喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~
護衛騎士ディート
計画は長期的なものだった。
グラウス家の信用を得て間諜となり、失脚の証拠を捏造し取り潰しを画策する。それが困難な場合は事故を装い本家の血を引く者は全員始末すること。目的はグラウス家を取り潰し貴族名鑑から排除することだ。
期限は一年。それがオルディスに課せられた新たな依頼だった。
手付金を受け取るか確認され、オルディスは無表情で頷いた。無精髭を生やし粗雑さが目立つ出立ちが荒んだ生活を感じさせる。
この時のオルディスは冷徹で、他者に無関心で、彼をそうさせたのは信じられるものが何もなかったからだろう。意地と矜持だけでリシア帝国に残り、そのせいで心が摩耗している。そんな風にエルディーテには感じられた。
「裏切りは許されないぞ」
「心配無用だ。あの家に関わらなけりゃ俺の人生は違ったはずだからな……」
その言葉はオルディスが意地を張る全ての答えだったのかもしれない。
彼を陥れたのはレニー・レイヴンだが、その原因はレニーが崇拝しているユーク・グラウスにあると今のオルディスは思い込んでいる。
騎士団追放時に聞いたレニーの口ぶりからして、嫉妬の感情が存在することは明らかだった。ユークの弟子は自分だけで良いと告げたレニーは、それが原因でオルディスを目の敵にしていて、排除すべき存在とみなしている。
逆に言えばユークさえオルディスを気にかけていなければ、レニーはオルディスをここまで追い詰めなかっただろう。オルディスの言いたいことは、そういう事なのだ。
男の嫉妬は女よりしつこく引きずる、などと、かつて嫌味な同期であるバロンが愚痴っていたのをエルディーテは思い出していた。
「……よく分かっているじゃないか。同志よ」
仮面の男は冷めた調子だが神妙に頷き、それから一枚の紙を手渡した。
「では定期報告はこの人物を訪ねるように」
「分かった」
父の行動は影響力が高い。
エルディーテは幼少期から、グラウス家に生まれたからには影響力を理解し行動するよう言い付けられてきた。
幼い頃は漠然として言葉だけが一人歩きしていたが、騎士団に入団しエルディーテは様々な階級の騎士や令嬢に関わり、それぞれの思惑に触れ自分の手に馴染んでいった。だからサフィア王女の護衛が決まった時も驕らず、しかし後ろめたくは思わないようにした。
はなから純粋なものを求めてはならない。
自分を守るためならば利用できるものは利用し時には都合の悪いものは目を瞑った。魑魅魍魎とする貴族や軍部の人間達と関わってゆくにはその気構えが大事なのだ。
だがオルディスの転落を目にすると、彼がいかに眩しい存在であったか分からされる。
そして同時に、やはり正義だけでは正しく生きられないとも思うのだ。
何故ならこの国はそれを許してくれないからだ。
きっとオルディスは息苦しかっただろう。
ただし肝心なことを教えてくれる者が全くいなかったわけではない。
かつての中隊長の男はオルディスに理解を示しつつも立ち回りについて苦言をこぼした。
受け入れられなかったのはオルディスで、けして気が短い人間ではないが、ただ曲がったことは正すべきと正義に溢れていただけ。
――あぁ、あの騎士は……ディートはオルディスだったんだ。
エルディーテの記憶に残る騎士の姿がオルディスと同一人物であると繋がったその時、涙がこぼれた。
懐かしさと、もどかしさによるものだった。
幼少期の事件を境に当時の記憶は曖昧になって名を聞くまで思い出せなかったが、オルディスは紛れもなくエルディーテを助けてくれた騎士だ。
間違いない。
あんなにも憧れて、初恋だったのに、何故だろう。
事件のショックから無意識に記憶に蓋をしていたのか、エルディーテの中には高潔な騎士に助けられたという概念的なものしか残っていなかった。
それが今、感情を激しく揺さぶられ溢れてくる。
『……つらい人生を歩んでいたんだな』
手付金とメモを受け取るオルディスの背に、エルディーテは手を伸ばした。
