次の世界でも、私を探してくださいね。

43

 「こんな時が来るなんて、想像したことがなかった」
 布団の中で竹香が言った時、冬氷に変な反応があった。
 キャプテンがわたしの言葉に驚いている?

「キャプテンは、こういう日がくると思っていたの?」
 うん、と冬氷が頷いた。
「ずうっと」

 ずうっと。
 冬氷の言葉を心の中で繰り返しながら彼を見ていると、竹香の胸は太い糸でしばられて、ぎゅっと締めつけて、息をするのが困難になった。
 それは風が通り過ぎて、ふたたび呼吸ができる時を待っている人のように、岸壁の上で、ひとり立って耐えているみたいに。
 でも、苦しいけれど、それはいやじゃない。
 いつまでも、嵐の岸壁にだって、こうやって立っていられそうだ。なんでも、できそうな気持ちだ。
 
「わたし、キャプテンのこと、ずうっと好きでした」
 と竹香が心を伝えても、彼は後ろを向いたままで、何も言わなかった。
 
 どうしたの? 
「体調が悪いの?」
「いいや」
 
 冬氷は背中を向けたまま、なかなか肌着を脱ごうとはしなかった。
 竹香のほうが行動的になって、無理やりにひっぱって脱がせたら、彼の身体中にいくつもの傷あとがあった。
 
 きゃっ。
「どうしたの、これ」
 竹香は、自分の心臓に何かが刺さったくらい痛かった。

「だから、転んだと言っただろう」
「転んだくらいで、こんなに傷はつかないわ」
「谷から転げ落ちた?」
「ああ」
「わたしも落ちたことがあるけど、こんなにひどくはなかったわ。どこ?」
「山の上のほうの深い谷」
「裸で落ちたの?」

「今夜はその話はやめておかないか。たいしたことじゃないから。そんなことで、せっかくの夜を台無しにはしたくない」
「わかったわ」

「いい子だ」
 と冬氷が竹香の頭を撫でた。
「子供じゃないからね。ごますかな、傷男」
「きずおとこか」
 と冬氷が笑った。

「その一言で、怪我が全部治った気がする」
 冬氷がそう呟いた。
 元気になってよかったと思ったのだけれど、竹香はキャプテンが何か隠していると思う。でも、人には誰だった言いたくないことがある。そう、言いたくないことは聞かない。そんなことに、この大事なふたりの時間を使いたくはない。


 翌朝、ふたりは眠い目をあけて、お互いを見て「おはよう」と微笑んだ。離山が竹香の瞳を覗きこんで、そこに映っている自分自身を確認するように見た。夢ではなかったというように。
 最悪が続いた時間の後で、世の中が限りなく美しく、すべての人がみんな善人に思えるような夜があった。
 この幸せが、ずうっと続きますようにと竹香は祈る。


 離山は宮廷に行き、皇帝に挨拶をして、仕事の片付け、引継ぎをしたいから、早くに邸宅を出た。
「じゃ、あそこで」
「はい。あそこで、待っています」

 あそこというのは、あの銀杏の木のある寺のことである。
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