〜落ちこぼれ魔女は天才の弟子に溺愛される〜
「──で。 誰なんですあいつ」

 苛立ちが収まらない。
 セディオスはテーブルの向かいに座るシェリーをじっと見つめた。

「ええっと……」

 シェリーはごまかすように笑いながら、おろしっぱなしの長い髪を耳にかける。そうして、なんでもないことのように説明しだした。

「彼はマティアスって言って、その、同期なの。私たち、おんなじ先生に魔法を習ってたのよ」
「へえ。意地の悪そうな奴でしたね」
「ふふ、そうね。 他の人には、普通、なんだけど……私があんまり下手くそだったからかな。私のことが気に入らないみたいで、昔からああやって文句言われてたの……早く辞めろとか、目障りだとか」

 セディオスは、無理に向けられる笑顔に不満を抱いた。
 ──ついさっきまで、泣き出しそうな顔をしていたくせに。
 家に入ったとたん、シェリーは普段の彼女に戻ってしまった。セディオスに心配をかけまいと気を張っているのだろう。

「慣れっこだし、私は平気よ。だから、そんなに怖い顔しないで、ね?」

 向けられた笑顔に、セディオスは唇を引き結んだ。
 寂しかった。
 俺はちっとも信用されてない。
 衣食住とこんなにも世話になっているのだ。弱音くらい、いくらだって聞く。何も出来ないかもしれないけれど、彼女の傷に寄り添うくらいは出来るのに。
(俺ってそんなに子供に見えてるんだな)
 セディオスは俯いた視界に映った自分の手を睨みつけた。

「……先生は、どうして魔術師なんかになったんですか」

 弱いくせに、あんな奴にいじめられてきたくせに。今だってこんなに苦しい生活をしているくせに。どうして頑なに魔術師という職にしがみついているのか。
 別の職種なら、もっとまともな生活が出来たかもしれないのに。なんで。

 シェリーは突如変わった話題に両目を瞬いた。
 そうしてほんわりと微笑む。

「……お母さんが魔術師だったからよ」
「先生の、お母さん?」
「そう。私がちっちゃい時に天国に行っちゃったんだけどね。私のお母さん、すごい魔術師だったらしいのよ」

 顔も覚えてないんだけど、とシェリーははにかんだ。

「お父さんもいなかったから、結局私は孤児院で育ったんだけど……他の人のお母さんを見るたびにね、私のお母さんはどんな人だったのかなって想像するのがくせになっちゃって。それで、お母さんの血が流れてるんだったら、私も魔術師になれるかなーって思ったの」
「……それだけですか?」
「うん。それだけよ。お母さんの娘だっていう繋がりが欲しかったのかも」
「……ふうん」

 なんだ。
 そんなことか。
 もっと大層な信念でもあるのかと思ったのに。ただ、母親の面影を追っていただけだなんて。
 とたんに気分が白けてきて、セディオスは席を立った。

「夕飯の支度をします」
「うん。ありがとう」
「いいえ」

 セディオスは形ばかりの笑顔を作って、すぐに背を向ける。
 人のことを子供扱いしておいて、自分だって子供ではないか。
 いや。母親との繋がりを見出そうとしている分、彼女の方が精神的に幼いとさえ思えた。なぜならセディオスはとうの昔に両親と決別している。

 あの、寒い寒い木枯らしの日に。
 薄い水色の空の下で。
 金貨を手にして嬉しそうに笑っていた父と母と──。

 古い記憶が蘇って、セディオスの胸をきりりと締め上げた。
 先生は知らないんだ。
 血の繋がりなんて、そんなにいいものじゃないってこと。

『お母さん嫌だ捨てないでいい子にするからお願いだから』

 何度も叫んで、泣いて暴れた。それでも言葉は通じなかった。
 自分はいらない子なのだと思い知らされた。
 シェリーは実母との思い出がない分、幸せな想像に浸ることが出来るのだろう。
 浅く笑う。羨ましいと思った。

「……ところで、ねえ。セディオスくん」
「はい?」

 シェリーは二人がけのテーブルに腰掛けたまま、おずおずと切り出した。

「さっきの、マティアス……私にはあんなだったけど、魔法の実力は本当にすごいのよ」
「? ──ええ、それが何か?」
「うん。だから、あのね……」
「はい」

 振り返ったセディオスは次の言葉を待つ。自分から話しかけてきたくせに、シェリーは迷うように「その」とか「あの」を繰り返した。そうしてやっと、本題に入る。

「もし、もしね……セディオスくんがマティアスのところで魔法を習いたいんだったら、遠慮しないで言ってね。マティアスとの仲は悪いけど、連絡は取れるし……もちろん、応援もするから」
「……は」

 よりにもよって、あんな奴のところへ行けって?
 セディオスは爆発しそうな苛立ちを堪えて、平静な声を絞り出した。

「絶対嫌ですよ。あんな人のところ」
「そ……う」
「他の人のところも、行く気ないですから」
「……うん、わかった。でも、気が変わったら、いつでも言ってね」

 シェリーの笑顔が苦しかった。

「セディオスくん、絶対才能あるもの。私が保証するわ」
「……ありがとうございます」

 セディオスは背を向けて、小さくため息をついた。遠回しに、出ていけと言われているのだろうか。

 次の生活も考えておかないと。

 セディオスは冷めた気分のまま、芋の皮むきに取り掛かった。
< 5 / 14 >

この作品をシェア

pagetop