こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士~前世殺し合った勇者と魔王ですが、わけあって偽装恋人はじめました~

プロローグ

 かつてこの世界には魔王がいましたが、聖剣を手にした勇者と壮絶な死闘の末に相打ちしました。

(と、いうことになっている。実際、勇者ルミナスは命を落とした。亡骸は王都に運ばれた後、大勢に見送られて埋葬された)

「魔王を倒したら結婚しましょうね!」

 勇者と約束をしていた姫君は、悲嘆にくれたという。
 しかしいつまでも悲しんでもいられないので、やがて隣国の王子と結婚し、二か国は併合されて大国となり、子宝にも恵まれ三人の王子が生まれた。
 王国はいまや何の脅威もなく安泰──。
 王宮における現在の最大の関心事といえば、年頃を迎えた三人の王子の結婚相手として見初められるのはどこの姫君、ご令嬢か。
 平和である。

 王宮の裏庭、人気のない散策路の木の上で、日頃リュートと名乗っているその魔導士はうたたねをしていた。
 灰色ローブ姿で、所属は宮廷魔導士。
 波打つ銀髪に翡翠の瞳。迫力ある美貌の持ち主であるが、凄みも威厳もすべて怠惰な眠りの前に色褪せ切っている。
 そもそも、普段からフードを目深くかぶっている上に縁のごつい黒メガネもかけているので、王宮内でも顔はほとんど知られていない。存在感もない。消し去っている。立身出世も望まず、流されるように生きていくことだけを考えているので、本人は現状に満足している。
 何しろ、その素性は元魔王。

 決戦のとき。
 勇者の聖剣にずばっと切られて大出血した折に、魔力は半減していた。もはや魔族を従えるのは困難、弱肉強食の世界では落ちていくだけと知り、さっさと魔王は廃業した。
 魔獣の見た目を維持するのも困難で、現在はエネルギー消費の少ない人型を取っている。
 ちなみに長身痩躯の男性型だが、女性型もとれる。

 その後、なぜ王宮勤めを選んでみたのか。
 それは、かつてずばっと魔王を切ったあげくに、魔獣形態であった魔王の爪でざくっと喉をひっかかれて死んだはずの勇者ルミナスが。
 その勇者の魂を持つ転生者が、この王宮にいたせいだ。

 * * *

「リュートー? またさぼって昼寝してるー?」

 涼やかな声が近づいてくる。
 近衛騎士団所属の若手有望騎士アイネ。小柄で華奢ながら鋭い剣裁きや身のこなしで並み居る強豪をおさえつけて現在出世街道邁進中。
 少し癖のある赤毛を首の後ろで束ねていて、瞳は水色。ぱっと見少女のような可憐な外見をしているが──。
 勇者の魂を持っている。
 見た目ではわからないその事情はともかくとして、アイネには大きな秘密があった。

(俺は最初から気付いている。むしろなんで周りが気付かないのかわからないんだが……あいつが女性であることに)

 生まれ直してもまた、かつての自分の道を歩もうとしているということか。
 アイネは女人禁制の近衛騎士団にどうしても入りたかったらしく、素性を誤魔化して男性のふりをして騎士をしているが、肉体的には女性だ。

「リュートー?」

(しかもなぜか。俺になついてしまった)

「いるけど。上」

 いつまでも名前を呼ばれ続けて、他に誰か来ても面倒という理由でぶっきらぼうに返事をする。

「良かった。話があるんだ。そっちに行く」

 下りてこいとは言わないで、アイネはするすると木をのぼってくる。

(俺は魔法の助け借りてのぼっているんだけど、よくやるよなーこいつ)

 アイネは危なげなく枝に手足をのせて上ってきて、リュートより一段高い枝に軽く腰を預けてから、見下ろしてくる。

「話って?」

 膝の上で開いたままになっていた読みかけの本を閉じて、リュートが葉擦れの光に目を細めながら見上げると、アイネはにこりと笑った。

「やっぱり、上から見るとフードが邪魔にならなくていいね。リュートはいつも顔を隠しているから。もったいないよ、美形なのに」
「ああそう、それはどうもありがとう」

 アイネは王宮内でリュートの素顔を知っている、数少ない人間の一人である。そして、惜しみない称賛をくれる。だがそこに、恋情の気配は微塵もない。
 男装して近衛騎士の道に進んだアイネは、とうに女であることをやめている。
 仮にその立場を捨てるつもりで恋に身を焦がすとしても、周囲に男はたくさんいるので、本人さえその気になれば選びたい放題のはずだ。
 こうして自ら距離を詰めてくることはあっても、決して宮廷魔導士リュートに異性としての興味があるわけではないと思われる。
 ただ、何かが気になっている様子だ。

(何が気になるって、殺し合った仲だから? 何かしら感じるものはあるのかな)

 リュートが見た限り、アイネには前世の「ルミナス」の記憶はない。
 剣筋に似た兆候はあるが、ルミナスより一回り体の小さなアイネがこの平和な時代にどこまで剣士として伸びるかは未知である。

 動乱の時代の寵児であったルミナスは、金色の髪に水色の瞳で人間としては恐ろしく端整な顔立ちをしていた。
 互いに向かい合って殺し合ったその一瞬、魔王であった頃のリュートに強烈な印象を残してこの世を去った。
 爪を濡らした血の温かさと、命が消えていく感覚がまだ生々しく残っている。

「それで、話というのは何なんだ。俺は昼寝で忙しい。あまり時間を潰されたくない」
「昼寝で忙しいって、勤め人としては斬新だよね。仕事はどうしたんだよ」

 アイネは呆れたような顔で言って、手を伸ばしてくる。ごつい黒縁眼鏡のブリッジに細い指をひっかけて、止める間もなく奪い取っていった。
 ぶらりと眼鏡を指の先で揺らしながら、リュートの顔を見つめてくる。

「実は、王子に求婚されてしまったのです」
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