喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~
――――二十年前の火事の夜、当時七歳のエルディーテはオルディスがいなければ死んでいた。
身を挺して守ってくれたのだ。
そんな彼は今まさにグラウス家の没落を目論む依頼を受けたばかりであるというのに。
オルディスがディートという偽名で王都近郊に借りたグラウス公爵家の別邸で護衛騎士を務めたのはたった一年。
その一年間、エルディーテは護衛騎士のディートに憧れていた。恋と呼ぶには浅すぎる、ままごとの秋波を一方的に送っていた。
彼は真面目でぶっきらぼうで、しかし強くて優しい人だった。
エルディーテから熱い眼差しを向けられる当のディートは子供に絡まれ酷く迷惑そうだったが、そりゃそうだろう。
彼は当時三十代。一応丁寧に対応してくれていたが、職務中に雇い主の子供から絡まれても扱いに困るといった感じだった。
護衛任務は王都に拠点を構えるユークを除く、別邸で暮らす一家に対するもの。だからエルディーテにばかり構うわけにはいかない。
今になって思えば邪険に出来ない存在故に苦労をかけたことだろう。
だが言い訳させてもらうなら、仕方ないのだ。
新たな護衛騎士として紹介されたディートとの出会いはエルディーテにとって衝撃的だったのだから。
「――みんな喜んでくれるかしら?」
「えぇ、もちろんですよ。お嬢様」
当時、エルディーテは六歳。
病気がちだった弟のために、公爵領を出て王都近郊の静かな別邸に移り済むようになった。
父は王宮での職務の都合上、中心部のタウンハウスで過ごすが領地と違ってすぐに会える距離。
弟を都心の医者に診てもらう都合や、忙しい父と会うためにもこの選択をしたのだ。
エルディーテにとっては王都は社交シーズンに行くものだったので、都心から少し離れているとはいえ身近な場所となったのは新鮮で少し浮き足立っていたように思う。
その日は王都に出掛けた帰りで、花売りの子供から買った花束と焼き菓子の袋を手に、エルディーテは侍女らを連れ立ってグラウス家の私兵らが練兵する場所へ向かっていた。
エルディーテは可愛いものも好きだが、剣を振るう騎士も好きだった。なのでよく彼らの稽古を見に行くことがあるのだ。
今日の差し入れは街で買ったクッキー。
走り出したい気持ちを抑え、そわそわしながらも淑女らしく背を伸ばし静々歩いてゆくと木製の剣を交える騎士らの姿が見えてくる。
すると団長のリックがすぐにエルディーテに気づき微笑んだあと頭を下げた。他の騎士らもリックに続いて動きを止めて「お嬢様!」と呼び掛けてくれる。
エルディーテは反射的に彼らに向かって大きく片手を振った。すると大振りの袖口が特徴的なドレスを着ていたエルディーテの二の腕が顕になって、侍女のマリアに指摘された。
「お嬢様っ。レディローゼに見られたら、またはしたないと言われますよ」
「……あら。ごめんなさい」
レディローゼはマナー教育のために家庭教師に来てくれている令嬢だ。
彼女からつい最近、いつ如何なる時も誰かに見られていると思って行動するよう教えられたばかりである。
袖が落ちるのも気にせず、はしたなく腕を大きく振っていたと知られてれば、確かにマリアの言う通り、レディローゼが目くじらを立て怒るだろう。
だが稽古場に来るとエルディーテはいつも興奮してしまうのだ。
なにせ剣技を磨く彼らの姿は輝いて見える。
「お嬢様、ディアン様のお加減はいかがですか?」
リックの元へ行き挨拶をすると尋ねられた。彼にはディアンと同じ年頃の息子がいるらしく、いつも親身に体調はどうか尋ねてくれる。
「えぇ、今日も調子がいいわ。こちらに来てお薬が変わったから、それが合うみたい」
「それは良かった。年頃になればディアン様にも稽古をつけたいものです」
「リックったら気が早いわ。でもきっと喜ぶと思う。あの子、騎士の絵本がすきだもの。あっ、あのね!今日は街でディアンの絵本を選んできたのよ。それに部屋に飾る花も見つけたの!見て、綺麗でしょう?」
エルディーテは小ぶりだが鮮烈に色付く青い花束を自慢げに見せた。
「おぉ、鮮やかな色だ。これはきっと喜ばれますよ」
リックは穏やかな顔を一層綻ばせたあと、エルディーテの手元の紙袋へ視線を移す。
「お嬢様、もしかして我々に差し入れを?」
「えぇ。ここのお店が今の流行りなんですって!マリアが詳しいから教えてもらったの。皆さんで食べてちょうだい」
リックに差し出すと、他の騎士らが集まってきて和気あいあいとした和やかな雰囲気でエルディーテを囲む。
「やったな!今日はなんだろう」
「この前いただいた焼き菓子もうまかったです!」
「いつも楽しみにしてるんですよ」
稽古の時や屋敷を出た時とは違うそんな彼らの姿がまた良かった。
「いつも気を遣ってくださってありがとうございます。すみません、毎回頂いてしまって」
「お母様も良いって言ってるもの。遠慮しないで」
リックは頻繁に練兵場を訪れては差し入れをしてくるエルディーテに申し訳なさそうにしているが、エルディーテこそ、いつも文句ひとつ言わず近くで見学させてもらえて感謝しているのだ。
「団長はシナモンの風味でいいですよね?」
「勝手に決めるな!そして礼を言ってから食え!」
彼らは出身が様々で、貴族の者もいれば平民出の人間もいるが基本的に仲が良い。
