『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。

心のままに、泣けるのは

「さあさあベル奥様、どこへなりともご案内いたしますよ。軍資金は旦那様からたんまり預かっておりますから、今日は思う存分豪遊いたしましょう!」

「嬉しそうですね~、ピエールさん」

「ふっふっふ。護衛用の特別手当も頂戴しましたからね」

 宿を出てアレクシス様と別れた私たちは、玄関でピエールさんと落ち合った。
 マリアベルお嬢様とデズモンドにもどうするか聞いたら、ぜひ一緒に観光したいと言う。私たちは四人で連れ立って、まずは大通りへと向かうことにした。

「ああ、久しぶりにのんびりした気分。先のことはまだ何も決まっていないけど、なんだかほっとしちゃったわ」

 大きく伸びをしてお嬢様が無邪気に笑えば、デズモンドもしみじみとうなずいた。

「僕たちの状況を思えば、のんきに観光している場合じゃないんでしょうけどね。それでも部屋の中であれこれ考え込むより、こうして外に出た方が良い案も浮かびそうな気がします」

「そうですよ。今日のところはいったん悩みは忘れて楽しみましょ!」

 ペルレアはにぎやかな街で、見物するものには事欠かなかった。

 さすが辺境というべきか、店に並べられた商品には魔物を利用したものがほとんどだった。特に骨や皮を材料にした工芸品や衣服には、魔物食を嫌がるお嬢様とデズモンドも興味しんしんだ。
 恐る恐る手を触れて、襟巻きのやわらかさにお嬢様が息を呑む。デズモンドは骨を加工したナイフの、鞘に掘り込まれた装飾の細かさに感嘆していた。

「これはもはや芸術ですね」

「辺境の名産品なんですよ。お土産におひとついかがです?」

 店員さんに勧められ、デズモンドは苦笑いで遠慮していた。お嬢様もそっと襟巻きを店に戻す。

(本当は、今日の記念にプレゼントしたいけど……)

 誤解だったとはいえ、二人はわざわざ辺境まで私を助けに来てくれたのだ。
 お礼をしたいとは思うが、お金の出どころは私ではなくアレクシス様なのだから、勝手に使うのははばかられた。私の手持ちのお金は、昨日の夕食代でほとんど使ってしまったし……。

 悩んでいたら、にこにこ顔のピエールさんが私にささやきかける。

「奥様、奥様。旦那様からお言付けです。『軍資金』とは別に、奥様が立て替えてくださったお金を返しておく、とのことですよ」

「えっ」

 驚く私に、ピエールさんはいたずらっぽく笑う。

「なんですかな、昨夜宿屋に戻られた後で、夕食の会計をし忘れたと気づいたそうなのですよ。領主が食い逃げをしてしまった!と真っ青になって店に走ったそうですが、奥様が済ませてくださっていたとのことで。出来た妻を持って俺は幸せ者だ、なぁんてのろけていらっしゃいましたよ」

「……全く、もう。そういうことはちゃんと妻本人に言ってくれないと」

 照れ屋な夫で困っちゃいますよね~。

 口ではけなしつつ、心がほんわりと温かくなった。ふぅんふぅん、そうなんだ。アレクシス様ってば、私のお陰で幸せなんだ。

「……ベルったら、どうしたの? 顔がだらしなく崩れているわよ」

 商品棚から離れ、マリアベルお嬢様が不思議そうに首を傾げる。
 私はせいぜい偉そうに胸を張り、お金が返ってきて膨らんだ財布を見せつけた。

「ふっふふ、聞いて驚いてくださいお嬢様。わたくし、領主の妻として自力で稼いだお金がございますのよ~」

「ええっ?」

「特別な薬になる、花の根っこを売って得たお金ですわ。……あ、でも花を持ち帰ったのは夫だし、洗って乾かすのを手伝ってくれたのも夫だし、買い取りのお店に案内してくれたのも夫だけど……」

