喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~
「気に入った味があったら教えてくださいね」
そう声をかけると筋骨隆々とした騎士らが「さすが姫様!」と囃し立ててきた。
「まったく、食い物のこととなると礼儀にかけるやつらで……」
「いいじゃないですか。私は好きですよ」
マリア達が配ってくれる姿を眺めながらリックに微笑むと、リックはハッとして人だかりから外れた騎士に目配せした。
「――丁度良かったです。紹介しようと思っていた奴がいまして……ディート!来い!」
ディートと呼ばれた騎士は初めて見る顔で、グラウス家の私兵の騎士らの雰囲気とは少し違って尖った空気を感じさせていた。頬の肉は引き締まり、鼻筋の通った精悍な顔つきだがなにぶん視線が凍てついて恐ろしい。
「こいつは新しく入ったディートという者です。腕が立つので頼もしいですよ」
「ディートと申します」
幼い令嬢を前にニコリともしない。
淡々と手短に挨拶を終えた男を見て、エルディーテはなぜこの人はトゲトゲしているのだろうと首を傾げた。
「不愛想だが、いい奴です」
すかさずそう付け足すリックの言葉にエルディーテ少しほっとして名乗った。この騎士とも仲良くなれたらいい、単純にそう思ったのだ。
「長女のエルディーテ・グラウスです。これからよろしくお願いします」
しかし次の瞬間、ディートはエルディーテの手元を見て眉間に皺を刻むと、突然花束を取り上げたのだ。
それから低く咎めるような口調で言う。
「……これは燃やさなければいけません」
「えっ……?」
突然のことで、一方的に怒られた気になり恐ろしいと思った。
「こんなもの誰が……花束は売り物ですか?どこで購入されました?ちゃんと信用できる店で買いましたか?売り手の人間の顔は覚えています?」
尋問のように次々と責めるように問われ、エルディーテは瞳を揺らす。
胸がざわついて、心臓が痛いぐらい鳴り響き身体が熱くなって肩が震えた。
しかし直ぐにリックが庇うように立ちはだかってくれた。
「ディート!失礼だ。お前はお嬢様が怯えているのが分からないのか?」
そして厳しい口調で諫めると、我に返ったように険しい顔を解いてディートは頭を下げ項垂れた。
「申し訳ございません……」
その姿は何かに過敏に反応しているような、そんな切迫感を秘めていた。
そして次に心底申し訳なさそうな表情へと変わる。
その変化を見て、エルディーテの胸を鐘を叩くかの如く響いていた痛みが緩和されてゆく。
掌を握り締めると深呼吸し、声が震えないようおそるおそる訊ねた。
「……えっと、どうしてこの花束を燃やさないといけないんですか?」
きっと何か理由があったのだろう。
怖い人だが、父が集める人間に悪い人は居ないはずなのだから。
するとディートは視線を彷徨わせたあと、今度はゆっくりと説明してくれた。
「――その花は毒です」
「毒……?」
「はい。この地域にはない種類です。花粉を多く吸い込むと熱が出て、最悪は肌が爛れる場合もあります……もし花瓶にさせば使った水ですら毒となります。ですので、持ち込むのは危険です……」
この国で傷は恥だ。爛れた肌など貴族として社会的な死同然。だから無理やり取り上げたのか、とやっと合点がいった。
「だからと言って急に取り上げると恐ろしいだろう」
リックは溜息を零すとエルディーテに対し部下の不始末について詫びた。
その姿にディートは緊迫した雰囲気で訪ねる。
「気が回らず本当に申し訳ございません……あの、俺はクビですか?」
突然、クビという言葉が出てエルディーテはリックを見た。リックもエルディーテを見た。
互いに交えた視線は”何故?”という疑問を含んだもので、顔を見合わせては互いに首を振り、それからディートに苦い笑みを零す。
「クビなわけないだろう。まぁ、公爵様にお前の事を訪ねられたら言葉が足りん男だとは報告するだろうが……次はよく考えて、きちんと説明してくれ」
リックはそう告げてから肩を叩いた。
エルディーテも頷いて、それからディートに向かって告げる。
「リックの言う通り、不愛想だけどいい人なんですね。怖い人じゃなくて良かったです」
笑って言えば、面目なさそうにディートからもう一度謝罪された。
トゲトゲしているけれど、不愛想なだけの良い人なんだと再度理解したエルディーテは、もうディートを怖いとは思わなかった。
「ありがとう、ディート。花束は弟のディアンに渡すつもりだったの。危ないところだったわ」
本当に、危なかった。
やっと体調が安定してきたのに、自分のせいで危険な目に合わせるところだったのだ。
「……危険だったのはお嬢様もですよ。花に触れてはいませんか?お手を拝見しても?」
ディートはエルディーテの慎重に合わせさりげなく跪くと、手を差し出した。
