懲罰復讐列車(メトロ・ネメシス) ※一括掲載

第四話 カリーナ、現世に還る(捕虜開放と裏取引)


 そのころ。
 地下世界の列車の十字路で、滑り込み止りこんだ車両が、片一方の通行を封鎖する。
 それはあのネメシス号だった。
 あいにくと本日の業務はお休みで、サリーナとカリーナは乗せていない。替わりに他の職員による特別ミッションで、普段はめったに通らないような地域に進行したのだ。
 垂直方向から向かってくる、別の呪われた車両のライトが、暗黒の広大なトンネルの彼方に見えてくる。
「来やがったな、アフォどもが……」
 なんとなくヤサグレ、そしてオラついた雰囲気を放つコアラ(大型で背丈が一メートル以上の古代種?)が、グレネードランチャーを手に運転席から降りてくる。もう一匹、黄金色の瞳の鵺(「ぬえ」、つまりそのモデルになった過去に絶滅したジャポニカレッサーパンダ、大型で一メートル半くらい?)も降りてきて散弾銃を構えている。
 進行してきた列車は、三十メートルほど前で停止した。
 降りてきたのは司祭服のような黒い出で立ちの男。顔は青ざめて耳は鋭く、頭はそり上げている。胸元には黄金の逆さ十字のマークがあった。彼らはコアラや鵺の(車両と人員が)属する水母天使駅とは異なる、別組織の路線駅(「アンチ・クリスト城」「岩窟要塞駅」などと呼ばれる)に所属する呪われた神官なのだ。
 その後ろから降りてきた、直立する獰猛そうなパンダ(マオ)は口の周りを人間の血で赤くしていた。専属用心棒の獣は、生のままの千切れた子供の腕をクチャクチャ齧りながら、本質的な捕食者の鋭い眼差しでコアラと鵺を見ている(ライバル関係にあるらしい)。
「それでは取引といこうか。我が方の捕虜を帰すという話だったはずだが……」
 闇のように澄んだ声が、この横着な会談の目的を表明する。
 やり方を見ればわかる通り、両者は必ずしも友好関係にはなく、むしろ敵対や競合関係なのである。メトロの駅同士でも考え方と利害で抗争や対立があるのだ。
 暗黒司祭の「じょるじゅ」君が指をパチンと鳴らすと、同じような逆十字の司祭服の男二人(いずれも出家的に剃髪している)が、死体袋を持って降りてくる。様子からすると中身は軽くて、包装された人物は背丈や体つきも小さいようだった。
 地面に置かれたあと、下がってから黒い司祭たちが交代する。
 コアラが死体袋を開けて中身を確認し、背後に控えた味方車両の運転席に頷く。
 運転席のタスマニアンデビルが無線で取り次ぐと、ネメシス号の側面扉から大柄な灰色熊(グリズリー種?)が降りてくる。眼鏡なんぞをかけているがその腕力は凄まじいようで、手にしたロープを引っ張ると、数珠繋ぎの捕虜が転がり引きずり出されてきた。
 一人、二人、三人、四人……。
「アン、ドゥー、トロワ……キャトル! 四匹の家畜ですか、ヒヒッヒ!」
「フレンチジョークはわけがわからねえな?」
 吐き捨てるコアラ。
 たとえ意味を理解しても、コイツの言うことに理解を示したくない。
「カトルだからキャトル。人は皆、家畜だからです」
 四はカトル、キャトルは家畜の意味だっけか? 無意味でくだらない駄洒落だった。
「そうか、良かったなヴァカ」
 コアラはユーカリの葉を噛んで、露骨なまでに侮蔑と愚弄の眼差しを送る。
 暗黒神父のジョルジュ君はさりげない罵倒をものともしない。
「あまねく陵辱する暴虐の至高神は流血と惨事による供養をお求めであらせられ、犠牲の獣として飼育されるのみ。ゆえに犯罪者とは神聖な司祭であり、暴力と陵辱と犯罪こそは正しく神を祭る儀式なのであります。その理を理解・予示したのは、マヤ・アステカの人身御供する神官たちでありました。土人でありながらコカの麻薬の霊妙なる真髄を理解し、聖典『ポポル・ヴフ』の『切り開く』の精神で生贄の胸と腹を切り裂き、血塗れの心臓を供養して、奇しき形の肝臓を賞玩するのでありました! その魂は南米とメキシコの凶悪なマフィアに受け継がれ、犯罪と暴力が溢れるのこそは、人の命の真価なのです!」
 病んだ愉悦と暗黒歓喜の面差しで開示されるコンセプトと思想は前衛の極みで、組織や集団として水母天使駅のグループとは隔たりが明瞭である。
「……だったら、一人で勝手にセルフ生贄の焼身自殺でもしてろよ」
「ええ、それは……もうとっくに『やった奴』はおりますよ。乱交オルギアと集団自殺を指揮した逸材で、信者の子供同士を檻の中で殺し合わせたりファックして、きっと彼の奉仕には神も暗黒宇宙で御慶びになられたはず。彼のような秀でた逸材はすぐに頭角を現すものですし、早くも助祭になっておりますけれど」
