〜落ちこぼれ魔女は天才の弟子に溺愛される〜
「ああそうだ、セディオスくん」
セディオスがエプロンを身につけていると、シェリーが思い出したように声を上げた。
「明日から私、出かけなくちゃいけないの。 帰りは、明後日になると思う」
「……泊まりですか?」
卵を手に取り、師を振り返る。
「珍しいですね」
「ええ。山の向こうの村に薬草を届けなくちゃいけなくて……ひとりにしちゃうけど、お留守番、お願いできる? 大丈夫?」
不安そうに尋ねてくるシェリーに、セディオスは苦笑した。
この人ときたら、いったい自分を幾つだと思っているのだろう。もう十二になると何度も言っているのに、彼女の過保護は少しもおさまらなかった。
ひとりの時は誰かが来ても出なくていいだとか、買い物に行く時も知らない人にはついていっては駄目だとか──とにかく彼女は、心配性だった。
「大丈夫ですよ。 一晩くらい」
セディオスは半年もの間、たったひとりでいろんな街を渡り歩いてきたのだ。
人を疑うことも覚えたし、大人に襲われた時、どこに噛み付けば一番効くかも知っている。シェリーに心配してもらう必要など微塵もないのだ。
「先生こそ気をつけてくださいね。 外、寒いんですから」
この時期の山越えは、ヘタをすると命取りになる。シェリーがいなくなっては困るセディオスは、何かいい防寒の魔法がないだろうかと思案した。後で魔術書を借りて確認しよう。
「……ん、なるべく早く帰るね」
「はい。お食事を作って待ってます」
安心させるように微笑めば、シェリーも嬉しそうに微笑み返してくれる。
「待っててくれる人がいるっていいよね」
シェリーは言って「やっぱり私も手伝う」とセディオスの手から卵を取り上げた。
その日の午後。
薄味の昼食を終えたセディオスは、食糧の買い出しに向かった。
シェリーの家は、街の外れにある。一見するとあばら家にしか見えないそのボロ小屋が、彼女の城だった。家賃は安く、庭も広いのでハーブや魔術に必要な薬草を育てるのにも都合がいいらしい。しかし、生活必需品などの買い物をするには不便で、もう少し街中に引っ越してもいいのに、とこの頃セディオスは思っていた。
「やあセディオス。 お使いかい?」
「また背が伸びたんじゃない?」
「今度うちに遊びにおいでよ」
商店の並ぶ通りを歩めば、次々に声をかけられる。
シェリーに拾われ、この街で暮らし始めてまだ半年だけれど、家に篭りがちなシェリーよりもセディオスの方が彼らと打ち解けている気がした。
「まだあの子の弟子をやってるのかい?」
肉屋の親父に問いかけられ、セディオスは「ええ」と頷き返した。
「順調ですよ、今日は火を起こせました」
「おお。そりゃよかった」
愛想笑いをして、肉屋の親父は別の客に声をかけた。
いつも、こうだった。
シェリーの弟子だと名乗ると、彼らはこぞって驚いて「あの子、ちょっと変わってるだろ」と曖昧な態度を返してくる──つまるところシェリーは、魔術師としてあまり信頼されていないのだった。
そうしてセディオスも、そんな彼らの反応に強く反発することは出来ないでいる。シェリーの実力は、弟子であるセディオスが一番わかっていたからだ。
シェリーは、自分でも情けないと思っているのか、時折苦しそうに「私なんかが師匠でごめんね」と謝ってくる。その度にセディオスは気にしてないと答えるけれど、正直を言えば、もう少しまともな魔術師であれば良かったのにと思わないこともなかった。
別に、本気で魔術師になりたいわけではない。だが、街で見かける魔獣の討伐依頼などの高額な報酬を見るたび、一流になることが出来ればいい暮らしが出来るかもしれない、なんて考えてしまうこともあった。
シェリーよりもいい魔術師につけばあるいは、なんて──。
──そんなことを考えていたからだろうか。
買い物を終え、帰宅したセディオスは自宅で、思わぬ場面に遭遇してしまった。
(誰だ?)
