続・各駅停車のラブソング~只今絶賛、片思い中。~

最終駅:夜行列車(ミッドナイト・エクスプレス)の四重奏と、その先にある特等席

東京行きの東海道新幹線、21時過ぎの上り列車。
それは、それぞれの理由で家路を急ぐ、あるいはモラトリアムの終わりを惜しむ乗客たちを乗せて、時速285キロで夜を駆け抜ける密室だった。

【3号車・普通車】行き先のない環状線の、束の間の終着駅
「ねえ結菜、今日の放課後さ、玲央も誘ってカラオケ行かない?」
車内の喧騒の隙間から、茜の声が聞こえる。
高校最後の夏休み、東京でのオープンキャンパスの帰りに、私たちは4人でこの新幹線に乗り込んでいた。
茜の視線は、通路を挟んだ席で男友達の和馬とふざけ合っている玲央に向いている。
茜は気づいていない。
玲央が、茜の髪が揺れるたびに愛おしそうに目を細めていることに。
そして玲央も気づいていない。
私が、そんな彼の横顔をどんなに切ない気持ちで見つめているか。
私の好きな人は、玲央。
玲央の好きな人は、幼馴染の茜。
茜の好きな人は、ぶっきらぼうだけど優しい和馬。
綺麗な三角形、なんて可愛いものじゃない。これはどこまで行っても交わらない、いびつな四角形のレールだ。
「……あ、悪い結菜。俺、放課後ちょっと用事あるからパス」
そう言って私の肩を小突いた和馬の耳が、ほんのり赤い。
和馬の視線がまっすぐに私を捉える。
和馬は、茜の気持ちを知りながら、私(結菜)のことが好きなのだ。
私があんなに玲央を追いかけていると知りながら。
「なんだよ和馬、ノリ悪いなー」と笑う玲央。
「じゃあ、4人でどっか寄って帰ろ?」と提案する茜。
「……うん、そうだね」と話を合わせる私。
私たちの関係は、まるで行き先のない環状線だ。
ぐるぐると同じ場所を回りながら、お互いの背中を追いかけ続けている。
誰かが一歩踏み出せば、この4人の心地いい関係は一瞬で崩壊する。
新幹線の窓の外、瞬く夜景を4人で並んで見つめながら、それぞれの視線が、それぞれ違う誰かの横顔を追いかけていた。
誰も、自分に向けられている視線には気づかないまま。

【7号車・グリーン車】特等席のプライベート・モード
同じ列車の少し前方、落ち着いた緑の座席が並ぶ車両では、また別のレールが熱を帯びていた。
「あー、やっと『蓮』じゃなくて『蓮くん』に戻れた……」
車内の読書灯の下、私の膝にゴロゴロと頭を乗せてくる男――。
今をときめく超人気メンズモデルの、一ノ瀬 蓮。
東京での大きなランウェイを終え、お忍びでこの列車に乗り込んでいた。
「ちょっと蓮、重い。テレビのニュースで、今日のランウェイ最高だったって言われてたよ」
「そんなのどうでもいい。それより、一週間も美羽(みう)に会えなくて死にそうだった」
蓮は私の腰をぎゅっと抱きしめ、服に顔を埋めてすりすりと擦り寄ってくる。
その姿は、大型犬そのものだ。
私はずっと、蓮のことが好き。だけど、彼はもう遠い世界の住人。
だからこの気持ちは、絶対に隠し通さなきゃいけない「各駅停車の片思い」のはずだった。
なのに、蓮の溺愛っぷりは日を追うごとにエスカレートしていく。
「美羽、他の男と喋りすぎ。さっき駅前でクラスの奴といたでしょ」
「えっ、ただの道案内だよ?」
「ダメ。美羽の特等席は俺の隣だけ。……ねえ、早く俺のこと『男』として見てよ」
長い指が私の髪に触れ、そのまま顎をクイッと持ち上げられる。
世界中が彼に恋をして、彼は私だけに恋を強請る。
私の片思いのレールは、彼の猛烈なバックアップによって、いつの間にかとんでもない方向へ走り出そうとしていた。