 毒づくコアラと狂った暗黒司祭が睨みあっている(元警官とカルト犯罪者なので)。
 横でやり取りを見ている鵺はニヤニヤと、ちょっとだけ邪悪に面白そうな笑顔。
 捕虜たちはいずれも禿頭に色青ざめて、眼差しなどからも暗黒司祭だとわかる。ただしその服装はボロボロになっていた。引渡しを受けてジョルジュ君はこう言った。
「メルシィ・ポークー! 世界が『蕩尽』されますように! 世界と歴史とは神による永遠の虐待行為なのであって、マゾヒズムとサディズムこそが道理、嗜虐と劣情と欲望と淫乱によって廻り続ける輪廻ダルマの火の車だからなんですよ! 『生命の本質は侵略と搾取』だとニーチェ大先生もおっしゃっております」
「テメーが地獄に落ちますように! バック・トゥー・ダークネス(暗黒の世界に帰れ)!」
 コアラは中指を立ててユーカリを噛む。
 そして鵺はシュールに笑うような顔でこう言った。
「やはり次元が違うな。正真正銘の天才もといキチガイって奴は」
「ええ。お褒めに預かって光栄ですな。鵺君も、リンゴやポテトばかり食べてないで、そろそろ人間か犬の肉でも召し上がっては?」
「遠慮しておくよ。……お前のストレートな『正直さ』は嫌いじゃないが、俺にとって犬は食用じゃあない。常識的に考えたら人肉より、食いつけてる牛・豚・鳥の方がいいに決まってるだろ? それにどんな主張でも極限まで推し進めた狂ってくるけど、お前らの言うことも極端すぎてついていけない。どんだけ異常行為や変態を崇高視してるんだよ、宗教的な固定観念とかカルトの妄想じみてるぞ? 味覚異常の料理みたいだぜ?」
 鵺は見慣れた旧知の問題児でも見る様子で返答する。
 すると暗黒神父は儚くも狂気を孕んだ笑顔で「あなた方のことはお友達だと思ってますよ、我が同類のアミーチたち」と言い残しで、自分の列車車両に戻っていく。
 コアラは「お前らなんかと友達になった覚えはない!」と吐き捨てる。
 率直な指摘と言い草は、このメトロのシステムや機構からすれば一面の真実ではある。
 かくして超絶的で異常極まりない交渉と交換は終わった。
 やがて暗黒の、魔界的な呪われた車両がバックで遠ざかっていく。
 何故か能天気な鵺は「チュース」と手を振ってやる。多少は親近感でもあるのか?
「すまなかったな、皆。『海老』とやりあったばかりなのに、こんな用事につき合わせて」
 コアラは小声でながらに礼を言う。
 この「海老」とは、パラレルワールドのかけ離れた一部の世界の時間線で優勢になっている、「ホモサピエンスとは異なる甲殻人類」のことだ。そっちの方とも勢力争いや小競り合いはたまに発生している。他にも吸血鬼が支配している世界から変なのが攻めてくることや、超時空の「狂った天使モドキ」が侵攻してくることまであったりするようである。
 鵺は冷淡さにいささかの面白みを含ませて言った。
「いや、俺も久しぶりにあいつらのコントやお笑い演説でも見ようかなーって。いっつも思うんだけど、あいつらってシュールレアリズムだよな、存在そのものが」
 けれどもコアラにとって大事なのはそのことではない。
 置き残された死体袋の中身、ほどけたジッパーから顔を出しているのは、目を閉じたままのカリーナだった。
 その胸は緩やかに起伏していた。
 コアラがハンディな医療器具でバイタルをチェックしている。
「まずいな。衰弱が激しい。魂が半分蒸発しちまってる」
「ま、大丈夫じゃね? どっちみち『融合』すりゃ、補えるさ」
 鵺は横から覗き込んで意見を述べる。
 これから「ネメシス号のカリーナ」と融合して蘇生させれば、記憶と魂が二人分でも、同じ人間同士ならさほどのメンタルの齟齬もないだろう。どのみちそうしなければ「このカリーナ」も神隠し・行方不明で終わりなのである。
 それでコアラも感慨深げに頷いた。
「ああ。これであの子を現実の世界に戻してやることが出来る」


 カリーナは現実の世界、別の可能性の時間線へと帰って行った。
 あのホテル受付のアヤと同じで、歳が若すぎるために、駅の管理側から希望や願望に配慮して、特別な手配がなされた面もある。
 オルペウス号での出航を見送るサリーナは寂寥感に溢れて、一等に美しく見えた。そしてコアラは千切れんばかりに猛然と手を振って「頑張れよ! 頑張れよぉ!」と繰り返し叫びながら号泣していた。

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