ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~

第五話 白いリボンと、言えない苦手

 月曜日の昼休み、しおりは学校の図書室に一人で行った。
 小野寺さんがいた。
 カウンターの近くの棚の前で、背表紙をじっと見ていた。本を手に取っては戻し、また別の本を引き出した。うまくいかない様子で、眉がわずかに寄っていた。
 しおりは遠くから、しばらく見ていた。
 小野寺さんが本を選べないでいる。紹介カードのための本を、探している。でも、選べない。それは、読むのが得意じゃないから、分厚い本は避けたいのかもしれない。薄い本を選べばいいのに、それだと「薄い本を選んだ」と思われるのが嫌なのかもしれない。
 しおりはゆっくり近づいた。
「小野寺さん」
 小野寺さんが振り向いた。少し驚いた顔をして、すぐに普通の顔に戻した。
「森沢さん。何?」
「本、探してますか」
「……見れば分かるじゃん」 
「紹介カードに使うなら、これが読みやすいかもしれない」
 しおりは迷わず棚から一冊取り出した。中くらいの厚さで、字が少し大きめで、でも内容がしっかりしている本だった。
「これ、文章が読みやすくて、ストーリーも分かりやすいの。わたし、去年、読書感想文に選んだら書きやすかったから」
 小野寺さんは、しおりの手の中の本を見た。表情が、少し揺れた。
「べつに、そのために探してたわけじゃないし」
「そうなんですか。ごめんなさい」
「……でも、貸して」
 小野寺さんはそう言って、本を受け取った。表紙をさっと確認して、カウンターへ歩いていった。

 その日の放課後、しおりとひなたはひみつ図書室にいた。
「黒瀬が追加取材しようとしてる。昼休み、また六年生に話聞いてたって。次の新聞に続報を出すつもりかも」
 ひなたは伝えた。
「小野寺さんのことが記事になったら、嫌だよね」
「嫌だと思うよ。だから先に話して、記事を止めてもらいたい」
「黒瀬くんに?」
「うん。しおりが話した方がいいと思うんだよね。あたしと黒瀬、なんか話すとすぐケンカになるし」
「でも、小野寺さんに確認しないで話すのは……」
「それもそうか」
 ひなたは頭をかいた。
 ページが棚から動いて、テーブルに近づいた。一冊も出さずに、文字だけを浮かべた。
『知られたくないことにも、知られた方がいい場合がある。それを決めるのは、当人じゃ』
「小野寺さんに、聞いてみる、ってこと?」
『読書係が判断せよ』
 しおりはしばらく考えた。
 小野寺さんに聞く。それは、怖い。嫌だと言われるかもしれない。でも、聞かないまま黒瀬くんに「記事にしないで」と頼むのは、小野寺さんの気持ちをすっとばしていることになる。
「……明日、小野寺さんに話してみる」

 次の日の朝、しおりは小野寺さんをろうかで呼び止めた。
「少しだけ、いいですか」
 小野寺さんは立ち止まった。
「昨日、本を貸したんですが。それと関係することで」
「なに」
「夜の図書室のろうかで、白い影を見たって話が新聞に出てて。わたし、小野寺さんじゃないかなと思って」
 小野寺さんの表情が、固まった。
 しおりは続けた。
「責めてるわけじゃなくて。ただ、学校新聞がまた続報を出しそうで、このままだと小野寺さんが困るかもしれないと思って」
「……どうして、あたしだと思ったの?」
「この前、図書室の前でリボンを拾ったからです。小野寺さんに返したとき、少し困った顔をしていたので」
「……そう」 
 小野寺さんは窓の外を見た。ろうかの朝の光が、斜めに差し込んでいた。
「本、苦手なんだよね。読むのが遅くて、どこがおすすめかも、うまく書けなくて。でも、それをクラスの子に知られたくなくて。夜の時間に一人で来て、本を探してたら、六年生に見られた」
 しおりは何も言わなかった。
「森沢さんには、分からないかもしれないけど。本が得意な子には」
「……そんなことないと思います」
「え?」
「わたし、人前で話すのが苦手で。クラスの子に知られたくなくて、ずっとだまってるから。小野寺さんの気持ち、少し分かる気がします」
 小野寺さんは、しおりをじっと見た。
「森沢さん、そんな感じしない」
「小野寺さんも、本が苦手な感じ、しませんよ」
 小野寺さんは少し笑った。笑いたくて笑ったというより、笑ってしまった、という感じだった。
「……新聞の続報、どうにかなる?」
「黒瀬くんに話してみます。記事にしないで、とは言えないかもしれないけど、少なくとも小野寺さんの名前が出ることはないようにしたい」
「……頼む」
しおりは少し迷ってから、小野寺さんの髪を見た。白いリボンが、いつもの位置に結ばれている。
「それと、黒瀬くんに証拠を見せるために、そのリボンを少しだけ借りてもいいですか」
「これ?」
 小野寺さんは髪に手をやった。しばらくためらってから、リボンをほどいた。
「なくさないでよ」
「はい。話が終わったら、すぐ返します」
 しおりは受け取ったリボンを、折れないようにそっとポケットへ入れた。

