ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~
第六話 読まれなかった本のメッセージ
その本を見つけたのは、しおりだった。
ある日の昼休み、ひみつ図書室の棚を整理していたときのことだ。ページが『たまにはほこりを払え』と言い出して、しおりとひなたが本を一冊ずつ取り出しては戻す作業をしていた。
「ページって、自分では動けないの?」
ひなたが棚の上の方に手を伸ばしながら言った。
『わしは案内役じゃ。掃除係ではない』
「じゃあ掃除係って呼び名、あたしたちにつけてよ」
『突撃係は突撃係じゃ』
ひなたがぶつぶつ言いながらも手を動かした。
しおりは棚の端の方を担当していた。
古い本が多い場所で、背表紙の文字が薄れているものもあった。
その一冊は、ほかの本より少し奥に押し込まれていた。引き出すと、表紙が古い布張りで、題名が金色の文字で入っていた。でも、箔がかなり剥げていて、かろうじて読める程度だった。
しおりは表紙を見た。
童話集、と書いてあった。
何気なく裏表紙を確認すると、貸し出しカードを入れる袋がついていた。図書室の本にはめずらしくなく、古い本によく見られる形式だ。でも、カードを引き出したとき、しおりは手を止めた。
カードに名前が書いてあった。何行も、同じ名前が繰り返されていた。
白河ゆきえ。
しおりはその名前を見つめた。
「ページ」
しおりはカードを持ってページのそばへ行った。
「この名前、見てください」
ページは文字に近づいた。金色の房がゆっくり揺れた。
『知っておる』
「白河ゆきえって、校長先生と同じ名前だよね」
『その通りじゃ。本人じゃ』
ひなたが「え、校長先生が?」と声を上げて近づいてきた。
「校長先生が、この本を何度も借りてたってこと?」
『昔の話じゃ。ずいぶん前の』
しおりはカードを改めて見た。日付が何度も並んでいる。最初の日付は、しおりが生まれるよりずっと前のものだった。最後の貸し出し日は、それから少しあと。
「最後の貸し出し日の、返却記録がない」
ひなたが覗き込んだ。
「本当だ。返してないじゃん」
「でも本は棚にある」
『そこじゃ』とページが書いた。
『なぜ本が戻っているのに、返却の記録がないのか』
しおりはカードと本を見比べた。本は確かにここにある。でも、返したという記録がない。
「自分で戻しに来た、ということ? でも記録はつけなかった」
「それか、だれかが代わりに返した」
しおりはページを見た。ページは何も書かなかった。でも、金色の房がゆっくり揺れた。それはたいてい、「そのあたりじゃ」という意味だと、最近分かってきた。
本の中に、紙が一枚はさまっていた。
整理しながらページをめくったときに、ひらりと落ちた。拾い上げると、小さく折りたたまれた紙で、古くなって少し茶色がかっていた。
開くと、短い言葉が書いてあった。
またここで会えますように
字は丸くて、子どもが書いたような字だった。でも、丁寧に書かれていた。
「だれが書いたんだろ?」
ひなたは不思議そうに眺めた。
「校長先生、じゃないかも。字が違う気がする」
しおりは言った。
「校長先生の字、知ってるの?」
「前に、表彰状を手書きしてるところを見たことがある」
「じゃあ、だれが書いたの?」
しおりはその紙を、しばらく見ていた。
またここで会えますように。
この図書室で、誰かと会いたかった人がいた。校長先生に会いたかったのか。それとも、校長先生といっしょに来ていた、だれかが書いたのか。
「ページ、この本に何があったか、教えてもらえますか」
ページはしばらく動かなかった。それから、棚のほうへ移動して、一冊の本を押し出した。
落ちた本を開くと、こんな文があった。
本の中に残るのは、文字だけではない。
読んだ人の息づかいも、いっしょにそこにある。
しおりは読み終えて、顔を上げた。
「いっしょに読んだ人がいた、ということですか」
ページの房が揺れた。
校長先生に話を聞きに行く、という話になったのは、ひなたが言い出したからだ。
「直接聞こうよ。校長先生、話しかけやすい方じゃん」
「でも……いきなり昔の本の話を聞くのは」
「大丈夫。あたしが最初に話しかける。しおりはフォローして」