シェリーが家の前で、ひとりの男と対峙していた。背が高く、足元まで隠れるような黒いローブを纏っている──国家魔術師だった。
シェリーの知り合いだろうか。
訝しみながら、セディオスはシェリーに歩み寄る。
「ただいま戻りました」
男と睨み合うようにしていた師は、セディオスの声にはっと顔をあげた。
「セディオスくん」
いつも明るく「おかえりなさい」と迎えてくれるはずの彼女は、けれどその日は気まずそうに表情を歪ませた。困っている。
どうして?
セディオスは小走りになって駆け寄った。
「お客様ですか?」
何者かは知らないが、この男がシェリーを困らせていることは明白だった。
セディオスは接客用の笑顔を浮かべて男に向き直る。
二十代半ばと思わしきその男は、セディオスの言葉に露骨に顔をしかめた。
「客? まさか。誰がこんな女に金なんて払うかよ」
男は蔑むようにシェリーを見下ろすと、そばのハーブの畑に唾を吐いた。
「止めてよ!」
シェリーが怒鳴ると、男ははっと笑った。
「止めるのはお前だろ。師匠の面汚しが。お前が開業してるなんてこっちもいい迷惑なんだよ。お前と同じ門下だなんて知られたら恥だろうが、今すぐ止めろ」
「嫌よ」
シェリーは強く男を睨みあげて言った。
「絶対辞めない。魔術協会に許可だってもらってるもの、辞める理由なんてないわ」
「あのな、師匠も迷惑がってるんだよ。わかんねえのか」
「……先生の名前は出してないわ。そういう契約だもの。だから、いいでしょ」
「よくねえよ。お前目障りなんだよ、落ちこぼれが」
男は吐き捨てるように言う。
「けど、まあな。俺も鬼じゃねえ。今辞めるってんなら、お前の育てた薬草とハーブを言い値で買い取ってやるよ。当面の生活費には困らないぜ? どうだ? 悪い話じゃねえだろ」
ああ、これが狙いだったのか。
セディオスは男の企みを読み取って、どうしたものかと思案した。
シェリーが無職になるのはまずいと進みでる。
「待ってください。このハーブは仕事で必要なものばかりなんです」
「仕事? 笑わせるなよ……っていうかお前、なんだ?」
と、男の視線から守るようにシェリーがセディオスをその背に隠した。
「弟子よ。色々手伝ってもらってるの」
「……弟子? お前の!?」
とたん、男は大声をあげて笑い出した。
「落ちこぼれのお前が? はあ? なに考えてるんだよ。お前そいつの人生めちゃくちゃにする気か?」
「……そんなつもりじゃ」
「おい坊。悪いことは言わねえから、こいつは早いとこ縁を切った方がいいぜ。お前が思っているよりずっと使えない奴だからよ」
「……先生を悪く言わないでください」
不快感を覚えながら、セディオスはシェリーの隣に並んだ。
男を真正面から見据え、睨みあげる。
「ふうん、 随分懐いてるみたいじゃねえか。よかったな、家族ごっこができて」
けどよ、と男は屈むようにしてセディオスの顔を覗き込んだ。
「すぐに後悔するぜ。なんなら俺の弟子にしてやろうか? 一応特級ランクだぞ」
ローブの中から資格証を取り出し、ちらつかせる。
セディオスは思わず目を見開いた。実力は確かにシェリーより上なのだ。この男は。
「ん? なんだ? 興味あるのか?」
「……あるわけないだろ」
低い声をあげれば、男はふんと鼻を鳴らした。そうしてシェリーへと視線を移す。
「シェリー、このガキの将来、ちゃんと考えてやれよ」
「……わかってるわよ」
男は唇の端をあげて笑った。
「また来る」
「もう二度と来ないで」
シェリーがそう声を荒げても、男は楽しそうに手を振るばかりだった。そうして見せびらかすように、必要もない高度な転移術で姿を消した。
セディオスがエプロンを身につけていると、シェリーが思い出したように声を上げた。