グラウス公爵家でなければ普通はこうではないと騎士の一人から聞いたことがあるが、この当時のエルディーテはこの環境がどれだけ特殊か些か分かっていなかった。
身を挺して守ってくれたのだ。
そんな彼は今まさにグラウス家の没落を目論む依頼を受けたばかりであるというのに。
オルディスがディートという偽名で王都近郊に借りたグラウス公爵家の別邸で護衛騎士を務めたのはたった一年。
その一年間、エルディーテは護衛騎士のディートに憧れていた。恋と呼ぶには浅すぎる、ままごとの秋波を一方的に送っていた。
彼は真面目でぶっきらぼうで、しかし強くて優しい人だった。
エルディーテから熱い眼差しを向けられる当のディートは子供に絡まれ酷く迷惑そうだったが、そりゃそうだろう。
彼は当時三十代。一応丁寧に対応してくれていたが、職務中に雇い主の子供から絡まれても扱いに困るといった感じだった。
護衛任務は王都に拠点を構えるユークを除く、別邸で暮らす一家に対するもの。だからエルディーテにばかり構うわけにはいかない。
今になって思えば邪険に出来ない存在故に苦労をかけたことだろう。
だが言い訳させてもらうなら、仕方ないのだ。
新たな護衛騎士として紹介されたディートとの出会いはエルディーテにとって衝撃的だったのだから。
「――みんな喜んでくれるかしら?」
「えぇ、もちろんですよ。お嬢様」
当時、エルディーテは六歳。
病気がちだった弟のために、公爵領を出て王都近郊の静かな別邸に移り済むようになった。
父は王宮での職務の都合上、中心部のタウンハウスで過ごすが領地と違ってすぐに会える距離。
弟を都心の医者に診てもらう都合や、忙しい父と会うためにもこの選択をしたのだ。
エルディーテにとっては王都は社交シーズンに行くものだったので、都心から少し離れているとはいえ身近な場所となったのは新鮮で少し浮き足立っていたように思う。
その日は王都に出掛けた帰りで、花売りの子供から買った花束と焼き菓子の袋を手に、エルディーテは侍女らを連れ立ってグラウス家の私兵らが練兵する場所へ向かっていた。
エルディーテは可愛いものも好きだが、剣を振るう騎士も好きだった。なのでよく彼らの稽古を見に行くことがあるのだ。
今日の差し入れは街で買ったクッキー。
走り出したい気持ちを抑え、そわそわしながらも淑女らしく背を伸ばし静々歩いてゆくと木製の剣を交える騎士らの姿が見えてくる。
すると団長のリックがすぐにエルディーテに気づき微笑んだあと頭を下げた。他の騎士らもリックに続いて動きを止めて「お嬢様!」と呼び掛けてくれる。
エルディーテは反射的に彼らに向かって大きく片手を振った。すると大振りの袖口が特徴的なドレスを着ていたエルディーテの二の腕が顕になって、侍女のマリアに指摘された。
「お嬢様っ。レディローゼに見られたら、またはしたないと言われますよ」
「……あら。ごめんなさい」
レディローゼはマナー教育のために家庭教師に来てくれている令嬢だ。
彼女からつい最近、いつ如何なる時も誰かに見られていると思って行動するよう教えられたばかりである。
袖が落ちるのも気にせず、はしたなく腕を大きく振っていたと知られてれば、確かにマリアの言う通り、レディローゼが目くじらを立て怒るだろう。
だが稽古場に来るとエルディーテはいつも興奮してしまうのだ。
なにせ剣技を磨く彼らの姿は輝いて見える。
「お嬢様、ディアン様のお加減はいかがですか?」
リックの元へ行き挨拶をすると尋ねられた。彼にはディアンと同じ年頃の息子がいるらしく、いつも親身に体調はどうか尋ねてくれる。
「えぇ、今日も調子がいいわ。こちらに来てお薬が変わったから、それが合うみたい」
「それは良かった。年頃になればディアン様にも稽古をつけたいものです」
「リックったら気が早いわ。でもきっと喜ぶと思う。あの子、騎士の絵本がすきだもの。あっ、あのね!今日は街でディアンの絵本を選んできたのよ。それに部屋に飾る花も見つけたの!見て、綺麗でしょう?」
エルディーテは小ぶりだが鮮烈に色付く青い花束を自慢げに見せた。
「おぉ、鮮やかな色だ。これはきっと喜ばれますよ」
リックは穏やかな顔を一層綻ばせたあと、エルディーテの手元の紙袋へ視線を移す。
「お嬢様、もしかして我々に差し入れを?」
「えぇ。ここのお店が今の流行りなんですって!マリアが詳しいから教えてもらったの。皆さんで食べてちょうだい」
リックに差し出すと、他の騎士らが集まってきて和気あいあいとした和やかな雰囲気でエルディーテを囲む。
「やったな!今日はなんだろう」
「この前いただいた焼き菓子もうまかったです!」
「いつも楽しみにしてるんですよ」
稽古の時や屋敷を出た時とは違うそんな彼らの姿がまた良かった。
「いつも気を遣ってくださってありがとうございます。すみません、毎回頂いてしまって」
「お母様も良いって言ってるもの。遠慮しないで」
リックは頻繁に練兵場を訪れては差し入れをしてくるエルディーテに申し訳なさそうにしているが、エルディーテこそ、いつも文句ひとつ言わず近くで見学させてもらえて感謝しているのだ。
「団長はシナモンの風味でいいですよね?」
「勝手に決めるな!そして礼を言ってから食え!」
彼らは出身が様々で、貴族の者もいれば平民出の人間もいるが基本的に仲が良い。
グラウス公爵家でなければ普通はこうではないと騎士の一人から聞いたことがあるが、この当時のエルディーテはこの環境がどれだけ特殊か些か分かっていなかった。