しおりは少し不安だったけれど、ひなたの勢いにうなずいた。
翌日の昼休み、二人は校長室をノックした。
校長の白河先生は、入ってきた二人を見て、少し目を細めた。上品な顔で、いつも少し不思議な雰囲気がある先生だった。目が、何かを遠くに見ているような色をしていることがある。
「森沢さんと天崎さん。どうしました」
「古い本のことで聞きたいことがあって。ひみつ図書……あ、えっと、古い準備室に本がいっぱいあって、その中に先生の名前の貸し出しカードがある本があったんです」
ひなたが伝えると、校長先生は少し動きを止めた。
「どの本ですか?」
「童話集、です。表紙が布張りで、金色の字で題名が入っていました」
しおりが答えると、校長先生はゆっくりと、窓の外を見た。
しばらく、誰も話さなかった。
それから校長先生は「座りなさい」と優しく言った。
「あの本は、小学生のころによく借りていたものです」
校長先生は、手を膝の上で重ねて話し始めた。
「当時、この学校に古い読書部屋がありました。今でいう、あの準備室のあたりです。正式な図書室とは別に、少し静かな場所が欲しい子たちが集まれる場所がありまして」
「ひみつ図書室」
ひなたが小声で言った。
「そう呼んでいたかどうかは覚えていませんが、そういう場所でした。私は当時、少し学校が苦手で。声が大きい場所よりも、本の前にいる方が落ち着く子でした」
しおりは、それが自分と同じだと思った。
「その部屋で、友だちができました。一人だけ。よくいっしょにあの童話集を読んでいた子が」
「その子が、紙を書いたんですか?」
しおりが聞くと、校長先生は少し驚いた顔をした。
「紙を知っているんですか」
「本の中にはさまっていました。またここで会えますように、と書いてあって」
校長先生は目を伏せた。
「その子が書きました。卒業前に」
「卒業前、というのは……」
「私たちは卒業の少し前に、けんかをしました。くだらない理由でした。でも、仲直りができないまま卒業式を迎えてしまった。その子は私より一つ年上だったから、先に卒業していって」
しおりはじっと聞いていた。
「その後、連絡を取ろうとしたけれど、うまくいかなくて。大人になってから一度だけ、手紙を出したけれど、返事は来なかった」
校長先生は窓の外を見た。
「あの本は、その子が返しに来たものだと思います。卒業後に、一人でこっそり。でも、記録はつけずに。そして紙を本の中に残して」
「またここで会えますように」
しおりが、紙に書かれていた言葉を繰り返した。
「はい。でも、私はしばらくその本の存在を知らなかった。大人になってから、この学校に戻ってきたとき、あの部屋で見つけて」
「それで、記録がないのかぁ」
ひなたがつぶやいた。
「戻ってきているのに、返却記録がない。それは、戻しに来た人が記録を残したくなかったから」
「もしかして、その人も、まだここで会えると思って返しに来たのかな」
しおりがそう言うと、校長先生は少しの間、動かなかった。
それからゆっくりと、しおりを見た。
「そう考えたことは、なかったけれど」
その日の放課後、しおりたちがひみつ図書室に戻ると、ページがいつもとは違う場所にいた。
棚ではなく、テーブルの上だった。
しおりが入ると、ページの金色の房が小さく揺れた。
「ページ、校長先生から話を聞きました」
『知っておる』
「昔、ここにいたんですね。校長先生が子どものころ」
『そうじゃ』
「ページも、そのころから?」
ページはしばらく文字を出さなかった。金色の房だけが、ゆっくり揺れていた。
『わしがいつからかは、わしにも分からぬ。本が積まれて、言葉が集まると、わしのようなものが生まれる。この部屋には、長い間、言葉が積まれてきた』
「校長先生のことも、覚えてる?」
『忘れたことはない』
ひなたが「じゃあ、その友だちの子のことも?」と聞いた。
『もちろんじゃ』
しおりはテーブルの上の童話集を見た。古い布張りの表紙が、夕方の光を受けていた。
「その子は、今もどこかにいますよね」
『おるじゃろ』
「校長先生に、もう一度会えるかな」
ページは少しの間、何も書かなかった。
それから、ゆっくりと文字を浮かべた。
