次の世界でも、私を探してくださいね。

51

 永剣はあの時のことを思い出していた。

 パレードの後、ふたりになった時、冬氷に付き合ってくれと言ったことがある。
「ケンケンとは、ずっと友達ではないか」
「いや。今までみたいな付き合い方ではなくて、」

 冬氷はその意味を理解したようだが、すぐに断った。
「ぼくには思いを寄せている人がいるんだ」
「チーチーか」
「そうだ」
「チーチーは、まだ子供じゃないか」
「この思いは変わらないから、この話はもうしてくれるな。永剣、きみとはずっと友達でいたい」

 その後、冬氷が幽閉されていた時、洞窟で暮らしていた時、永剣は人目を忍んで会いに行き、自ら進んで友の世話をした。その間、冬氷が話した仙師は永剣だけで、ふたりの仲は近づいたと思っていた。

 しかし、冬氷は人間界に行くことを諦めなかった。
 冬氷が杖をつきながら、山を下りていこうとした時のことだった。

「どうしても行くというのか」
 と永剣がその腕をつかんだ。
「どうしても行く」

「さいごにひとつだけ聞かせてほしいことがある。この3年間、おまえは、一度でも、おれのことを考えたことがあるか」
「ある。おまえがいなかったら、おれは耐えてこられなかったし、ここまで治らなかった。感謝している」
「感謝か。そんなことを聞きたいわけではない。わかっているだろう」
「わかっている」

「竹香にあって、おれにないものはなんだ。おれが男だということか」
「そういうことではない」
「では、なんだ」
「おまえはおまえで、竹香は竹香だ」
「それでは、わからない」
「おまえは親友だ。世界でひとりの友だ」
「竹香はどうなんだ」
「竹香は、光だ。私は光のほうに向かっていきたい。そう決めた」

「おまえがおれの光だということを知っていたか」
「考えたことがない」
「そうか。そういうことか」
「腹が立ったら、さいごの土産に、殴っていいぞ」

「殴るのは、もとの身体に戻ってからだ。今殴れば、おまえは壊れてしまう。これまで世話した苦労が水の泡になめるだろう。元気になって、もどってこい」
「ここには戻ってこられるわけがない」
「おれが、仙界を変える。おまえが、自由に、戻って来られるようにする」
「おまえなら、やれるかもしれない」
「しれないじゃねぇよ。おれはやるんだよ」
             
 
             *
        
 
「おれは、今、副仙督なんだぜ。もし総仙督になったら、仙師界を改革して、仙師が自由に、人間世界へも行けるようにしたいと思っている。その時には、冬氷の足を治してやりたいと思っていたんだ」
 永剣が竹香に言った。
「ケンケンはなぜそこまでできるの?」
「一度決めたら、進むしかないだろ。あいつもそうだ。おれもそうだ。チーチー、おまえもそうだ。一度決めたら、進むんだ」
 そう。一度決めたら、進むしかない。

 永剣は峰のある平らな地点に着地した。
 竹香は足がふらついて立っておられず、よろよろと数歩歩いて地面に座った。

 永剣が少し先に何かを見つけて、駆けていって、かがみこんで、土についていた赤いものに指をつけてみた。
 血だ。
 永剣がその血を指につけてるた。まだあたたかい。

「だめだ。あいつに追いつくことができなかった。なんて運命なんだ」
 永剣が拳で何度も涙を拭いた。
「会いたかったなぁ。会いたかったなぁ。あいつを治してやりたかった」

 
 竹香が膝で歩いて近づくと、永剣が涙でいっぱいの瞳を向けた。
「すみません。わたしの浅はかな行動のせいで、みんなが苦しむことになって。ごめんなさい」
 永剣は驚いた目でみつめた。
「それはない。チーチーのせいではない」
 いいえ。全部、わたしのせいなのです、と竹香は背を丸めた。

「どんなふうに生きても、問題はあった。チーチーの行動を見て、キャプテンも、おれも、ひとつ上の場所に行こうとしたんだ。チーチー、よくがんばった」
 永剣が竹香の背中を叩いた。
 竹香は驚いて、言葉がでない。

「あいつが人間界でおまえに会った時、どんな顔をしていた?すごくうれしそうだったか」
「はい」
「チーチーはすぐにわかったのか」
「……いいえ」
 と竹香が首を振った。 

「わからなかったのか。やつれたから、別人に見えたのか。あいつはそのことをすごく気にかけていたんだ」
「本当に馬鹿で、すみません」

「あいつ、何か言ったか」
「わたしが生きていることが価値だって」
「おまえ、その意味をわかってないだろ」
「……はい」
「あいつは時々、難しいことを言うからな、照れた時には。おまえが一番大切だってことだよ」
 永剣が袖で鼻を拭いた。

「あいつはやっぱり、あそこに向かっている。確実に、冬氷湖に向かっている」
「わたしも行きます、その湖に」 

「いいか。ここから先に行ったら、二度と戻っては来られないんだ。それでも、行くかい。ここから先は、おれは行けないから、チーチーがひとりで行くしかない。それでも、行くか」
「行きます」

「チーチーは仙師ではないから、この先はどうなるのか、わからない。おまえは生まれ変われないかもしれない」
「わたし、行きます」
「わかった。ここからふたつの谷を下り、ふたつの峰を上る。すると、そこに冬氷湖があるということだ。そこに行けば、どうすればよいのかが、わかるそうだ、仙師なら」
「わたしだって、仙女師です」
「そうだな。チーチー、簡単じゃないけど、行けるか」
「行きます」

 永剣がチーチーの肩に手を置こうとして、血の付いた手をじっと見つめ、その血を自分の顔につけた。
「チーチー、行け。行って、キャプテンと会うんだ」
「はいっ。行きます。キャプテンに会います」
 永剣は飛び上がって、木から青いりんごをふたつもぎ取って、竹香にわたした。

歩きだした竹香の背後で、永剣の大きな声が聞こえた。
「一回目の人生なんて序の口だ。次はもっとでかくいけー」


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