田中里奈21歳、全て忘れてパリピになりたい。
第2話 初めてのナイトクラブ
入って最初に向かったのはロッカールーム。
里奈は小さなコインロッカーにスマホ以外の貴重品や荷物を千隼に言われるがまま預ける。
千隼も現金をポケットに入れてスマホ以外はロッカーの中に入れ、お金を入れて鍵を閉めた。
「鍵は俺が持っとくね」
「……なんか千隼慣れてるね」
千隼は否定しない。けれど、訂正するように「来たのはかなり久しぶりだよ」と言った。
そう言う彼の顔はなんだか悲しそうに見えて、聞いてはいけない事だったかもと口を閉じた。
隣のフロアから激しく大きな音がズンッズンッとここまで響いているのを感じる。
周りには華やかな女の子達や、遊び慣れていそうな男の人達が互いを見合ったり声をかけたりしていて慣れない空間に里奈は萎縮してしまう。
「……帰る?」
「え!」
千隼の思いがけない言葉に驚く。
「里奈ちゃん、怖がってるように見えたから。全然いいよ。怖かったら帰ろう。」
千隼は優しい。里奈は首を横に振る。
「せっかくお金も払って入ったから、少しくらい楽しんでいかないと損、だもんね!頑張る!」
「頑張る必要はないけどね。でも、わかった。無理そうだったらすぐに出よう。」
そう言って千隼は里奈を案内するように前を進む。が、すぐに千隼は立ち止まって里奈は千隼の背中に激突してしまった。
ゔ……痛い。鼻を打った、ツーンとする。鼻を抑えながら千隼の横からチラッと前を覗くと千隼は可愛い女の子達に声をかけられている。
「ねぇ!お兄さんめちゃくちゃかっこいいんだけど!」
「私達と踊らない!?」
「連絡先教えて!」
逆ナン。はじめてみた。
女の子達の熱意に里奈は千隼の背中の影に隠れて出れなくなる。
「悪いけど、連れときてるから。他の女には興味ない。」
さっきまでの優しい千隼はどこに行ったのか。冷たい態度で女の子達を突き放す。
そこから離れるように、千隼は里奈の手を握ってそのままダンスフロアへ進んだ。
ズンッズンッズンッズンッ——
壁も揺れるような重低音がフロアに響き渡る。
心臓に響くような音量に周りの声も聞こえない。
周りではステップを踏んで踊る人や酒を片手に周りをジロジロと見定めている人、ノリノリで頭を振る人まで、見たことのない様な人が沢山がいて里奈は未知の空間に言葉を失った。
「——……!」
千隼が何か言っているが、音楽が大きすぎてうまく聞き取れない。
「ごめん!聞こえなくて!」
里奈は大きい声で千隼に答える。
千隼は理解したのか握っていた里奈の手を引っ張り、引き寄せて耳元で囁く。
「ここ、うるさいからあっちのバーカウンターの方に行こう。離れると危ないから手を繋いだままいこう」
千隼の息が、体が、近い。
里奈は小刻みに頭を縦に振って千隼の案を受け入れる。
2人は手を繋いだまま、お酒の飲めるカウンターに進む。
音量はそんなに変わらないが、先ほどよりは小さくて人も落ち着いていた。
カウンターに入り口でもらったドリンクチケットを出してお酒を頼む。飲み物は千隼にお任せした。
「カシスオレンジ。あとラムコーク」
ウエイターはチケットを無言で受け取ると手慣れた手つきでドリンクを作り、私達の前に置く。
ドリンクを受け取って少し空いているスペースに2人で移動した。
「里奈ちゃんはカシスオレンジ。もうさっき店で飲んだから本当は飲まなくてもいいと思うけど」
「千隼のは?」
「俺はラムコーク、好きなんだ」
「千隼がお酒飲むところ、初めて見る」
「いつもは仕事だからね」
千隼と繋いでいた手を離し、グラスを傾け当てて乾杯する。
カシスオレンジ、甘くて美味しい。
大きな音に響き渡る音楽。見たことのない様な人達。
薄暗いフロア。
人がひしめいているダンスフロアを見つめているとその中でベタベタと体をくっつけ、今にもキスしてしまいそうな男女を見つけ、空いた口が塞がらなくなる。
「あっ……えっ……あれ……」
「ん?」
里奈の反応に目線の先を追う千隼。「あー……」と里奈の見ているものに気付く。
「だから危ないって言っただろ?クラブは楽しいだけじゃなくてほとんどが一夜の男女の出会いを求めてきてるんだよ」