『言葉は、届けようとしない限り、届かぬ。だが、届けようとしたなら、たいてい、どこかへ向かっている』
しおりはその言葉を、ゆっくり受け取った。
翌日、しおりは一枚の紙を書いた。
難しいことは書かなかった。童話集が棚にあること。本の中に紙が残っていたこと。その本のことを、今も覚えている人がいること。
それだけを、短く書いた。
書いた紙を校長先生のところへ持っていくと、先生はそれを読んで、しばらく目を伏せていた。
「森沢さん」
「はい」
「あなたたちが見つけたものは、ただの謎ではなかったのでしょう」
しおりは何も言えなかった。
「その本を、少し借りてもいいですか」
「もちろんです」
校長先生は童話集を受け取って、表紙をそっと撫でた。
「ありがとう」
それだけだった。でも、校長先生の顔が、最初よりも少し近くなった気がした。遠くを見ているような目が、今日はちゃんとここを見ていた。
校長室から出て、ろうかを歩いているとき、ひなたが言った。
「仲直りできるといいね、校長先生」
「うん」
「でも、相手の人が見つかるか分からないじゃん。大人になったら、連絡先も変わるし」
「そうだね」
「しおりは、どう思う?」
しおりは少し考えた。
「届けようとしたなら、たいてい、どこかへ向かっている、ってページが言ってたじゃない」
「うん」
「校長先生が本を借りて、その人のことを思ったら、それだけでも何か変わるかもしれない。すぐに会えなくても、気持ちが動いたなら」
ひなたはしばらく黙っていた。
「しおりって、たまにすごいこと言うよね」
「こはるちゃんにも言われた」
「本当のことだもん」
ひなたは空を見上げた。五月の空で、雲が薄く広がっていた。
「あたし、転校してきてよかったな」
しおりは少し驚いて、ひなたを見た。
「ここじゃなかったら、しおりに会えなかったから」
しおりは何も言えなかった。でも、うれしかった。言葉にならないくらい、うれしかった。
二人は並んで、ひみつ図書室の方へ向かっていった。
ひみつ図書室の棚では、童話集のあった場所に、小さな空白ができていた。でもそれは、欠けた場所ではなかった。何かが、そこから動き出した場所だった。
ページの金色の房が、風もないのに、そっと揺れていた。
ある日の昼休み、ひみつ図書室の棚を整理していたときのことだ。ページが『たまにはほこりを払え』と言い出して、しおりとひなたが本を一冊ずつ取り出しては戻す作業をしていた。
「ページって、自分では動けないの?」
ひなたが棚の上の方に手を伸ばしながら言った。
『わしは案内役じゃ。掃除係ではない』
「じゃあ掃除係って呼び名、あたしたちにつけてよ」
『突撃係は突撃係じゃ』
ひなたがぶつぶつ言いながらも手を動かした。
しおりは棚の端の方を担当していた。
古い本が多い場所で、背表紙の文字が薄れているものもあった。
その一冊は、ほかの本より少し奥に押し込まれていた。引き出すと、表紙が古い布張りで、題名が金色の文字で入っていた。でも、箔がかなり剥げていて、かろうじて読める程度だった。
しおりは表紙を見た。
童話集、と書いてあった。
何気なく裏表紙を確認すると、貸し出しカードを入れる袋がついていた。図書室の本にはめずらしくなく、古い本によく見られる形式だ。でも、カードを引き出したとき、しおりは手を止めた。
カードに名前が書いてあった。何行も、同じ名前が繰り返されていた。
白河ゆきえ。
しおりはその名前を見つめた。
「ページ」
しおりはカードを持ってページのそばへ行った。
「この名前、見てください」
ページは文字に近づいた。金色の房がゆっくり揺れた。
『知っておる』
「白河ゆきえって、校長先生と同じ名前だよね」
『その通りじゃ。本人じゃ』
ひなたが「え、校長先生が?」と声を上げて近づいてきた。
「校長先生が、この本を何度も借りてたってこと?」
『昔の話じゃ。ずいぶん前の』
しおりはカードを改めて見た。日付が何度も並んでいる。最初の日付は、しおりが生まれるよりずっと前のものだった。最後の貸し出し日は、それから少しあと。
「最後の貸し出し日の、返却記録がない」
ひなたが覗き込んだ。
「本当だ。返してないじゃん」
「でも本は棚にある」
『そこじゃ』とページが書いた。
