喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~
そこは、帝国貴族騎士団の訓練塔だった。
今度はずっとそこに居たような錯覚に陥りそうなほど自然に、エルディーテは立っていた。
「――大丈夫ですか?」
後ろから声を掛けられ咄嗟に振り返ると、緋色の髪の男が居た。
顔を見れば歳は十代後半といったところか、若そうな青年だが知的な雰囲気を漂わせている。
エルディーテが固まっていると青年は双眸を大きく二度瞬いたのち、眉尻を下げる。
その反対に形良い唇を持ち上げ、端正な造りの切れ長の瞳が和らいだ。
「驚かせましたね。すみません、ずっと立ち止まったままだったもので気になって。……あなたも入団試験を受けるのですか?」
「……入団試験?」
丁寧な物腰で問われ、ようやく唇を開くと掠れた声が出た。
「えぇ、帝国騎士団の。そのために来たのでは?」
「あぁ……」
帝国騎士団の入団試験、ここはその現場というのか。
自ずと視線は青年の周囲に移る。
エルディーテの勤め先でもある帝国騎士団とまったく同じ造りだ。
幻覚を見ているにしてもやけに現実的だった。
「私はオルディス・スナイプです。お互い健闘を祈りましょう」
エルディーテの知る内部の様子と酷似する場所へ落ちてきたことにますます困惑していると、青年は爽やかに告げ去ってゆく。
――オルディス?
一方的に名乗られた名前に既視感を覚え、エルディーテは振り返った。
最初の落下の時に見た少年の名と同じだ。
――まさか手がかりはオルディスなのか?
俄かに信じがたいが、エルディーテは先ほど試練を達成するための手がかりが欲しいと望んだ。
そのあとに落ちた場所で共通する名に引っかかるものがある。
それだけでオルディスが手掛かりとは決めつけられないが、なにか法則的なものを見つける必要がある。
仮説を立て、エルディーテはオルディスの後を追うことにした。
付いていけば何かが別の発見があるかもしれない。
石造りの建物の内部には多くの人間が集まっている。
少し離れた場所からオルディスの様子を窺っていると、受付けらしき場所にたどり着きサインをしている姿を見つけた。
おそらくは入団試験の登録だろう。
帝国貴族の長男次男は爵位を継ぐために領地経営や補佐などに収まるが、三男以下は帝国騎士団に所属する者が一般的だ。
通常は一般騎士、平民でも裕福な家は入団することが出来るが従騎士から始まり基本的に出世することは叶わない。
ここでいう入団試験とは、貴族に限って行われるものであり、結果をもとに上層部が士官候補生として有望な人材に目星をつけるという習わしがある。
とはいえ殆ど爵位が影響するため、実際のところはただの儀式的なものに過ぎないのだが。
「――オルディス。やはりお前も今年が入団試験か」
オルディスに声を掛ける男がいた。
彼はその背後に二人ほど侍らせている。
エルディーテは度々このような図を見る機会があった。
自分より下位の貴族を侍らせて尊厳を保とうとする騎士は必ずいるのだ。
エルディーテが眉を顰め彼らのやり取りを見守っていると、オルディスは静かに男に視線を向ける。
「レイヴン殿。今日はよろしくお願いいたします」
形式的に返事をする姿に、はっとした。
――まさか、あのレイヴンか?
聞き覚えのある姓だったのだ。
レニー・レイヴン、サフィア王女を襲った副団長をその地位に推薦した帝国騎士団団長の姓と同じだった。
「あまり気合いれる必要はないぞ。入団した暁にはお前を取り巻きに入れてやる、光栄に思え」
不遜な物言いをするレイヴンという男が団長と同じ家のものなら、彼は公爵家の人間だ。
「結構です」
「なに?」
「剣技を磨く時間が惜しいので。では私はこれで」
レイヴンに声を掛けられたオルディスだが、手短に答えるとその場を後にする。
エルディーテに声を掛けた時とは違う、どこか冷たさを感じさせる声音で、その響きはなんとなく聞き覚えがあるような気がした。
「なんだあいつ、普通喜ぶべきだろうが……――そうだ。いい事を思いついた、お前の兄は確か小隊長だったよな?」
レイヴンは不満げに漏らしたあと、侍らせていた男に視線を向け口端を歪める。
「あいつが使う剣に細工しろ」
明かに不正をさせる発言だった。
しかしこのようなことは日常茶飯事だ。
エルディーテは彼らがどうするつもりなのか静かに様子を窺った。
このままオルディスを追うよりもレイヴンの動向が気になったのだ。
「……え。これからですか?試験はまもなく始まるはずでは……」
「だからなんだ?時間がないならさっさと行けよ」
動揺する男に命令するレイヴンは自分の主張が通って当たり前だと思っている。
言い淀んだ男は肩を跳ねさせ、それから周囲を気にしながら足早に移動しはじめる。
そちらを追うべく、エルディーテもまた気配を殺しながら追随した。
そして男は会場の扉を開けそっと抜けた。
一体どんな細工をするつもりなのだろう。
オルディスに再び接触するためにも、有益な情報を得ていたい。
そんな思いで扉を開く。
しかし扉から出た先は、帝国騎士団の通路ではなく、人が賑わうマーケットだった。
今度はずっとそこに居たような錯覚に陥りそうなほど自然に、エルディーテは立っていた。
「――大丈夫ですか?」
後ろから声を掛けられ咄嗟に振り返ると、緋色の髪の男が居た。
顔を見れば歳は十代後半といったところか、若そうな青年だが知的な雰囲気を漂わせている。
エルディーテが固まっていると青年は双眸を大きく二度瞬いたのち、眉尻を下げる。
その反対に形良い唇を持ち上げ、端正な造りの切れ長の瞳が和らいだ。
「驚かせましたね。すみません、ずっと立ち止まったままだったもので気になって。……あなたも入団試験を受けるのですか?」
「……入団試験?」
丁寧な物腰で問われ、ようやく唇を開くと掠れた声が出た。
「えぇ、帝国騎士団の。そのために来たのでは?」
「あぁ……」
帝国騎士団の入団試験、ここはその現場というのか。
自ずと視線は青年の周囲に移る。
エルディーテの勤め先でもある帝国騎士団とまったく同じ造りだ。
幻覚を見ているにしてもやけに現実的だった。
「私はオルディス・スナイプです。お互い健闘を祈りましょう」
エルディーテの知る内部の様子と酷似する場所へ落ちてきたことにますます困惑していると、青年は爽やかに告げ去ってゆく。
――オルディス?
