありがとうございます!」

明里は元気よく返事をして、私を促して一気に2階の私の部屋へと上がる。

ドアを閉めた瞬間、明里の顔から一気に笑顔が消えた。

「柚那……っ! LINE見てとにかく焦って車飛ばしてきたんだけど、急いでたからポケットに入ってた絆創膏くらいしか持ってなくて……っ」

明里が申し訳なさそうに手にした絆創膏を見せてくる。

一人きりで部屋で怯えていた私は、明里の顔を見た瞬間に緊張の糸が切れ、急激に涙が込み上げてきた。

「……ううん、来てくれてありがと……っ」

震える声でそれだけ伝えるのが精一杯だった。

明里は息をのみ、そっと私の腕を取って袖口をめくり上げる。

部屋に逃げ帰って慌てて写真を撮って送った時は、まだ赤い手形がついている程度だった。けれど、あれから時間が経った私の手首は内出血が広がり、紫色に大きく腫れ上がってしまっていた。

「……っ、なにこれ……! 写真のときより全然ひどくなってるじゃん……っ!」

痛々しい傷口を目にした瞬間、明里の顔から一気に血の気が引いていく。

明里は怒りと悔しさで手を激しく震わせながらも、私の隣に腰かけ、しゃくりあげる私の背中を「大丈夫、大丈夫だから……」と優しく撫でてくれた。

明里の温かい手が背中を擦ってくれるたび、強張っていた体が少しずつ解けていく。

親友の手の温もりに包まれながら、私は膝を抱え、少しずつ恐怖の波を静めていくのだった——。
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