『なぜ本が戻っているのに、返却の記録がないのか』
しおりはカードと本を見比べた。本は確かにここにある。でも、返したという記録がない。
「自分で戻しに来た、ということ? でも記録はつけなかった」
「それか、だれかが代わりに返した」
しおりはページを見た。ページは何も書かなかった。でも、金色の房がゆっくり揺れた。それはたいてい、「そのあたりじゃ」という意味だと、最近分かってきた。
本の中に、紙が一枚はさまっていた。
整理しながらページをめくったときに、ひらりと落ちた。拾い上げると、小さく折りたたまれた紙で、古くなって少し茶色がかっていた。
開くと、短い言葉が書いてあった。
またここで会えますように
字は丸くて、子どもが書いたような字だった。でも、丁寧に書かれていた。
「だれが書いたんだろ?」
ひなたは不思議そうに眺めた。
「校長先生、じゃないかも。字が違う気がする」
しおりは言った。
「校長先生の字、知ってるの?」
「前に、表彰状を手書きしてるところを見たことがある」
「じゃあ、だれが書いたの?」
しおりはその紙を、しばらく見ていた。
またここで会えますように。
この図書室で、誰かと会いたかった人がいた。校長先生に会いたかったのか。それとも、校長先生といっしょに来ていた、だれかが書いたのか。
「ページ、この本に何があったか、教えてもらえますか」
ページはしばらく動かなかった。それから、棚のほうへ移動して、一冊の本を押し出した。
落ちた本を開くと、こんな文があった。
本の中に残るのは、文字だけではない。
読んだ人の息づかいも、いっしょにそこにある。
しおりは読み終えて、顔を上げた。
「いっしょに読んだ人がいた、ということですか」
ページの房が揺れた。
校長先生に話を聞きに行く、という話になったのは、ひなたが言い出したからだ。
「直接聞こうよ。校長先生、話しかけやすい方じゃん」
「でも……いきなり昔の本の話を聞くのは」
「大丈夫。あたしが最初に話しかける。しおりはフォローして」
しおりは少し不安だったけれど、ひなたの勢いにうなずいた。
翌日の昼休み、二人は校長室をノックした。
校長の白河先生は、入ってきた二人を見て、少し目を細めた。上品な顔で、いつも少し不思議な雰囲気がある先生だった。目が、何かを遠くに見ているような色をしていることがある。
「森沢さんと天崎さん。どうしました」
「古い本のことで聞きたいことがあって。ひみつ図書……あ、えっと、古い準備室に本がいっぱいあって、その中に先生の名前の貸し出しカードがある本があったんです」
ひなたが伝えると、校長先生は少し動きを止めた。
「どの本ですか?」
「童話集、です。表紙が布張りで、金色の字で題名が入っていました」
しおりが答えると、校長先生はゆっくりと、窓の外を見た。
しばらく、誰も話さなかった。
それから校長先生は「座りなさい」と優しく言った。
「あの本は、小学生のころによく借りていたものです」
校長先生は、手を膝の上で重ねて話し始めた。
「当時、この学校に古い読書部屋がありました。今でいう、あの準備室のあたりです。正式な図書室とは別に、少し静かな場所が欲しい子たちが集まれる場所がありまして」
「ひみつ図書室」
ひなたが小声で言った。
「そう呼んでいたかどうかは覚えていませんが、そういう場所でした。私は当時、少し学校が苦手で。声が大きい場所よりも、本の前にいる方が落ち着く子でした」
しおりは、それが自分と同じだと思った。
「その部屋で、友だちができました。一人だけ。よくいっしょにあの童話集を読んでいた子が」
「その子が、紙を書いたんですか?」
しおりが聞くと、校長先生は少し驚いた顔をした。
「紙を知っているんですか」
「本の中にはさまっていました。またここで会えますように、と書いてあって」
校長先生は目を伏せた。
「その子が書きました。卒業前に」
「卒業前、というのは……」
「私たちは卒業の少し前に、けんかをしました。くだらない理由でした。でも、仲直りができないまま卒業式を迎えてしまった。その子は私より一つ年上だったから、先に卒業していって」
しおりはじっと聞いていた。
「その後、連絡を取ろうとしたけれど、うまくいかなくて。大人になってから一度だけ、手紙を出したけれど、返事は来なかった」
