君の隣。 〜一番愛した人の裏切り、泥沼のモラハラ彼氏。傷だらけの私を最後に救ったのは、出会って10年、ずっと私だけを思い続けてくれた「親友の元彼」でした〜

親友が押してくれた背中

背中をさすってもらって気持ちが落ち着いたあと、明里は腫れた手首を簡単に手当てをしてくれた。

「……明里、本当にありがとう。ちょっと落ち着いた……」

「本当……? よかった……」

明里はホッと胸を撫でおろすと、私たちはベッドの端に並んで腰かけた。

部屋の中に静けさが戻り、手首のじんとした熱っぽさだけが残っている。

隣に座る明里は、私の顔を覗き込むと、表情をすっと真剣なものに変えて静かに口を開いた。

「ねぇ、柚那。これ……本気で警察に相談したほうがいいんじゃない? 腕に傷まで残ってるんだよ? 明らかに暴行だし、ストーカーだよ」

「警察……」

「それに、お父さんやお母さんにも話した方がいいと思う。家にまで押しかけられてからじゃ遅いし、家族にも守ってもらわないと……」

明里の現実的で切実な言葉に、私は静かに目線を落とした。
家族に心配をかけたくないという思いと、これ以上エスカレートしたらどうしようという恐怖。二人で深く話し合い、万が一また待ち伏せや連絡があったら、迷わず警察と親に打ち明けるという方針を固めた。

話し合いがひと段落し、重苦しい空気がふっと和らいだ頃。
明里が部屋の棚に目を留めた。

「あ、これ……高校の卒業アルバム? 懐かしい! ちょっと見てもいい?」

「うん、いいよ。あ、そういえば昔現像した写真もここにあるよ」

私が引き出しから取り出した写真の束を、明里はベッドの脇に広げてパラパラとめくり始めた。二人で並んで覗き込む。

体育祭のダンス、文化祭の準備、修学旅行の沖縄の海。
そこには、眩しすぎる青春の記憶が詰まっていた。

「わ、見てこれ! 真美の笑顔、この頃から全然変わらないね」

明里が懐かしそうに小さく吹き出す。

「本当だ、懐かしいね……」

他愛もない思い出話に小さく笑い合いながら写真を繰っていくと、一枚の写真の前で明里の手がぴたりと止まった。

夕方の自販機の前で、並んで立つ私と勇斗のツーショット写真。

西日に照らされながら、少し照れくさそうに笑う勇斗と、隣で並ぶ私。

静寂が部屋を包む。明里は真顔になり、そっと私の方へ向き直った。

「……ねぇ、柚那?」

「ん……?」

「勇斗には……連絡しないの?」

「……勇斗?」

不意に口にされた名前に、心臓が跳ね上がった。明里はまっすぐな瞳で私を見つめて言った。

「勇斗はずっと、柚那のこと見てくれてたじゃん。こんな時こそ、頼ってもいいと思うよ……?」

「……っ」

胸の奥がギュッと締め付けられる。私は視線を泳がせ、苦笑いを浮かべながら首を振った。

「……勇斗には……確かにいつも助けてもらってたよ? でも……勇斗にさ、迷惑かけられないじゃん。彼女だっているかもしれないし。それに……なによりも……」

私は明里の顔を真っ直ぐ見られず、俯きながら言葉を繋いだ。

「……明里の元カレじゃん。そんなこと、あっちゃいけないでしょ……?」

自分の気持ちに鍵をかけるための、ずっと大事にしてきた一線。

「……柚那、まさか……私のために、ずっと自分の気持ち我慢してたの……?」

「……っ」

明里は驚きと、少し泣きそうな顔を見せたあと、ふっと優しく微笑んだ。

「本当に……柚那は優しすぎるよ…。バカだなあ。私と勇斗なんてもう、とっくの昔に終わった過去の話じゃん! それに私には今、最高にかっこいいシェフの彼氏がいるの知ってるでしょ?」

わざとらしく胸を張って見せた明里。けれど次の瞬間、彼女の表情からおどけた様子が消え、この上なく真剣で温かい眼差しに変わった。

「……それにね、私知ってるんだよ?」

「え……?」

「高校の時も、バイト先で話してる時もさ……柚那が勇斗の話をしてる時って、本当に楽しそうで、すごく良い笑顔なんだよね。柊くんと付き合ってから辛そうな顔ばっかり見てたから……やっぱり柚那には、勇斗が必要なんだなって思ってたの」

「明里……」

明里の言葉一つひとつが、私の胸にじんと染み渡っていく。

「勇斗はずっと、柚那のこと待ってるよ。だから……勇斗に連絡しなよ」

明里はそう優しく微笑むと、ベッドから立ち上がった。

「今日はもう戸締まりしっかりして、絶対一人で外に出ちゃダメだよ。もしあいつが家に来たらすぐ警察呼ぶこと。……もちろん、私にもすぐ連絡してね。飛んでくるから」

「うん……本当にありがとう、明里」

最後まで私の身を案じてくれる親友の優しさに何度も頷きながら、私は明里と一緒に部屋を出て、玄関まで見送った。

「お母さん、遅くまでお邪魔しました! 柚那、じゃあまたね!」

「うん、気をつけてね」

手を振って帰っていく明里の背中を見送り、パタンとドアを閉める。

静まり返った家の中。

自分の部屋に戻った私は、吸い寄せられるようにデスクへ歩み寄り、引き出しの一番奥に置いてあった小さな箱を取り出した。

フタを開けると、そこに収められているのは——あの高校の卒業式の日、夕暮れの自販機の前で勇斗から託された、金色の『第二ボタン』。

手のひらに乗せると、金属のひんやりとした感触とともに、あの日勇斗がくれた温もりと声が鮮明に蘇ってくる。

(本当に……連絡してもいいのかな……)

あのドライブの時以来、まともに連絡をとっていなかった。急にこんな重い相談をしたら迷惑じゃないだろうか。

不安とためらいで手が震え、胸が張り裂けそうになる。

だけど、手のひらの中の第二ボタンをぎゅっと指先で握りしめると、勇斗の真っ直ぐな言葉が私の背中を強く押した。

『何かあったら、いつでも連絡して』

深呼吸をひとつ吐き出し、私は震える手でスマホを取り出すと、ずっと開けずにいた画面を開き、『勇斗』の連絡先を表示させた——。
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