懲罰復讐列車(メトロ・ネメシス) ※一括掲載
第五話 サリーナの休日(ハッピー・エピローグ)
5
それからおよそ一ヶ月後、サリーナは駅の職員サービスとやらで、コアラから一枚の切符を受け取った。
『ちょっとばかり羽伸ばして来いよ』
ハードボイルドに微笑むコアラ車両長は、何か企んだような優しい目をしていた。
*
ハヌマット号の車掌はお猿さんで、水母天使駅とは友好関係にある他の「B雷門駅」で運行されている。正式な読み方は「ばらもん」なのだけれども、「びー・らいもん」や「びーらい」などと親しみ呼ばれることも多い。
その任務とコンセプトは幾つかあるわけなのだが、代表的なのは二つ。
一つ。「知られざる真理と叡智を授ける」こと。長年に知りたくても謎だった人生(特に心の内面的な問題)に関わるような事柄、たとえばずっと会っていない友人や恋人の家族のことだの、生き別れた家族のことだのでの情報やアドバイスを授けたり、メッセージの機会を与えること。さらには末期の学者や科学者に、生涯の研究テーマについての真理を見せてやるような場合もある(隠された歴史の真相や科学的な未発見の真理)。また苦悩する者たちに、自分自身では気づきようのないような「因果応報」の一片、たとえば忘れていた無自覚の失策や業(カルマ)、前世・来世の因縁、個々人の偉大な運命や無意味ではない宿業を示し、たとえ避けられずとも納得して前向きに生きることを励ます。
それからもう一つのユーモラスなミッションは、叶わなかった欲情を晴らす機会を設けること。世の中では好きな相手と必ず親密になれるわけではないし、なんとなく漠然と気になっても、それ以上はお互いに進展しなかったりということがままあるだろう(あるいは単純シンプルに、特定の相手かどうかは別として、何がしかの性的願望を感じるようなことだってある)。……けれどもパラレルに無限に平行している別の可能性の世界では、属している世界の時間線ではありえないようなケースもある。こちらの世界では自分が失恋や死別したのに、向こうの世界では逆に相手が自分を好きで(それとも変態願望があって)、しかもその世界の自分が死んでしまっているような事だって。
ちなみにインドの伝統や宗教では、性愛は人生の三大幸福目標なのだそうだ。鵺のオルペウス号とも職掌任務が重複する部分があるけれども、人気と需要の多いテーマであるだけに、類似の車両が運行されるのも道理なのだろう(路線の乗客が多ければ運行される列車の本数が増える)。しかもハヌマット号はよりアクティブに攻めていく傾向があり、心広くも変態願望にすら対応してやるような懐の深さがある。
人は良さげながら心持ち助平そうなお猿の車掌に出迎えられて、ゆるくめかした私服でお出かけのサリーナはニヤッと笑った。
(まさか私がお客になるだなんて)
たしかに彼女だって、メトロのお客になる資格はあるのだろう。
お猿の車掌さんは軽くおどけた雰囲気ながらにも、紳士的にペコリと頭を下げる。
「ようこそ、お嬢さん。きっと吃驚(びっくり!)なさいますよ」
乗り込んだ車両の内部は高級な食堂車のようで、給仕にインドか東南アジア人のような幼い少女が控えている。
お猿の車掌が紹介してくれる。
「こっちは私の二十八代目の孫娘の一人でしてな。私が教典を持って日本に渡航したときに郷里に残してきた倅の家族の末裔(すえ)ですわ」
「やっぱりシルクロードで? 中国とかから旅したんですか? チベット山脈とかゴビ砂漠とか、昔の旅行って大変だったって聞いてますけど」
サリーナは興味をそそられた様子だった。旧友のカリーナの母は中国人だったから、そういうシルクロードとかの話はたまに聞かされていたのだ。
「うんにゃ。わしゃ、船旅で来ましたわ。中国の南の方の港には泊まりましたけどな。シルクロードは大陸でも北ルートと南ルートがあったそうですけども、もう一つは海で東南アジアや台湾の方から廻るルートもあったですわ」
「へー、そうなんですか? 海で……」
「南蛮人とかが来た航路、ご存知でしょう? 古くから細々はあったんですよ」
「あー、なるほど」
サリーナは目を丸くする。
シルクロードと言えば陸路のイメージがある。彼女からすれば「教典を持って」というお猿車掌の言葉で『西遊記』の三蔵法師のことを連想したのだろう。
やや余談ながら、先史時代や上古の古代期にもその航海ルートは既に存在していたようで、日本語はインドのタミル語との類似・親縁も指摘されている。よく日本語と「似ているとされる」コリア語は主に大陸北方アジア系の言語で(古代期はともかく中世以降には北方民族の移民で民族浄化されたとか?)、現在の日本語とは全くの別物なのだといわれる(文法の語順などが妙に似ていることや、共に漢語の語彙が混ざっているために良く似て感じられるそうだが)。そして中国もまた全般的に、魏晋南北朝や元(モンゴル)などの時代に北方系の血筋を強めたと考えられる。
お猿の車掌はお調子者なところもあるのだろうか、この若い娘のお客、サリーナの興味に応えて楽しげに喋った。
「台湾はそっちの海の航路のルートの拠点になっとって、昔から中国の商人や地元の東南アジアの人種で好きにやっとった自由港みたいなもんでしたわ。『化外の地』ゆーて、中国の皇帝やらでも遠すぎて手が出せんで、ほったらかしやったから、日本の本土から沖縄伝いできた貿易の商売人も出入りしとりましたし。……ほら、『倭寇』とかも、実は日本人だけやのーて、中国人もいっぱいおって、フリーダムな強盗商人の多国籍軍ですわ」
こんな口調からすると、高徳のお坊さんというよりも、いかがわしいインドの商売人が商品として教典の写しを持って来たのだろうか?