校長先生は窓の外を見た。
「あの本は、その子が返しに来たものだと思います。卒業後に、一人でこっそり。でも、記録はつけずに。そして紙を本の中に残して」
「またここで会えますように」
しおりが、紙に書かれていた言葉を繰り返した。
「はい。でも、私はしばらくその本の存在を知らなかった。大人になってから、この学校に戻ってきたとき、あの部屋で見つけて」
「それで、記録がないのかぁ」
ひなたがつぶやいた。
「戻ってきているのに、返却記録がない。それは、戻しに来た人が記録を残したくなかったから」
「もしかして、その人も、まだここで会えると思って返しに来たのかな」
しおりがそう言うと、校長先生は少しの間、動かなかった。
それからゆっくりと、しおりを見た。
「そう考えたことは、なかったけれど」
その日の放課後、しおりたちがひみつ図書室に戻ると、ページがいつもとは違う場所にいた。
棚ではなく、テーブルの上だった。
しおりが入ると、ページの金色の房が小さく揺れた。
「ページ、校長先生から話を聞きました」
『知っておる』
「昔、ここにいたんですね。校長先生が子どものころ」
『そうじゃ』
「ページも、そのころから?」
ページはしばらく文字を出さなかった。金色の房だけが、ゆっくり揺れていた。
『わしがいつからかは、わしにも分からぬ。本が積まれて、言葉が集まると、わしのようなものが生まれる。この部屋には、長い間、言葉が積まれてきた』
「校長先生のことも、覚えてる?」
『忘れたことはない』
ひなたが「じゃあ、その友だちの子のことも?」と聞いた。
『もちろんじゃ』
しおりはテーブルの上の童話集を見た。古い布張りの表紙が、夕方の光を受けていた。
「その子は、今もどこかにいますよね」
『おるじゃろ』
「校長先生に、もう一度会えるかな」
ページは少しの間、何も書かなかった。
それから、ゆっくりと文字を浮かべた。
『言葉は、届けようとしない限り、届かぬ。だが、届けようとしたなら、たいてい、どこかへ向かっている』
しおりはその言葉を、ゆっくり受け取った。
翌日、しおりは一枚の紙を書いた。
難しいことは書かなかった。童話集が棚にあること。本の中に紙が残っていたこと。その本のことを、今も覚えている人がいること。
それだけを、短く書いた。
書いた紙を校長先生のところへ持っていくと、先生はそれを読んで、しばらく目を伏せていた。
「森沢さん」
「はい」
「あなたたちが見つけたものは、ただの謎ではなかったのでしょう」
しおりは何も言えなかった。
「その本を、少し借りてもいいですか」
「もちろんです」
校長先生は童話集を受け取って、表紙をそっと撫でた。
「ありがとう」
それだけだった。でも、校長先生の顔が、最初よりも少し近くなった気がした。遠くを見ているような目が、今日はちゃんとここを見ていた。
校長室から出て、ろうかを歩いているとき、ひなたが言った。
「仲直りできるといいね、校長先生」
「うん」
「でも、相手の人が見つかるか分からないじゃん。大人になったら、連絡先も変わるし」
「そうだね」
「しおりは、どう思う?」
しおりは少し考えた。
「届けようとしたなら、たいてい、どこかへ向かっている、ってページが言ってたじゃない」
「うん」
「校長先生が本を借りて、その人のことを思ったら、それだけでも何か変わるかもしれない。すぐに会えなくても、気持ちが動いたなら」
ひなたはしばらく黙っていた。
「しおりって、たまにすごいこと言うよね」
「こはるちゃんにも言われた」
「本当のことだもん」
ひなたは空を見上げた。五月の空で、雲が薄く広がっていた。
「あたし、転校してきてよかったな」
しおりは少し驚いて、ひなたを見た。
「ここじゃなかったら、しおりに会えなかったから」
しおりは何も言えなかった。でも、うれしかった。言葉にならないくらい、うれしかった。
二人は並んで、ひみつ図書室の方へ向かっていった。
ひみつ図書室の棚では、童話集のあった場所に、小さな空白ができていた。でもそれは、欠けた場所ではなかった。何かが、そこから動き出した場所だった。
ページの金色の房が、風もないのに、そっと揺れていた。