し、知らなかった……。知らずにきていたら私は変な男に捕まっていたかもしれない。
顔をこわばらせて里奈は泣きそうな目で千隼を見つめる。
「つ、ついてきてくれて、本当にありがとうぅ……」
千隼は困り顔で笑いながら「これに懲りたらもう行くなんて言わないこと」と里奈を諭した。
里奈は「はい……」と頷くしか無かった。
もうここにくることはない。私はパリピにはなれない事がよく分かった。なりたかったかと言われると別に本気でなりたかった訳ではないけれど。
怖いもの見たさでさっきの男女をじーっと見つめてしまう。
天井のミラーボールが情熱的な男女を照らす。
里奈は目を疑った。
ベタベタと体をくっつけ、ダンスフロアでいちゃついていた2人が元カレの宏樹と友達の絵梨花だったから。
信じたくない現実から目を離せない。
私の悪口を言っていたのは絵梨花だった。
私を重いとか、真面目すぎて面白味のない人間と宏樹に言って居たのは。
それを宏樹も信じて。
心から何かがスーッと引いていく。
あんなに引いていた想いも嘘の様に、絶望感に変わっていく。
「……?里奈ちゃん?」
千隼は里奈の様子に声をかける。
里奈はツーッと一筋の涙を流しながら千隼に言った。
「あそこにいる2人が、元カレと……クラブを勧めてきた友達」
千隼は驚きを隠せない様子でダンスフロアの2人を見つめる。里奈は涙を拭いて感情を殺した。
「大丈夫、もういいの。」
グラスに残っていたカシスオレンジを飲み干し、ドリンクチケットを持ってカウンターにお酒を取りにいく。
「……っ」
千隼は慌てて里奈の後ろを追う。
里奈はメニュー表を見つめ、チケットを出して「強いのください」と言った。
「里奈ちゃん……やめよう。……お酒は何も解決しない」
千隼は強くは止めない。けれど優しく里奈を止める。
その言葉を理解していても、里奈は止める事ができなかった。
「ごめんなさい。本当はわかってる。お酒を飲んだって解決しない。いいことなんてないってわかってるのに」
里奈は出されたテキーラをよくわかりもせず飲み干す。
飲んだ瞬間、喉が焼ける様に熱かった。
「里奈!」
千隼は里奈の肩を抱きしめてカウンターから椅子のあるテーブルへと移動させる。
慣れないお酒にさっき飲んでいた熱燗も混ざって世界が回る。お酒は強い方なのに、こんなことなったことないのに……。頭が回らなかった。
千隼は「待ってて、すぐ戻るから。水もらってくる」と言って足早にドリンクカウンターに向かう。
千隼の背中が人混みに消えて見えなくなった。
里奈は壁に頭をよりかけて、元カレと友達の居たフロアを見つめる。2人はもう見当たらなかった。
見間違い……な訳がない。
ずっと見てきた。だからわかる。あれは宏樹と絵梨花だった。……私何やってるんだろう。
もう、どうでもいい。宏樹に対する気持ちも、絵梨花の事も、もう。どうでもいい。
そのまま何も考えず、目を閉じようとする。
「……里奈?」
聞き覚えのある声。
嫌だ、目を開けたくない。この声は……
「…………宏樹」
一番会いたくない人間に見つかってしまって気分は最悪だった。
「なんでここにいるんだよ」
宏樹は自分が絵梨花と居たところを見られていたことも知らず、不機嫌に里奈に聞く。
「別にいいでしょ。もう別れたんだから」
「……帰れよ。こんな所、お前は来ないタイプだろ」
「来ないタイプって何?絵梨花みたいに華やかじゃないから?」
自分のことは棚に上げて説教をしてくる宏樹にムカつき、里奈は勢いで絵梨花のことを言ってしまう。
「は?な、なんで絵梨花のことがここで出てくるんだよ」
「さっきそこでイチャイチャしてたでしょう。よかったね。」
もう話したくない、と里奈は目を逸らして話を終わらせる。宏樹はそれを良しとせず、里奈を逃がさないように距離を詰めて壁を塞いだ。
「ちょっと、離れて」
「嫌だ」
「は!?」
宏樹のめちゃくちゃな言動に不快感を隠せずに答えてしまう。
「絵梨花はただの遊びだ。本当に好きなのは……里奈だけだ。」
意味が、意味がわからない。遊び?本当に好きなのは私?コイツ、自分の言ってる事わかってるの?