「明日から私、出かけなくちゃいけないの。 帰りは、明後日になると思う」
「……泊まりですか?」
卵を手に取り、師を振り返る。
「珍しいですね」
「ええ。山の向こうの村に薬草を届けなくちゃいけなくて……ひとりにしちゃうけど、お留守番、お願いできる? 大丈夫?」
不安そうに尋ねてくるシェリーに、セディオスは苦笑した。
この人ときたら、いったい自分を幾つだと思っているのだろう。もう十二になると何度も言っているのに、彼女の過保護は少しもおさまらなかった。
ひとりの時は誰かが来ても出なくていいだとか、買い物に行く時も知らない人にはついていっては駄目だとか──とにかく彼女は、心配性だった。
「大丈夫ですよ。 一晩くらい」
セディオスは半年もの間、たったひとりでいろんな街を渡り歩いてきたのだ。
人を疑うことも覚えたし、大人に襲われた時、どこに噛み付けば一番効くかも知っている。シェリーに心配してもらう必要など微塵もないのだ。
「先生こそ気をつけてくださいね。 外、寒いんですから」
この時期の山越えは、ヘタをすると命取りになる。シェリーがいなくなっては困るセディオスは、何かいい防寒の魔法がないだろうかと思案した。後で魔術書を借りて確認しよう。
「……ん、なるべく早く帰るね」
「はい。お食事を作って待ってます」
安心させるように微笑めば、シェリーも嬉しそうに微笑み返してくれる。
「待っててくれる人がいるっていいよね」
シェリーは言って「やっぱり私も手伝う」とセディオスの手から卵を取り上げた。
その日の午後。
薄味の昼食を終えたセディオスは、食糧の買い出しに向かった。
シェリーの家は、街の外れにある。一見するとあばら家にしか見えないそのボロ小屋が、彼女の城だった。家賃は安く、庭も広いのでハーブや魔術に必要な薬草を育てるのにも都合がいいらしい。しかし、生活必需品などの買い物をするには不便で、もう少し街中に引っ越してもいいのに、とこの頃セディオスは思っていた。
「やあセディオス。 お使いかい?」
「また背が伸びたんじゃない?」
「今度うちに遊びにおいでよ」
商店の並ぶ通りを歩めば、次々に声をかけられる。
シェリーに拾われ、この街で暮らし始めてまだ半年だけれど、家に篭りがちなシェリーよりもセディオスの方が彼らと打ち解けている気がした。
「まだあの子の弟子をやってるのかい?」
肉屋の親父に問いかけられ、セディオスは「ええ」と頷き返した。
「順調ですよ、今日は火を起こせました」
「おお。そりゃよかった」
愛想笑いをして、肉屋の親父は別の客に声をかけた。
いつも、こうだった。
シェリーの弟子だと名乗ると、彼らはこぞって驚いて「あの子、ちょっと変わってるだろ」と曖昧な態度を返してくる──つまるところシェリーは、魔術師としてあまり信頼されていないのだった。
そうしてセディオスも、そんな彼らの反応に強く反発することは出来ないでいる。シェリーの実力は、弟子であるセディオスが一番わかっていたからだ。
シェリーは、自分でも情けないと思っているのか、時折苦しそうに「私なんかが師匠でごめんね」と謝ってくる。その度にセディオスは気にしてないと答えるけれど、正直を言えば、もう少しまともな魔術師であれば良かったのにと思わないこともなかった。
別に、本気で魔術師になりたいわけではない。だが、街で見かける魔獣の討伐依頼などの高額な報酬を見るたび、一流になることが出来ればいい暮らしが出来るかもしれない、なんて考えてしまうこともあった。
シェリーよりもいい魔術師につけばあるいは、なんて──。
──そんなことを考えていたからだろうか。
買い物を終え、帰宅したセディオスは自宅で、思わぬ場面に遭遇してしまった。
(誰だ?)
