『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
歩み寄ったテーブルには、相変わらず深刻な空気が張り詰めていた。
供されたであろうパンとスープはすっかり冷えきって、テーブルの隅に追いやられている。誰一人として手をつけた様子はない。
「! ベルッ」
マリアベルお嬢様が椅子を蹴倒して立ち上がる。
私に飛びつき、震えながらすがりついた。
「どうしよう……、どうしたらいいの? ゲイツ伯爵家は、もうおしまいだわっ」
「はあ? 一体何があった?」
お嬢様から私を引き剥がしつつ、アレクシス様が眉をひそめる。
お嬢様はキッと眼差しをきつくしてアレクシス様を睨みつけた。
「ゲイツ伯爵家の跡継ぎがいなくなっちゃったのよ! つまりは、わたくしの弟ってことだけど」
「ええっ、ライアン様がですか!?」
私は驚きに目をみはった。
ライアン様はゲイツ伯爵家の嫡男で、親にも姉にも似ず……と言ったら失礼だが、たいそう優秀で将来有望な若者だった。
現在は隣国に留学中だが、いなくなった、というのは穏やかではない。ライアン様に一体何があったのだろう。
「ああベルや、事故や病気ではないから安心しなさい。むしろ、めでたい話ではあるのだ」
青くなる私を見て、旦那様が慌てたみたいに口を挟んだ。
「どうやら留学先の学院で出会った、あちらの貴族令嬢と恋に落ちたらしくてなぁ。一人娘だからぜひともライアンを婿に、と先方から望まれているのだが、そうしたらうちの子どもたちは皆いなくなってしまう……」
そう言って、マリアベルお嬢様をちらりと見る。
こうしてマリアベルお嬢様が見つかった以上、アレクシス様との契約を履行させるつもりなのだろう。マリアベルお嬢様はまた私に抱き着き、きつく唇を噛み締めている。
「ライアン様は何ておっしゃってるんですか?」
「ぜひお受けしたいと。……わたしも、認めてやるしかないと思っている。何というか、恋に一途なのはゲイツ伯爵家の血筋なのだろうなぁ。いくら止めたとて、どうせ誰も彼も無理やり愛を貫いてしまうのだから、止めるだけ無駄というものだ」
力ない旦那様の言葉に、私はもはや笑うしかない。
血筋かぁ、としみじみ納得してしまう。
「それで途方に暮れていたところに、消えたマリアベルから便りが届いたのだ。ともかくゲイツ伯爵家の後継問題はいったん脇に置くことにして、わたしは辺境に急ぐことにした。まずはマリアベルを見つけてやらねばと思ったからだ」
「見つけて、どうするつもりだったの!? 無理やり辺境伯に嫁がせるつもり!? わたくしは絶対に嫌よっ。わたくしだって愛を貫いてみせるわ!」
悲痛な叫びを上げるマリアベルお嬢様を見て、アレクシス様もきっぱりとうなずいた。
「俺も嫌だぞ。願い下げだ」
それまで黙っていたデズモンドまで、決死の表情で顔を上げる。
「も、申し訳ございません旦那様。僕は、僕は心からマリアベル様を愛しています!」
「あああ、一体どうすれば……!」
全員から拒絶されて、旦那様は頭を抱え込んだ。
テーブルに突伏する旦那様にそっと歩み寄れば、「もういっそわたしが嫁に行くしか……?」などとつぶやいている。何それ面白すぎる。
「おい。今、何か恐ろしい発言が聞こえなかったか?」
「落ち着いて、アレクシス様。そんな前代未聞の事態にはなりませんから」
……だって私、相手が誰であろうと、アレクシス様の妻の座を譲る気なんてさらさらないもん。
心の中でこっそり付け足して、肩を怒らせる夫を何食わぬ顔でなだめる。
マリアベルお嬢様はデズモンドに顔を寄せて泣いていて、デズモンドが必死で慰めていた。
旦那様はまだ何事かぶつぶつ言っていたが、私は構わずその耳元に顔を寄せる。
「旦那様――…………」
そうして彼にだけ聞こえるように、とっておきの「魔法の言葉」をささやきかけた。
「――っ、ベル!? いっ、いいい、今何とっ!?」