「私は、もう宏樹のことは好きじゃない。離れて、どっかいって」
「里奈、待てって」
どんどんと近づいてくる宏樹に恐怖を感じて離れようと席を立つが壁を塞がれて動けない。
飲みすぎたせいで強く動くこともできない。頭が、回らない。
宏樹は里奈の腕を掴み、引き寄せる。
「俺とまた付き合」
「里奈。待たせてごめん。」
千隼が宏樹との間に割って入り、手を引き剥がして私を守る様に抱き寄せてくれた。
「千隼……」
「お前誰だよ。」
宏樹はイラつきを隠すこともせずに千隼に強い口調で問いただす。
「お前には関係ない。」
「は?ふざけんなよ。里奈と俺の話に口出してくるな。」
「話、という割には一方的に里奈を追い詰めていたけれど。それは話って言うのか?」
千隼の言葉に何も言えない。
チッ!と舌打ちをして「俺の彼女に手を出すな」と叫ぶ宏樹。
「元 だろ? 元カレ宏樹くん」
「テメェ……黙って聞いていれば!!」
感情のまま殴り掛かろうとしてくる宏樹に、千隼はすかさずこちらに歩いてきていたガタイのいいセキュリティに向かって声をかける。
「Hey! Over here! 」
千隼の行動に驚いた宏樹は殴ろうとしてた拳を止める。
「テ、テメェ!何して!」
セキュリティはすぐにこっちに向かってきて千隼に聞いた。
「What’s the problem?」
「 This guy won’t leave my friend alone.」
千隼の言葉を聞き、セキュリティは宏樹に鋭い視線を送り「You. Come with me.」と腕を掴む。宏樹は「違う!俺はコイツの彼氏だ!」喚いていたが、セキュリティの力には勝てず、腕を引っ張って連れて行かれた。
宏樹が去ってやっと落ち着く。
千隼は抱きしめていた腕の力を抜いて里奈の顔を覗き込む。
「大丈夫?ごめん、ドリンク混んでて……」
千隼はミネラルウォーターの蓋を開けて里奈に渡す。
里奈はゆっくりとそれを飲んだ。
「もう出よう。でも、今はまだアイツと鉢合わせするかもしれないからもう少しだけここで過ごして、落ち着いたら出よう。」
千隼の落ち着いた声は里奈の気持ちを穏やかにしてくれる。気持ちが、いい。
里奈の酔いはピークに達していた。
酒の過剰摂取は里奈の思考を真っ白にして幼子の様に思った事を口にしてしまう。
「ちはやぁーかっこいいーへへ、ありがとう」
里奈は無防備に愛嬌を振り撒く。ニコニコと笑って楽しそうに千隼の手を掴んで絡める。
「ちはやと手、つなぐとおちつくぅ」
「り、里奈ちゃ……」
里奈の酔った無防備な姿に千隼は視線を逸らし、何かを振り切るように里奈の手を引いてロッカールームに向かった。
「?ちはや??」
ふわふわと回らない頭で千隼が何をしようとしているのか考えるがわからない。
千隼は無言でロッカーから全ての荷物を取り出し、里奈の手を引いてそのままクラブを出る。
外ではまだ大勢の人が金曜日の夜を楽しもうと歩いていた。
千隼に連れられるまま、里奈はネオンが輝く歓楽街の通りを歩いて抜けていく。
ちはや……あるくのはやい……どうしたんだろう?