シェリーが家の前で、ひとりの男と対峙していた。背が高く、足元まで隠れるような黒いローブを纏っている──国家魔術師だった。
シェリーの知り合いだろうか。
訝しみながら、セディオスはシェリーに歩み寄る。
「ただいま戻りました」
男と睨み合うようにしていた師は、セディオスの声にはっと顔をあげた。
「セディオスくん」
いつも明るく「おかえりなさい」と迎えてくれるはずの彼女は、けれどその日は気まずそうに表情を歪ませた。困っている。
どうして?
セディオスは小走りになって駆け寄った。
「お客様ですか?」
何者かは知らないが、この男がシェリーを困らせていることは明白だった。
セディオスは接客用の笑顔を浮かべて男に向き直る。
二十代半ばと思わしきその男は、セディオスの言葉に露骨に顔をしかめた。
「客? まさか。誰がこんな女に金なんて払うかよ」
男は蔑むようにシェリーを見下ろすと、そばのハーブの畑に唾を吐いた。
「止めてよ!」
シェリーが怒鳴ると、男ははっと笑った。
「止めるのはお前だろ。師匠の面汚しが。お前が開業してるなんてこっちもいい迷惑なんだよ。お前と同じ門下だなんて知られたら恥だろうが、今すぐ止めろ」
「嫌よ」
シェリーは強く男を睨みあげて言った。
「絶対辞めない。魔術協会に許可だってもらってるもの、辞める理由なんてないわ」
「あのな、師匠も迷惑がってるんだよ。わかんねえのか」
「……先生の名前は出してないわ。そういう契約だもの。だから、いいでしょ」
「よくねえよ。お前目障りなんだよ、落ちこぼれが」
男は吐き捨てるように言う。
「けど、まあな。俺も鬼じゃねえ。今辞めるってんなら、お前の育てた薬草とハーブを言い値で買い取ってやるよ。当面の生活費には困らないぜ? どうだ? 悪い話じゃねえだろ」
ああ、これが狙いだったのか。
セディオスは男の企みを読み取って、どうしたものかと思案した。
シェリーが無職になるのはまずいと進みでる。
「待ってください。このハーブは仕事で必要なものばかりなんです」
「仕事? 笑わせるなよ……っていうかお前、なんだ?」
と、男の視線から守るようにシェリーがセディオスをその背に隠した。
「弟子よ。色々手伝ってもらってるの」
「……弟子? お前の!?」
とたん、男は大声をあげて笑い出した。
「落ちこぼれのお前が? はあ? なに考えてるんだよ。お前そいつの人生めちゃくちゃにする気か?」
「……そんなつもりじゃ」
「おい坊。悪いことは言わねえから、こいつは早いとこ縁を切った方がいいぜ。お前が思っているよりずっと使えない奴だからよ」
「……先生を悪く言わないでください」
不快感を覚えながら、セディオスはシェリーの隣に並んだ。
男を真正面から見据え、睨みあげる。
「ふうん、 随分懐いてるみたいじゃねえか。よかったな、家族ごっこができて」
けどよ、と男は屈むようにしてセディオスの顔を覗き込んだ。
「すぐに後悔するぜ。なんなら俺の弟子にしてやろうか? 一応特級ランクだぞ」
ローブの中から資格証を取り出し、ちらつかせる。
セディオスは思わず目を見開いた。実力は確かにシェリーより上なのだ。この男は。
「ん? なんだ? 興味あるのか?」
「……あるわけないだろ」
低い声をあげれば、男はふんと鼻を鳴らした。そうしてシェリーへと視線を移す。
「シェリー、このガキの将来、ちゃんと考えてやれよ」
「……わかってるわよ」
男は唇の端をあげて笑った。
「また来る」
「もう二度と来ないで」
シェリーがそう声を荒げても、男は楽しそうに手を振るばかりだった。そうして見せびらかすように、必要もない高度な転移術で姿を消した。