『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
 大急ぎで朝の身支度を整え、マリアベルお嬢様と二人で宿屋の階下へと降りる。
 大あくびしながら食堂に入れば、すでにアレクシス様とデズモンドはテーブルについていた。デズモンドが大きく手を振って合図してくれたので、私とお嬢様も朝食の席へと向かう。

「……遅いぞ、ベル」

 さわやかな朝だというのに、アレクシス様は不機嫌が爆発していた。
 じろりと睨まれ、私は肩をすくめる。

「だって、朝寝坊しちゃったんですもん。お嬢様と遅くまでおしゃべりしてたものだから」

「おはよう、デズモンド。あなたはよく眠れた?『不浄の辺境伯』と同室なんて、少しも気が休まらなかったのじゃない?」

 お嬢様が気遣わしげに問い掛ければ、アレクシス様の眉間の皺がますます深くなった。
 デズモンドはアレクシス様を気にしながら、居心地悪そうに苦笑する。

「まあ……、いろいろとお説教はいただきましたよ」

「なんですって!? わたくしの大事なデズモンドをいじめたら承知しなくてよ!」

「それが出資者に対する口の利き方か?」

 苦々しげに吐き捨てるアレクシス様を、私は「まあまあ」となだめた。
 指で眉間の皺をぐりぐりと押して、にこっと笑いかける。アレクシス様の険しい表情がやわらぎ、頬が少しだけ赤くなった。

「夫。妻はお腹が減りました」

「昨夜あれだけ食べたのにか? 食欲旺盛で結構なことだ」

 含み笑いをして、隣の椅子を引いてくれる。
 マリアベルお嬢様もデズモンドの隣に腰を下ろし、まずは腹ごしらえすることにした。

 どうやら先に注文を済ませてくれていたらしく、一体何人前あるんだ、というぐらい巨大なオムレツがすぐに運ばれてくる。魔鳥の卵で作られたものだそうだが、なんとこれで卵一個分しか使っていないらしい。
 色は鮮やかなオレンジ色で、中には挽き肉(もちろん魔物肉)とキノコ(もちろん境界の森産)を炒めた具が入っていた。しっかりした味付けがやわらかな白パンによく合って、食欲が止まらない。

 アレクシス様と分け合って競うように食べていると、お嬢様とデズモンドの皿には白パンとバターしか載っていないのに気がついた。

「お嬢様たちも味見してみます?」

「遠慮しておくわ……」

「僕もです……」

 残念ながら、温かなスープも境界の森で採れた山菜をたっぷりと使用したものだった。
 お嬢様とデズモンドにはほとんど食べられるものがなく、なんだか可哀想になってくる。

「普通の豚肉ベーコンとかないか聞いてきましょうか?」

「ううん、平気。この旅で粗食には慣れたもの」

「ううっ、申し訳ありませんマリアベル様。僕が不甲斐ないばっかりに……!」

「ああデズモンド、それは言わない約束でしょう? あなたさえいてくれたら、わたくしはそれでいいの」

「だからよそでやれ、よそで」

 わいわい騒ぎながら朝食を完食する。

 食後のお茶に、お嬢様とデズモンドはたっぷりと砂糖を入れていた。やはり物足りなかったのかもしれない。

「さて、今日はどうします?」

「俺は予定通り『境界の森』でドロッパゲを狩ってくる。ベルは領主の妻として、視察という建前でペルレアを観光してくるといい。護衛にピエールを付けるから、絶対に離れないようにな」

「ピエールさん、ですか?」

 気のいい御者であるピエールさんの顔を思い浮かべ、私は首をひねる。彼が護衛と言われても少しもピンとこない。
 戸惑い顔の私を、アレクシス様がくくっと笑う。

「あいつはああ見えてなかなか使える。というか、辺境の人間は必要に迫られて武に長けた者ばかりだ。ソニアだって性別と年齢にあるまじき強さだろう?」

「確かに。年齢は知りませんけど」

 私は深く納得し、それから己の身を振り返った。私ってば辺境伯様の妻なのに、戦闘力が皆無なのは駄目じゃない?

 これは、私もソニアさんに弟子入りするべきか……!

「やめてくれ。ベルには戦いなんて危険な真似は絶対にさせられない」

 アレクシス様がさっと顔色を変える。

「ベルは俺が守るし、俺が側にいられないときには必ず護衛を付ける。ベルに期待するのは、そうだな。疾風のような逃げ足ぐらいか」

 ……逃げ足かぁ。
 それなら私、まあまあ自信ありますよ?

 胸を張ってそう告げたら、アレクシス様から鼻で笑われた。

「それは初耳だな。初めて会ったとき、いとも容易く俺に捕まったくせに」

「うぐっ、そっそれは……っ! 過去は振り返らないで、これからの私に期待してくださいっ」

「……ほぉう? ま、どれだけ逃げ足を鍛えようとも、俺からは絶対に逃げられんがな」

 からかうみたいに目を細め、私の額を優しく弾く。
 不意打ちに驚いて、みるみる頬が熱くなった。はくはくと口を開けるばかりで何も言えない私に、アレクシス様は「してやったり」と言わんばかりの笑みを浮かべる。

「は、腹立つ~っ」

「ふふん。たまには妻に勝つのもいいものだ」

「いつも負けてる自覚あるんじゃないですかっ」

 ぽこぽことドヤ顔夫の胸を叩くと、テーブルの向こうからわざとらしい咳払いが聞こえる。
 はっとして視線を向ければ、半眼のお嬢様と目が合った。デズモンドは苦笑いを浮かべて私たちを眺めている。

「よそでやれ、の気持ちがよぉ~っくわかったわ」

「全くですよね、マリアベル様」

「……お前たちが言うな」

 耳を赤く染め、アレクシス様がそっぽを向いた。
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