回らない頭で里奈は一生懸命考える。
何も言わず、酔っている里奈の手を繋いで前を進む千隼。
大通りまで出ると千隼は道路脇に立って走っている車を見つめる。
目当ての車を見つけると手を上げて呼び止める。
タクシーのドアが自動で開く。
こけない様に里奈を優しくエスコートする千隼。
車内に座った事を確認すると隣に千隼も乗り込み、運転手に向かって声をかける。
「〇〇市〇〇区のマンションで——」
里奈は座った事で安心したのかうとうととし始める。
千隼がどこに行こうとしてるのか、モニョモニョして聞き取れない。
そのまま千隼の肩にもたれかかる。
「っ……。本当に……無防備すぎる。」
手を握ったまま、千隼の肩に頭を乗せて。
タクシーは夜の道路を走りマンションへと向かった。
里奈は小さなコインロッカーにスマホ以外の貴重品や荷物を千隼に言われるがまま預ける。
千隼も現金をポケットに入れてスマホ以外はロッカーの中に入れ、お金を入れて鍵を閉めた。
「鍵は俺が持っとくね」
「……なんか千隼慣れてるね」
千隼は否定しない。けれど、訂正するように「来たのはかなり久しぶりだよ」と言った。
そう言う彼の顔はなんだか悲しそうに見えて、聞いてはいけない事だったかもと口を閉じた。
隣のフロアから激しく大きな音がズンッズンッとここまで響いているのを感じる。
周りには華やかな女の子達や、遊び慣れていそうな男の人達が互いを見合ったり声をかけたりしていて慣れない空間に里奈は萎縮してしまう。
「……帰る?」
「え!」
千隼の思いがけない言葉に驚く。
「里奈ちゃん、怖がってるように見えたから。全然いいよ。怖かったら帰ろう。」
千隼は優しい。里奈は首を横に振る。
「せっかくお金も払って入ったから、少しくらい楽しんでいかないと損、だもんね!頑張る!」
「頑張る必要はないけどね。でも、わかった。無理そうだったらすぐに出よう。」
そう言って千隼は里奈を案内するように前を進む。が、すぐに千隼は立ち止まって里奈は千隼の背中に激突してしまった。
ゔ……痛い。鼻を打った、ツーンとする。鼻を抑えながら千隼の横からチラッと前を覗くと千隼は可愛い女の子達に声をかけられている。
「ねぇ!お兄さんめちゃくちゃかっこいいんだけど!」
「私達と踊らない!?」
「連絡先教えて!」
逆ナン。はじめてみた。
女の子達の熱意に里奈は千隼の背中の影に隠れて出れなくなる。
「悪いけど、連れときてるから。他の女には興味ない。」
さっきまでの優しい千隼はどこに行ったのか。冷たい態度で女の子達を突き放す。
そこから離れるように、千隼は里奈の手を握ってそのままダンスフロアへ進んだ。
ズンッズンッズンッズンッ——
壁も揺れるような重低音がフロアに響き渡る。
心臓に響くような音量に周りの声も聞こえない。
周りではステップを踏んで踊る人や酒を片手に周りをジロジロと見定めている人、ノリノリで頭を振る人まで、見たことのない様な人が沢山がいて里奈は未知の空間に言葉を失った。
「——……!」
千隼が何か言っているが、音楽が大きすぎてうまく聞き取れない。
「ごめん!聞こえなくて!」
里奈は大きい声で千隼に答える。
千隼は理解したのか握っていた里奈の手を引っ張り、引き寄せて耳元で囁く。
「ここ、うるさいからあっちのバーカウンターの方に行こう。離れると危ないから手を繋いだままいこう」
千隼の息が、体が、近い。
里奈は小刻みに頭を縦に振って千隼の案を受け入れる。
2人は手を繋いだまま、お酒の飲めるカウンターに進む。
音量はそんなに変わらないが、先ほどよりは小さくて人も落ち着いていた。
カウンターに入り口でもらったドリンクチケットを出してお酒を頼む。飲み物は千隼にお任せした。
「カシスオレンジ。あとラムコーク」
ウエイターはチケットを無言で受け取ると手慣れた手つきでドリンクを作り、私達の前に置く。
ドリンクを受け取って少し空いているスペースに2人で移動した。
「里奈ちゃんはカシスオレンジ。もうさっき店で飲んだから本当は飲まなくてもいいと思うけど」
「千隼のは?」
「俺はラムコーク、好きなんだ」
「千隼がお酒飲むところ、初めて見る」
「いつもは仕事だからね」
千隼と繋いでいた手を離し、グラスを傾け当てて乾杯する。
カシスオレンジ、甘くて美味しい。
大きな音に響き渡る音楽。見たことのない様な人達。
薄暗いフロア。
人がひしめいているダンスフロアを見つめているとその中でベタベタと体をくっつけ、今にもキスしてしまいそうな男女を見つけ、空いた口が塞がらなくなる。