「それって『自力で稼いだ』って言えるのかしら?」

 おぉう、確かに。
 説明しながら自分でもそんな気がしていたよ。

「そ、そうかもしれませんけど、とにかくこれは私が自由に使えるお金なんですっ。わざわざ辺境まで来てくださったお二人に、どうかお礼のプレゼントをさせてくださいっ」

 一息に言い切れば、デズモンドが表情を曇らせた。

「ベルさん。それは……」

「あら、ここはベルの言葉に甘えましょうよ。好意を素直に受け取るのも礼儀だわ」

 くすりと笑い、お嬢様はデズモンドの腕に手を絡める。
 そのまま商品棚に引っ張っていき、あれやこれやと議論を始めた。仲の良い二人に、微笑ましい気持ちになる。

「いいなぁ。今日ドロッパゲが狩れたら、明日は私もアレクシス様とこんなふうにお買い物できますかね?」

 ピエールさんを見上げれば、ピエールさんは大きくうなずいた。

「旦那様ならば確実に今日中に仕留めてくることでしょう。ドロッパゲは『境界の森』においては格下の魔物ですからな。余裕ですよ、余裕。はっはっは」

「なぁんだ、よかった。ドロッパゲって弱いんですね?」

 考えてみれば、ドロッパゲはペルレアの名物料理なのだ。三日と空けずにドロッパゲできるほど、安定して捕れる食材なのだろう。

 安心する私に、ただし、とピエールさんは意味ありげに声を落とす。

「ドロッパゲの真価が発揮されるのは、実は森の外においてなのです。……自分も一度見たことがありますが、奴らは二足歩行の力強い足で地を蹴り、いったん空に昇った後は両翼を羽ばたかせ、不規則にふらふらと予測不能な動きをします。かと思えば突然疾風のようなスピードで降下して、地上の人間に攻撃を仕掛けるのです」

「怖っ!!」

 ドロッパゲ、味は美味しいくせに恐ろしすぎる。

 想像したら途端にアレクシス様が心配になり、居ても立っても居られない気持ちになってきた。

 そわそわと足踏みする私を、ピエールさんは苦笑して眺めた。

「大丈夫ですよ、奥様。森の中は木々が生い茂っていますからな、ドロッパゲは単なる鈍重な魔物に成り下がります。ドロッパゲの生息域は狭く、ペルレア寄りの境界の森だけ。辺境騎士団が毎日欠かさず見回っておるお陰で、森の外に逃れるドロッパゲなぞほとんど存在しません」

 そ、そうなんだ。
 でも『ほとんど』ってことは、たまには森の外にも出てきてる、ってことなんじゃあ……?

「ベル、これに決めたわ!……ってあら、どうしたの? 今度はいきなり暗い顔になっちゃって」

 頬を上気させて駆けてきたお嬢様が、気遣わしげに眉をひそめる。
 私は慌てて笑顔を作り、お嬢様の手の中を覗き込んだ。

「何でもないです! それより、そんな小さな鈴でいいんですか?」

「ええ。だってこれ、魔除けの鈴なんですって」

 そうっと開いた手の中には、コロンとした丸っこい鈴が載っていた。
 鮮やかな朱色の紐が付いていて、紐を振ると澄んだ可愛らしい音がする。デズモンドが選んだのは黒の紐のもので、どうやら二人でお揃いにするらしい。

「辺境の必須アイテムですな。俗に『魔物鈴』とも呼ばれてまして、これを鳴らしながら歩けば魔物が近寄ってきません」

「おおっ。そんなすごい効果が!?」

 二人から鈴を受け取って会計を済ませていたら、ピエールさんが解説してくれた。
 感心する私に、ピエールさんと店員のお姉さんが顔を見合わせてニヤリと笑う。

「お買い上げくださるのは、領外から来たお客様ばかりです」

「領民は誰ひとりとして買いません」

「要は『安心』をお買い上げいただいてるってわけですよ」

「…………」

 辺境の商売根性を見た。

 まあ鈴自体は可愛いらしいデザインだし、音も綺麗だし、辺境にしか売っていないなら記念にはなるだろう。

 そう結論づけて、私は出口で待ち構えるお嬢様とデズモンドに鈴を渡した。
 二人は早速服のベルトに鈴を付けて、嬉しそうに笑い合っている。小さな鈴をそうっと撫でて、マリアベルお嬢様がはにかんだ。

「ありがとう、ベル。わたくし、とっても嬉し――……」

『キャアアアアアッ!!』

「っ、何だ!?」

 突然、店の外からつんざくような悲鳴が聞こえる。

 ピエールさんがさっと緊張し、すばやく背後に私をかばった。その瞬間。


 ――ガッシャーーーーンッ!!


 凄まじい音を立て、店のドアが大破する。

「……え……?」

 もうもうと土煙の立ち込める中、うっすらした大きな影が現れる。

 私は息を呑み、ただ茫然と立ち尽くした。
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