【11号車・グリーン車】時刻表(ダイヤ)のないお茶会
さらに壁を隔てた静寂の中で、もうひとつの秘められた恋が呼吸をしていた。
「お嬢様、本日のハーブティーでございます。少しお疲れのようでしたので、カモミールをベースにいたしました」
新幹線の揺れすら感じさせない洗練された美しい動作で、白磁のカップに琥珀色の液体を注ぐのは、私の専属執事である景(けい)。
私は、この世界で一番近くにいる彼に、決して許されない片思いをしている。
「ありがとう、景。……ねえ、誰もいない時は『お嬢様』じゃなくて、名前で呼んでって言ってるのに」
「滅相もございません。私は結衣様にお仕えする執事ですから。その一線を越えることは許されません」
景は崩さない。完璧な微笑みの仮面を被ったまま、冷たく突き放す。
家柄、立場、身分。私たちの間には、どんな特急列車でも飛び越えられない、分厚い壁のレールが横たわっている。
ある雨の日の夕暮れ。落雷で屋敷が停電したとき、彼は私を「結衣……っ!」と名前で呼び、激しく抱きしめた。
あの胸の鼓動は、驚くほど速くて、うるさかった。
「お嬢様、お怪我はございませんか。私はどこへも行きません。ずっと、お傍におりますから」
車内の明かりの下、またいつもの「完璧な執事」の顔に戻った彼。
ただの忠誠心なのか、それとも彼も仮面の裏で私と同じ気持ちを隠しているのか。
主従という名の檻の中で、私のせつない恋は、今日も行き先のない溜息を漏らす。

【15号車・グリーン車】ラストランの境界線
そして、この列車の最も静かな一角で。
「……ふぅ。お疲れ様、よく頑張ってくれたね」
3列シートの窓際と真ん中に並んで座った途端、隣の席の風間(かざま)主任がネクタイを少し緩めて息を吐いた。
出張帰りの車内、彼は慣れない私をずっと裏でフォローし続けてくれた人。
私は、この人のことが好きだ。だけど、彼は仕事に生きる人。
明日になればまた、オフィスという名の冷たいレールの上で「頼れる上司」と「不器用な部下」に戻ってしまう。
「主任、本当にお疲れ様でした。これ、お茶です」
「ありがとう」
缶ビールではなく、私が渡した温かいお茶を受け取ると、主任はふっと柔らかく目を細めた。
東京までは、あと1時間。
「……なぁ」
不意に、主任の低くて少し掠れた声が耳元に届く。
「会社に戻ったら、またただの上司の顔をしなきゃいけないの、結構しんどいんだよ」
「え……?」
「気づいてないの? 俺が君を他の奴と出張に行かせたくなくて、どれだけ裏で画策したか」
主任の大きな手が、座席の隙間で私の凍えた手をそっと包み込む。
差し込まれた指が、ゆっくりと、でも拒絶を許さない強さで私の指と絡み合った。
「東京に着くまでは、仕事の話はナシ。……いい?」


終着駅:それぞれのシグナル
[ 車内アナウンス ]
「まもなく、終点、東京です。お出口は、右側です。お忘れ物のないよう、ご注意ください……」
時速285キロの密室は、ゆっくりとスピードを落とし、現実の光が待つホームへと滑り込んでいく。
3号車の扉から降りていく、4つの歪な四角形の影。
7号車の扉から、フードを深く被ったモデルと、その手を引く少女。
11号車の扉から、一歩下がって主人を守る執事と、その背中を愛おしそうに見つめるお嬢様。
15号車の扉から、ホームに降りた瞬間に「上司と部下」の距離へと戻る、だけどまだ指先に熱を残した二人。
同じ夜、同じ列車。
すれ違う想いも、届かない視線も、触れ合った指先も。
すべては同じ一つのレールの上、東京の夜へと溶けていくのだった。

★完結★
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