彼の破綻してゆく人生に感情移入せざるを得ず、不憫に思うと同時に、しかしなぜあの時オルディスが自分を守ってくれたのだろうと疑問が落ちる。
グラウス家の信用を得て間諜となり、失脚の証拠を捏造し取り潰しを画策する。それが困難な場合は事故を装い本家の血を引く者は全員始末すること。目的はグラウス家を取り潰し貴族名鑑から排除することだ。
期限は一年。それがオルディスに課せられた新たな依頼だった。
手付金を受け取るか確認され、オルディスは無表情で頷いた。無精髭を生やし粗雑さが目立つ出立ちが荒んだ生活を感じさせる。
この時のオルディスは冷徹で、他者に無関心で、彼をそうさせたのは信じられるものが何もなかったからだろう。意地と矜持だけでリシア帝国に残り、そのせいで心が摩耗している。そんな風にエルディーテには感じられた。
「裏切りは許されないぞ」
「心配無用だ。あの家に関わらなけりゃ俺の人生は違ったはずだからな……」
その言葉はオルディスが意地を張る全ての答えだったのかもしれない。
彼を陥れたのはレニー・レイヴンだが、その原因はレニーが崇拝しているユーク・グラウスにあると今のオルディスは思い込んでいる。
騎士団追放時に聞いたレニーの口ぶりからして、嫉妬の感情が存在することは明らかだった。ユークの弟子は自分だけで良いと告げたレニーは、それが原因でオルディスを目の敵にしていて、排除すべき存在とみなしている。
逆に言えばユークさえオルディスを気にかけていなければ、レニーはオルディスをここまで追い詰めなかっただろう。オルディスの言いたいことは、そういう事なのだ。
男の嫉妬は女よりしつこく引きずる、などと、かつて嫌味な同期であるバロンが愚痴っていたのをエルディーテは思い出していた。
「……よく分かっているじゃないか。同志よ」
仮面の男は冷めた調子だが神妙に頷き、それから一枚の紙を手渡した。
「では定期報告はこの人物を訪ねるように」
「分かった」
父の行動は影響力が高い。
エルディーテは幼少期から、グラウス家に生まれたからには影響力を理解し行動するよう言い付けられてきた。
幼い頃は漠然として言葉だけが一人歩きしていたが、騎士団に入団しエルディーテは様々な階級の騎士や令嬢に関わり、それぞれの思惑に触れ自分の手に馴染んでいった。だからサフィア王女の護衛が決まった時も驕らず、しかし後ろめたくは思わないようにした。
はなから純粋なものを求めてはならない。
自分を守るためならば利用できるものは利用し時には都合の悪いものは目を瞑った。魑魅魍魎とする貴族や軍部の人間達と関わってゆくにはその気構えが大事なのだ。
だがオルディスの転落を目にすると、彼がいかに眩しい存在であったか分からされる。
そして同時に、やはり正義だけでは正しく生きられないとも思うのだ。
何故ならこの国はそれを許してくれないからだ。
きっとオルディスは息苦しかっただろう。
ただし肝心なことを教えてくれる者が全くいなかったわけではない。
かつての中隊長の男はオルディスに理解を示しつつも立ち回りについて苦言をこぼした。
受け入れられなかったのはオルディスで、けして気が短い人間ではないが、ただ曲がったことは正すべきと正義に溢れていただけ。
――あぁ、あの騎士は……ディートはオルディスだったんだ。
エルディーテの記憶に残る騎士の姿がオルディスと同一人物であると繋がったその時、涙がこぼれた。
懐かしさと、もどかしさによるものだった。
幼少期の事件を境に当時の記憶は曖昧になって名を聞くまで思い出せなかったが、オルディスは紛れもなくエルディーテを助けてくれた騎士だ。
間違いない。
あんなにも憧れて、初恋だったのに、何故だろう。
事件のショックから無意識に記憶に蓋をしていたのか、エルディーテの中には高潔な騎士に助けられたという概念的なものしか残っていなかった。
それが今、感情を激しく揺さぶられ溢れてくる。
『……つらい人生を歩んでいたんだな』
手付金とメモを受け取るオルディスの背に、エルディーテは手を伸ばした。
彼の破綻してゆく人生に感情移入せざるを得ず、不憫に思うと同時に、しかしなぜあの時オルディスが自分を守ってくれたのだろうと疑問が落ちる。