「そんで香港やら広東やらで、『義賊の有償ボランティア』もやったわ。半グレた地元の中国人の百姓一揆や塩の密売人と一緒に悪代官の屋敷襲って、分け前貰ってトンズラや」
「それじゃあ、ほとんど悪行スレスレじゃないですか?」
笑いながら顔を顰めるサリーナにお猿の車掌は頭を振って掌も左右に否定する。
「ヒヒヒ、固いことゆーたらアカン。中国の悪代官とか、今も昔も鬼畜やで。『三武一宗の法難』ゆーて、仏教弾圧された罰当たりの恨みに天誅の善行やで! ……そんで台湾や香港で酒飲んで羽目外して、別嬪の姐ちゃんにメロメロになったりしたもんで……」
楽しげなお猿車掌は好色そうな笑みを浮かべた。
その目線の動きから察すると、おそらくはサリーナの美麗でグラマラスな容姿にかつての良い思い出を想起したものだろう。なかなかに不埒な輩である。
サリーナはそれを察して指でお猿車掌のおでこを突っつく。
「そんなことしてるから『お猿に生まれ変わる』んですよ?」
すると車掌殿は「反省ッ!」と真面目な顔を作ってお辞儀する。全く懲りていない。
ともあれサリーナは食堂車で向かい合って席に着く。
「それではごゆるりと。すぐにお食事は支度しますので」
お猿の車掌と給仕少女は並んでペコリと頭を下げる。
運転手は狸のようだった。お猿車掌の合図に親指を立てて発車オーライしたようだ。
それからおよそ一ヶ月後、サリーナは駅の職員サービスとやらで、コアラから一枚の切符を受け取った。
『ちょっとばかり羽伸ばして来いよ』
ハードボイルドに微笑むコアラ車両長は、何か企んだような優しい目をしていた。
*
ハヌマット号の車掌はお猿さんで、水母天使駅とは友好関係にある他の「B雷門駅」で運行されている。正式な読み方は「ばらもん」なのだけれども、「びー・らいもん」や「びーらい」などと親しみ呼ばれることも多い。
その任務とコンセプトは幾つかあるわけなのだが、代表的なのは二つ。
一つ。「知られざる真理と叡智を授ける」こと。長年に知りたくても謎だった人生(特に心の内面的な問題)に関わるような事柄、たとえばずっと会っていない友人や恋人の家族のことだの、生き別れた家族のことだのでの情報やアドバイスを授けたり、メッセージの機会を与えること。さらには末期の学者や科学者に、生涯の研究テーマについての真理を見せてやるような場合もある(隠された歴史の真相や科学的な未発見の真理)。また苦悩する者たちに、自分自身では気づきようのないような「因果応報」の一片、たとえば忘れていた無自覚の失策や業(カルマ)、前世・来世の因縁、個々人の偉大な運命や無意味ではない宿業を示し、たとえ避けられずとも納得して前向きに生きることを励ます。
それからもう一つのユーモラスなミッションは、叶わなかった欲情を晴らす機会を設けること。世の中では好きな相手と必ず親密になれるわけではないし、なんとなく漠然と気になっても、それ以上はお互いに進展しなかったりということがままあるだろう(あるいは単純シンプルに、特定の相手かどうかは別として、何がしかの性的願望を感じるようなことだってある)。……けれどもパラレルに無限に平行している別の可能性の世界では、属している世界の時間線ではありえないようなケースもある。こちらの世界では自分が失恋や死別したのに、向こうの世界では逆に相手が自分を好きで(それとも変態願望があって)、しかもその世界の自分が死んでしまっているような事だって。
ちなみにインドの伝統や宗教では、性愛は人生の三大幸福目標なのだそうだ。鵺のオルペウス号とも職掌任務が重複する部分があるけれども、人気と需要の多いテーマであるだけに、類似の車両が運行されるのも道理なのだろう(路線の乗客が多ければ運行される列車の本数が増える)。しかもハヌマット号はよりアクティブに攻めていく傾向があり、心広くも変態願望にすら対応してやるような懐の深さがある。
人は良さげながら心持ち助平そうなお猿の車掌に出迎えられて、ゆるくめかした私服でお出かけのサリーナはニヤッと笑った。
(まさか私がお客になるだなんて)
たしかに彼女だって、メトロのお客になる資格はあるのだろう。