「あっ……えっ……あれ……」
「ん?」
里奈の反応に目線の先を追う千隼。「あー……」と里奈の見ているものに気付く。
「だから危ないって言っただろ?クラブは楽しいだけじゃなくてほとんどが一夜の男女の出会いを求めてきてるんだよ」
し、知らなかった……。知らずにきていたら私は変な男に捕まっていたかもしれない。
顔をこわばらせて里奈は泣きそうな目で千隼を見つめる。
「つ、ついてきてくれて、本当にありがとうぅ……」
千隼は困り顔で笑いながら「これに懲りたらもう行くなんて言わないこと」と里奈を諭した。
里奈は「はい……」と頷くしか無かった。
もうここにくることはない。私はパリピにはなれない事がよく分かった。なりたかったかと言われると別に本気でなりたかった訳ではないけれど。
怖いもの見たさでさっきの男女をじーっと見つめてしまう。
天井のミラーボールが情熱的な男女を照らす。
里奈は目を疑った。
ベタベタと体をくっつけ、ダンスフロアでいちゃついていた2人が元カレの宏樹と友達の絵梨花だったから。
信じたくない現実から目を離せない。
私の悪口を言っていたのは絵梨花だった。
私を重いとか、真面目すぎて面白味のない人間と宏樹に言って居たのは。
それを宏樹も信じて。
心から何かがスーッと引いていく。
あんなに引いていた想いも嘘の様に、絶望感に変わっていく。
「……?里奈ちゃん?」
千隼は里奈の様子に声をかける。
里奈はツーッと一筋の涙を流しながら千隼に言った。
「あそこにいる2人が、元カレと……クラブを勧めてきた友達」
千隼は驚きを隠せない様子でダンスフロアの2人を見つめる。里奈は涙を拭いて感情を殺した。
「大丈夫、もういいの。」
グラスに残っていたカシスオレンジを飲み干し、ドリンクチケットを持ってカウンターにお酒を取りにいく。
「……っ」
千隼は慌てて里奈の後ろを追う。
里奈はメニュー表を見つめ、チケットを出して「強いのください」と言った。
「里奈ちゃん……やめよう。……お酒は何も解決しない」
千隼は強くは止めない。けれど優しく里奈を止める。
その言葉を理解していても、里奈は止める事ができなかった。
「ごめんなさい。本当はわかってる。お酒を飲んだって解決しない。いいことなんてないってわかってるのに」
里奈は出されたテキーラをよくわかりもせず飲み干す。
飲んだ瞬間、喉が焼ける様に熱かった。
「里奈!」
千隼は里奈の肩を抱きしめてカウンターから椅子のあるテーブルへと移動させる。
慣れないお酒にさっき飲んでいた熱燗も混ざって世界が回る。お酒は強い方なのに、こんなことなったことないのに……。頭が回らなかった。
千隼は「待ってて、すぐ戻るから。水もらってくる」と言って足早にドリンクカウンターに向かう。
千隼の背中が人混みに消えて見えなくなった。
里奈は壁に頭をよりかけて、元カレと友達の居たフロアを見つめる。2人はもう見当たらなかった。
見間違い……な訳がない。
ずっと見てきた。だからわかる。あれは宏樹と絵梨花だった。……私何やってるんだろう。
もう、どうでもいい。宏樹に対する気持ちも、絵梨花の事も、もう。どうでもいい。
そのまま何も考えず、目を閉じようとする。
「……里奈?」
聞き覚えのある声。
嫌だ、目を開けたくない。この声は……
「…………宏樹」
一番会いたくない人間に見つかってしまって気分は最悪だった。
「なんでここにいるんだよ」
宏樹は自分が絵梨花と居たところを見られていたことも知らず、不機嫌に里奈に聞く。
「別にいいでしょ。もう別れたんだから」
「……帰れよ。こんな所、お前は来ないタイプだろ」
「来ないタイプって何?絵梨花みたいに華やかじゃないから?」
自分のことは棚に上げて説教をしてくる宏樹にムカつき、里奈は勢いで絵梨花のことを言ってしまう。
「は?な、なんで絵梨花のことがここで出てくるんだよ」
「さっきそこでイチャイチャしてたでしょう。よかったね。」
もう話したくない、と里奈は目を逸らして話を終わらせる。宏樹はそれを良しとせず、里奈を逃がさないように距離を詰めて壁を塞いだ。
「ちょっと、離れて」
「嫌だ」
「は!?」
宏樹のめちゃくちゃな言動に不快感を隠せずに答えてしまう。
「絵梨花はただの遊びだ。本当に好きなのは……里奈だけだ。」
意味が、意味がわからない。遊び?本当に好きなのは私?コイツ、自分の言ってる事わかってるの?