大人の騎士の精悍な顔が目の前にあって、一瞬だけ優し気な瞳が向けられる。
その瞬間、エルディーテの心臓がドキリと鳴った。
先ほどの痛みのあるものではない。ドキドキしている。
不自然にならないよう手を出すと、花束を持っていた手に花粉がついていないか念入りに観察された。その行為がむず痒いような、頬が熱くなるような。
「手は、大丈夫そうですね……香りを嗅いだりしてませんか?……もし少しでも不調を感じたら医師に相談してください。早めに処置すれば悪化しないはずなので」
リックに指摘されたばかりのディートは丁寧に説明をしてくれて、話し方も子供に聞き取りやすいよう配慮されている。
エルディーテは返事をするのが少し恥ずかしくなって、一度だけこくりと頷いた。
「団長。この件は調べた方がいいです。毒の花が売られているなど、もし公爵家を狙っていなかったとしても危険です」
「あぁ、そのつもりだ。至急、街に誰か向かわせよう。お嬢様、売っていた人物の特徴を教えていただけますか?」
そしてエルディーテはこのあとリック達にその時の状況を説明し、花売りの少年が見つかってエルディーテ達に売るように依頼されていたことが判明する。
ディートは街の人間や少年からの情報を頼りにある貴族に辿り着き、そして最終的にエルディーテを蹴落とすために仕込まれていたことが分かったのだ。
この出来事はエルディーテに深い衝撃を与え、そしてディートを慕うきっかけになった。
年が離れているから相手にされないことも承知の上で、一生懸命背伸びした。
大人のレディとして見てもらいたくて、練習の成果としてカーテシーを何度も披露してみせたり、新しいドレスの感想を求めたり、とにかく事あるごとにディートを探しては、自分の都合に付き合うよう振り回した気がする。
挙句の果てには、王都の春祭りではしゃぎすぎて少しのあいだ迷子になって、見つけてくれたディートから『これだから子供のお守りは好きじゃない』と直接言われたことすらあったが、とにかく大人なのに不器用で、でも強くて恰好いいディートが好きだった。
エルディーテを取り巻く人間からは、子供が大人のベテラン騎士を見て色めき立っているだけだと温かく見守られていたが当時のエルディーテは真剣にアピールしていたつもりだ。
今に思えばままごとの秋波、しかし最初で最後の淡い恋心。
自分は愛とは無縁、そんな風に思い込んでいたが、そんな感情があったのだとエルディーテは思い出していた。
そう声をかけると筋骨隆々とした騎士らが「さすが姫様!」と囃し立ててきた。
「まったく、食い物のこととなると礼儀にかけるやつらで……」
「いいじゃないですか。私は好きですよ」
マリア達が配ってくれる姿を眺めながらリックに微笑むと、リックはハッとして人だかりから外れた騎士に目配せした。
「――丁度良かったです。紹介しようと思っていた奴がいまして……ディート!来い!」
ディートと呼ばれた騎士は初めて見る顔で、グラウス家の私兵の騎士らの雰囲気とは少し違って尖った空気を感じさせていた。頬の肉は引き締まり、鼻筋の通った精悍な顔つきだがなにぶん視線が凍てついて恐ろしい。
「こいつは新しく入ったディートという者です。腕が立つので頼もしいですよ」
「ディートと申します」
幼い令嬢を前にニコリともしない。
淡々と手短に挨拶を終えた男を見て、エルディーテはなぜこの人はトゲトゲしているのだろうと首を傾げた。
「不愛想だが、いい奴です」
すかさずそう付け足すリックの言葉にエルディーテ少しほっとして名乗った。この騎士とも仲良くなれたらいい、単純にそう思ったのだ。
「長女のエルディーテ・グラウスです。これからよろしくお願いします」
しかし次の瞬間、ディートはエルディーテの手元を見て眉間に皺を刻むと、突然花束を取り上げたのだ。
それから低く咎めるような口調で言う。
「……これは燃やさなければいけません」
「えっ……?」
突然のことで、一方的に怒られた気になり恐ろしいと思った。
「こんなもの誰が……花束は売り物ですか?どこで購入されました?ちゃんと信用できる店で買いましたか?売り手の人間の顔は覚えています?」
尋問のように次々と責めるように問われ、エルディーテは瞳を揺らす。
胸がざわついて、心臓が痛いぐらい鳴り響き身体が熱くなって肩が震えた。
しかし直ぐにリックが庇うように立ちはだかってくれた。
「ディート!失礼だ。お前はお嬢様が怯えているのが分からないのか?」
そして厳しい口調で諫めると、我に返ったように険しい顔を解いてディートは頭を下げ項垂れた。
「申し訳ございません……」
その姿は何かに過敏に反応しているような、そんな切迫感を秘めていた。
そして次に心底申し訳なさそうな表情へと変わる。