 昼休み、しおりはひなたといっしょに黒瀬くんを探した。
 黒瀬くんは一人で、校舎の裏手のベンチにいた。ノートを広げて、何かを書いていた。
「黒瀬くん」
 黒瀬くんは顔を上げて、しおりとひなたを見た。
「図書室探偵団か」
「探偵団じゃない」
 ひなたはすぐに否定した。
「でも、謎を調べてるんでしょ。幽霊の件」
「調べた。だから話しに来た」
 しおりがそう言うと、黒瀬くんは少し前のめりになった。
「何が分かったの?」
「白い影の正体は分かった。でも、その人が記事に出ることは望んでいない」
 黒瀬くんは、すぐにメモ帳へ鉛筆を走らせた。
「それは困る。読者が知りたがってる」
「本当に知りたいことと、記事にすべきことは、違うかもしれない」
 鉛筆の先が止まった。 
 黒瀬くんはメモ帳から顔を上げ、しおりをまっすぐ見た。
「つまり、記事を止めろと言いたいの」
「止めてほしいとは言えない。それは黒瀬くんが決めることだから」
しおりは真っすぐ言った。
「ただ、その人がなぜ夜の図書室に来ていたかを知ったら、記事にする前に少し考えてくれるかもしれないと思って」
「聞かせてよ」
「その人は、本を読むのが苦手で、一人で練習しようとしていた。夜の時間を使って、誰にも知られないように」
 黒瀬くんはノートを閉じた。
「それは……」
「幽霊じゃなくて、本を読もうとしていた子の話。記事にするなら、そっちの方が本当のことだと思う」
 黒瀬くんはしばらく黙っていた。ひなたも、めずらしく何も言わなかった。

「……名前は出さない。内容も変える。幽霊の目撃談じゃなくて、夜の図書室開放について調べる記事に切り替える」
「それなら」
「ただ、証拠がないと、そもそも書けない。今のは全部、森沢さんの推測じゃないの?」
「リボンがあります」
しおりはポケットの中で、リボンを一度にぎった。
それから、ベンチの上にそっと置いた。
「これが、白い影の正体です。持ち主にも確認しました」
 黒瀬くんはリボンを見た。 
「夜、これを髪につけて歩いていたのが、白い影に見えたってこと?」
「たぶん。次の日に図書室の前で落としたから、持ち主が分かったの」
「……それは証拠になる。分かった。方針を変える。今回は」
 ひなたが「今回は、て」と言った。
「次があるかもしれないから」
黒瀬くんはノートをしまいながら言った。
「でも今回は、君たちのやり方の方が正しいかもしれない」
 それだけ言って、立ち上がった。

 翌週、学校新聞に新しい記事が出た。

【特集】夜の図書室開放日、あなたは利用していますか?

 幽霊の話は一言も出てこなかった。かわりに、夜の開放時間に静かに本を読める良さについて、丁寧に書かれていた。最後に一文だけあった。

図書室は、昼間が苦手な人の味方でもある。

 しおりはその一文を、二度読んだ。
 黒瀬くんは、ちゃんと書けるのだ。方向さえ変われば。

 昼休み、昇降口の掲示板の前で黒瀬くんと会った。
「読んだ?」
 黒瀬くんが聞いた。
「うん」
「文句ある?」
「ないです。……いい記事だと思いました」
 黒瀬くんは少しだけ目をそらした。
「幽霊の記事より、こっちの方が残る気がしたから」
「残る?」
「うん。怖い話って、そのときは盛り上がるけど、すぐ忘れられる。でも、図書室を使っている人がいるって記事なら、あとで誰かが読むかもしれない」
 しおりは掲示板の新聞を見た。

 図書室は、昼間が苦手な人の味方でもある。

 その一文が、まっすぐ紙の上に残っていた。
「黒瀬くんは、残すために書いてるの?」
「たぶん。学校新聞って、今あったことを、あとから見ても分かるようにするものだから」
 しおりは少し驚いた。
 本と新聞は違う。でも、言葉を残すというところは、少し似ているのかもしれない。
「じゃあ、黒瀬くんは記録係だね」
「勝手に係を増やさないで」
 黒瀬くんはそう言ったけれど、少しだけ嫌そうではなかった。

 その日の放課後、ろうかで小野寺さんに会った。
「森沢さん」
 小野寺さんが、しおりを呼び止めた。
「新聞、読んだ」
「……はい」
「あたし、ただ物静かな子だと思ってた」
 小野寺さんはそう言って、少し間を置いた。
「森沢さんのこと」
 しおりは何も言えなかった。
 小野寺さんは少し目をそらして、小さく付け足した。
「でも、ちょっとかっこいいね」
 それだけ言って、行ってしまった。
 しおりはろうかに一人で立ったまま、なんと返せばよかったのか、しばらく考えていた。
 うれしかった。それは確かだった。ただ静かな子でいることに慣れすぎていたから、うれしいと感じた自分が少し不思議だった。
 夕方のろうかに、光がやわらかく伸びていた。
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