「私は、もう宏樹のことは好きじゃない。離れて、どっかいって」
「里奈、待てって」
どんどんと近づいてくる宏樹に恐怖を感じて離れようと席を立つが壁を塞がれて動けない。
飲みすぎたせいで強く動くこともできない。頭が、回らない。
宏樹は里奈の腕を掴み、引き寄せる。
「俺とまた付き合」
「里奈。待たせてごめん。」
千隼が宏樹との間に割って入り、手を引き剥がして私を守る様に抱き寄せてくれた。
「千隼……」
「お前誰だよ。」
宏樹はイラつきを隠すこともせずに千隼に強い口調で問いただす。
「お前には関係ない。」
「は?ふざけんなよ。里奈と俺の話に口出してくるな。」
「話、という割には一方的に里奈を追い詰めていたけれど。それは話って言うのか?」
千隼の言葉に何も言えない。
チッ!と舌打ちをして「俺の彼女に手を出すな」と叫ぶ宏樹。
「元 だろ? 元カレ宏樹くん」
「テメェ……黙って聞いていれば!!」
感情のまま殴り掛かろうとしてくる宏樹に、千隼はすかさずこちらに歩いてきていたガタイのいいセキュリティに向かって声をかける。
「Hey! Over here! 」
千隼の行動に驚いた宏樹は殴ろうとしてた拳を止める。
「テ、テメェ!何して!」
セキュリティはすぐにこっちに向かってきて千隼に聞いた。
「What’s the problem?」
「 This guy won’t leave my friend alone.」
千隼の言葉を聞き、セキュリティは宏樹に鋭い視線を送り「You. Come with me.」と腕を掴む。宏樹は「違う!俺はコイツの彼氏だ!」喚いていたが、セキュリティの力には勝てず、腕を引っ張って連れて行かれた。
宏樹が去ってやっと落ち着く。
千隼は抱きしめていた腕の力を抜いて里奈の顔を覗き込む。
「大丈夫?ごめん、ドリンク混んでて……」
千隼はミネラルウォーターの蓋を開けて里奈に渡す。
里奈はゆっくりとそれを飲んだ。
「もう出よう。でも、今はまだアイツと鉢合わせするかもしれないからもう少しだけここで過ごして、落ち着いたら出よう。」
千隼の落ち着いた声は里奈の気持ちを穏やかにしてくれる。気持ちが、いい。
里奈の酔いはピークに達していた。
酒の過剰摂取は里奈の思考を真っ白にして幼子の様に思った事を口にしてしまう。
「ちはやぁーかっこいいーへへ、ありがとう」
里奈は無防備に愛嬌を振り撒く。ニコニコと笑って楽しそうに千隼の手を掴んで絡める。
「ちはやと手、つなぐとおちつくぅ」
「り、里奈ちゃ……」
里奈の酔った無防備な姿に千隼は視線を逸らし、何かを振り切るように里奈の手を引いてロッカールームに向かった。
「?ちはや??」
ふわふわと回らない頭で千隼が何をしようとしているのか考えるがわからない。
千隼は無言でロッカーから全ての荷物を取り出し、里奈の手を引いてそのままクラブを出る。
外ではまだ大勢の人が金曜日の夜を楽しもうと歩いていた。
千隼に連れられるまま、里奈はネオンが輝く歓楽街の通りを歩いて抜けていく。
ちはや……あるくのはやい……どうしたんだろう?
回らない頭で里奈は一生懸命考える。
何も言わず、酔っている里奈の手を繋いで前を進む千隼。
大通りまで出ると千隼は道路脇に立って走っている車を見つめる。
目当ての車を見つけると手を上げて呼び止める。
タクシーのドアが自動で開く。
こけない様に里奈を優しくエスコートする千隼。
車内に座った事を確認すると隣に千隼も乗り込み、運転手に向かって声をかける。
「〇〇市〇〇区のマンションで——」
里奈は座った事で安心したのかうとうととし始める。
千隼がどこに行こうとしてるのか、モニョモニョして聞き取れない。
そのまま千隼の肩にもたれかかる。
「っ……。本当に……無防備すぎる。」
手を握ったまま、千隼の肩に頭を乗せて。
タクシーは夜の道路を走りマンションへと向かった。