お猿の車掌さんは軽くおどけた雰囲気ながらにも、紳士的にペコリと頭を下げる。
「ようこそ、お嬢さん。きっと吃驚(びっくり!)なさいますよ」
乗り込んだ車両の内部は高級な食堂車のようで、給仕にインドか東南アジア人のような幼い少女が控えている。
お猿の車掌が紹介してくれる。
「こっちは私の二十八代目の孫娘の一人でしてな。私が教典を持って日本に渡航したときに郷里に残してきた倅の家族の末裔(すえ)ですわ」
「やっぱりシルクロードで? 中国とかから旅したんですか? チベット山脈とかゴビ砂漠とか、昔の旅行って大変だったって聞いてますけど」
サリーナは興味をそそられた様子だった。旧友のカリーナの母は中国人だったから、そういうシルクロードとかの話はたまに聞かされていたのだ。
「うんにゃ。わしゃ、船旅で来ましたわ。中国の南の方の港には泊まりましたけどな。シルクロードは大陸でも北ルートと南ルートがあったそうですけども、もう一つは海で東南アジアや台湾の方から廻るルートもあったですわ」
「へー、そうなんですか? 海で……」
「南蛮人とかが来た航路、ご存知でしょう? 古くから細々はあったんですよ」
「あー、なるほど」
サリーナは目を丸くする。
シルクロードと言えば陸路のイメージがある。彼女からすれば「教典を持って」というお猿車掌の言葉で『西遊記』の三蔵法師のことを連想したのだろう。
やや余談ながら、先史時代や上古の古代期にもその航海ルートは既に存在していたようで、日本語はインドのタミル語との類似・親縁も指摘されている。よく日本語と「似ているとされる」コリア語は主に大陸北方アジア系の言語で(古代期はともかく中世以降には北方民族の移民で民族浄化されたとか?)、現在の日本語とは全くの別物なのだといわれる(文法の語順などが妙に似ていることや、共に漢語の語彙が混ざっているために良く似て感じられるそうだが)。そして中国もまた全般的に、魏晋南北朝や元(モンゴル)などの時代に北方系の血筋を強めたと考えられる。
お猿の車掌はお調子者なところもあるのだろうか、この若い娘のお客、サリーナの興味に応えて楽しげに喋った。
「台湾はそっちの海の航路のルートの拠点になっとって、昔から中国の商人や地元の東南アジアの人種で好きにやっとった自由港みたいなもんでしたわ。『化外の地』ゆーて、中国の皇帝やらでも遠すぎて手が出せんで、ほったらかしやったから、日本の本土から沖縄伝いできた貿易の商売人も出入りしとりましたし。……ほら、『倭寇』とかも、実は日本人だけやのーて、中国人もいっぱいおって、フリーダムな強盗商人の多国籍軍ですわ」
こんな口調からすると、高徳のお坊さんというよりも、いかがわしいインドの商売人が商品として教典の写しを持って来たのだろうか?
「そんで香港やら広東やらで、『義賊の有償ボランティア』もやったわ。半グレた地元の中国人の百姓一揆や塩の密売人と一緒に悪代官の屋敷襲って、分け前貰ってトンズラや」
「それじゃあ、ほとんど悪行スレスレじゃないですか?」
笑いながら顔を顰めるサリーナにお猿の車掌は頭を振って掌も左右に否定する。
「ヒヒヒ、固いことゆーたらアカン。中国の悪代官とか、今も昔も鬼畜やで。『三武一宗の法難』ゆーて、仏教弾圧された罰当たりの恨みに天誅の善行やで! ……そんで台湾や香港で酒飲んで羽目外して、別嬪の姐ちゃんにメロメロになったりしたもんで……」
楽しげなお猿車掌は好色そうな笑みを浮かべた。
その目線の動きから察すると、おそらくはサリーナの美麗でグラマラスな容姿にかつての良い思い出を想起したものだろう。なかなかに不埒な輩である。
サリーナはそれを察して指でお猿車掌のおでこを突っつく。
「そんなことしてるから『お猿に生まれ変わる』んですよ?」
すると車掌殿は「反省ッ!」と真面目な顔を作ってお辞儀する。全く懲りていない。
ともあれサリーナは食堂車で向かい合って席に着く。
「それではごゆるりと。すぐにお食事は支度しますので」
お猿の車掌と給仕少女は並んでペコリと頭を下げる。
運転手は狸のようだった。お猿車掌の合図に親指を立てて発車オーライしたようだ。