一方的に名乗られた名前に既視感を覚え、エルディーテは振り返った。
最初の落下の時に見た少年の名と同じだ。
――まさか手がかりはオルディスなのか?
俄かに信じがたいが、エルディーテは先ほど試練を達成するための手がかりが欲しいと望んだ。
そのあとに落ちた場所で共通する名に引っかかるものがある。
それだけでオルディスが手掛かりとは決めつけられないが、なにか法則的なものを見つける必要がある。
仮説を立て、エルディーテはオルディスの後を追うことにした。
付いていけば何かが別の発見があるかもしれない。
石造りの建物の内部には多くの人間が集まっている。
少し離れた場所からオルディスの様子を窺っていると、受付けらしき場所にたどり着きサインをしている姿を見つけた。
おそらくは入団試験の登録だろう。
帝国貴族の長男次男は爵位を継ぐために領地経営や補佐などに収まるが、三男以下は帝国騎士団に所属する者が一般的だ。
通常は一般騎士、平民でも裕福な家は入団することが出来るが従騎士から始まり基本的に出世することは叶わない。
ここでいう入団試験とは、貴族に限って行われるものであり、結果をもとに上層部が士官候補生として有望な人材に目星をつけるという習わしがある。
とはいえ殆ど爵位が影響するため、実際のところはただの儀式的なものに過ぎないのだが。
「――オルディス。やはりお前も今年が入団試験か」
オルディスに声を掛ける男がいた。
彼はその背後に二人ほど侍らせている。
エルディーテは度々このような図を見る機会があった。
自分より下位の貴族を侍らせて尊厳を保とうとする騎士は必ずいるのだ。
エルディーテが眉を顰め彼らのやり取りを見守っていると、オルディスは静かに男に視線を向ける。
「レイヴン殿。今日はよろしくお願いいたします」
形式的に返事をする姿に、はっとした。
――まさか、あのレイヴンか?
聞き覚えのある姓だったのだ。
レニー・レイヴン、サフィア王女を襲った副団長をその地位に推薦した帝国騎士団団長の姓と同じだった。
「あまり気合いれる必要はないぞ。入団した暁にはお前を取り巻きに入れてやる、光栄に思え」
不遜な物言いをするレイヴンという男が団長と同じ家のものなら、彼は公爵家の人間だ。
「結構です」
「なに?」
「剣技を磨く時間が惜しいので。では私はこれで」
レイヴンに声を掛けられたオルディスだが、手短に答えるとその場を後にする。
エルディーテに声を掛けた時とは違う、どこか冷たさを感じさせる声音で、その響きはなんとなく聞き覚えがあるような気がした。
「なんだあいつ、普通喜ぶべきだろうが……――そうだ。いい事を思いついた、お前の兄は確か小隊長だったよな?」
レイヴンは不満げに漏らしたあと、侍らせていた男に視線を向け口端を歪める。
「あいつが使う剣に細工しろ」
明かに不正をさせる発言だった。
しかしこのようなことは日常茶飯事だ。
エルディーテは彼らがどうするつもりなのか静かに様子を窺った。
このままオルディスを追うよりもレイヴンの動向が気になったのだ。
「……え。これからですか?試験はまもなく始まるはずでは……」
「だからなんだ?時間がないならさっさと行けよ」
動揺する男に命令するレイヴンは自分の主張が通って当たり前だと思っている。
言い淀んだ男は肩を跳ねさせ、それから周囲を気にしながら足早に移動しはじめる。
そちらを追うべく、エルディーテもまた気配を殺しながら追随した。
そして男は会場の扉を開けそっと抜けた。
一体どんな細工をするつもりなのだろう。
オルディスに再び接触するためにも、有益な情報を得ていたい。
そんな思いで扉を開く。
しかし扉から出た先は、帝国騎士団の通路ではなく、人が賑わうマーケットだった。