その変化を見て、エルディーテの胸を鐘を叩くかの如く響いていた痛みが緩和されてゆく。
掌を握り締めると深呼吸し、声が震えないようおそるおそる訊ねた。
「……えっと、どうしてこの花束を燃やさないといけないんですか?」
きっと何か理由があったのだろう。
怖い人だが、父が集める人間に悪い人は居ないはずなのだから。
するとディートは視線を彷徨わせたあと、今度はゆっくりと説明してくれた。
「――その花は毒です」
「毒……?」
「はい。この地域にはない種類です。花粉を多く吸い込むと熱が出て、最悪は肌が爛れる場合もあります……もし花瓶にさせば使った水ですら毒となります。ですので、持ち込むのは危険です……」
この国で傷は恥だ。爛れた肌など貴族として社会的な死同然。だから無理やり取り上げたのか、とやっと合点がいった。
「だからと言って急に取り上げると恐ろしいだろう」
リックは溜息を零すとエルディーテに対し部下の不始末について詫びた。
その姿にディートは緊迫した雰囲気で訪ねる。
「気が回らず本当に申し訳ございません……あの、俺はクビですか?」
突然、クビという言葉が出てエルディーテはリックを見た。リックもエルディーテを見た。
互いに交えた視線は”何故?”という疑問を含んだもので、顔を見合わせては互いに首を振り、それからディートに苦い笑みを零す。
「クビなわけないだろう。まぁ、公爵様にお前の事を訪ねられたら言葉が足りん男だとは報告するだろうが……次はよく考えて、きちんと説明してくれ」
リックはそう告げてから肩を叩いた。
エルディーテも頷いて、それからディートに向かって告げる。
「リックの言う通り、不愛想だけどいい人なんですね。怖い人じゃなくて良かったです」
笑って言えば、面目なさそうにディートからもう一度謝罪された。
トゲトゲしているけれど、不愛想なだけの良い人なんだと再度理解したエルディーテは、もうディートを怖いとは思わなかった。
「ありがとう、ディート。花束は弟のディアンに渡すつもりだったの。危ないところだったわ」
本当に、危なかった。
やっと体調が安定してきたのに、自分のせいで危険な目に合わせるところだったのだ。
「……危険だったのはお嬢様もですよ。花に触れてはいませんか?お手を拝見しても?」
ディートはエルディーテの慎重に合わせさりげなく跪くと、手を差し出した。
大人の騎士の精悍な顔が目の前にあって、一瞬だけ優し気な瞳が向けられる。
その瞬間、エルディーテの心臓がドキリと鳴った。
先ほどの痛みのあるものではない。ドキドキしている。
不自然にならないよう手を出すと、花束を持っていた手に花粉がついていないか念入りに観察された。その行為がむず痒いような、頬が熱くなるような。
「手は、大丈夫そうですね……香りを嗅いだりしてませんか?……もし少しでも不調を感じたら医師に相談してください。早めに処置すれば悪化しないはずなので」
リックに指摘されたばかりのディートは丁寧に説明をしてくれて、話し方も子供に聞き取りやすいよう配慮されている。
エルディーテは返事をするのが少し恥ずかしくなって、一度だけこくりと頷いた。
「団長。この件は調べた方がいいです。毒の花が売られているなど、もし公爵家を狙っていなかったとしても危険です」
「あぁ、そのつもりだ。至急、街に誰か向かわせよう。お嬢様、売っていた人物の特徴を教えていただけますか?」
そしてエルディーテはこのあとリック達にその時の状況を説明し、花売りの少年が見つかってエルディーテ達に売るように依頼されていたことが判明する。
ディートは街の人間や少年からの情報を頼りにある貴族に辿り着き、そして最終的にエルディーテを蹴落とすために仕込まれていたことが分かったのだ。
この出来事はエルディーテに深い衝撃を与え、そしてディートを慕うきっかけになった。
年が離れているから相手にされないことも承知の上で、一生懸命背伸びした。
大人のレディとして見てもらいたくて、練習の成果としてカーテシーを何度も披露してみせたり、新しいドレスの感想を求めたり、とにかく事あるごとにディートを探しては、自分の都合に付き合うよう振り回した気がする。
挙句の果てには、王都の春祭りではしゃぎすぎて少しのあいだ迷子になって、見つけてくれたディートから『これだから子供のお守りは好きじゃない』と直接言われたことすらあったが、とにかく大人なのに不器用で、でも強くて恰好いいディートが好きだった。
エルディーテを取り巻く人間からは、子供が大人のベテラン騎士を見て色めき立っているだけだと温かく見守られていたが当時のエルディーテは真剣にアピールしていたつもりだ。
今に思えばままごとの秋波、しかし最初で最後の淡い恋心。
自分は愛とは無縁、そんな風に思い込んでいたが、そんな感情があったのだとエルディーテは思い出していた。