効果はてきめんだった。
旦那様がものすごい勢いで顔を上げる。
血走った目を私に向けるので、アレクシス様が顔色を変えて私を抱き寄せた。
「おい。急に何を」
「ベルッ!! 本当に、本当なのかッ!?」
「俺の妻に触るな」
私につかみかかろうとする旦那様を、アレクシス様が軽々と押さえ込む。
身動きが取れないようテーブルに押しつけられ、それでも旦那様はあきらめずにもがき続けた。必死の形相で私を見上げる。
「ベル。本当に――」
「はい、本当です。ずいぶん遅くなってしまったし、今さらって思われるかもしれないけど……」
苦笑いして、私は旦那様を押さえ込むアレクシス様の手を取った。
もう離さない、と強い決意を込めて指を絡ませれば、アレクシス様が戸惑いながらも赤くなる。ようやく自由の身になった旦那様が、跳ねるようにして起き上がった。
アレクシス様に寄り添う私を、旦那様は食い入るように見つめてくる。
固唾を呑んで続きを待つ彼に、私はゆっくりと頭を下げた。耳に掛けた淡い金髪がさらりと落ちる。
「――どうか今度こそ、私をあなたの養女にしてください。そしてあなたの『娘』として、私をアレクシス様と結婚させてください。旦那様――……ううん。叔父さん」
『…………』
沈黙が場を支配する。
一拍遅れて、『えええええっ!?』という驚愕の叫びが店内に響き渡った。
供されたであろうパンとスープはすっかり冷えきって、テーブルの隅に追いやられている。誰一人として手をつけた様子はない。
「! ベルッ」
マリアベルお嬢様が椅子を蹴倒して立ち上がる。
私に飛びつき、震えながらすがりついた。
「どうしよう……、どうしたらいいの? ゲイツ伯爵家は、もうおしまいだわっ」
「はあ? 一体何があった?」
お嬢様から私を引き剥がしつつ、アレクシス様が眉をひそめる。
お嬢様はキッと眼差しをきつくしてアレクシス様を睨みつけた。
「ゲイツ伯爵家の跡継ぎがいなくなっちゃったのよ! つまりは、わたくしの弟ってことだけど」
「ええっ、ライアン様がですか!?」
私は驚きに目をみはった。
ライアン様はゲイツ伯爵家の嫡男で、親にも姉にも似ず……と言ったら失礼だが、たいそう優秀で将来有望な若者だった。
現在は隣国に留学中だが、いなくなった、というのは穏やかではない。ライアン様に一体何があったのだろう。
「ああベルや、事故や病気ではないから安心しなさい。むしろ、めでたい話ではあるのだ」
青くなる私を見て、旦那様が慌てたみたいに口を挟んだ。
「どうやら留学先の学院で出会った、あちらの貴族令嬢と恋に落ちたらしくてなぁ。一人娘だからぜひともライアンを婿に、と先方から望まれているのだが、そうしたらうちの子どもたちは皆いなくなってしまう……」
そう言って、マリアベルお嬢様をちらりと見る。
こうしてマリアベルお嬢様が見つかった以上、アレクシス様との契約を履行させるつもりなのだろう。マリアベルお嬢様はまた私に抱き着き、きつく唇を噛み締めている。
「ライアン様は何ておっしゃってるんですか?」
「ぜひお受けしたいと。……わたしも、認めてやるしかないと思っている。何というか、恋に一途なのはゲイツ伯爵家の血筋なのだろうなぁ。いくら止めたとて、どうせ誰も彼も無理やり愛を貫いてしまうのだから、止めるだけ無駄というものだ」
力ない旦那様の言葉に、私はもはや笑うしかない。
血筋かぁ、としみじみ納得してしまう。
「それで途方に暮れていたところに、消えたマリアベルから便りが届いたのだ。ともかくゲイツ伯爵家の後継問題はいったん脇に置くことにして、わたしは辺境に急ぐことにした。まずはマリアベルを見つけてやらねばと思ったからだ」
「見つけて、どうするつもりだったの!? 無理やり辺境伯に嫁がせるつもり!? わたくしは絶対に嫌よっ。わたくしだって愛を貫いてみせるわ!」
悲痛な叫びを上げるマリアベルお嬢様を見て、アレクシス様もきっぱりとうなずいた。
「俺も嫌だぞ。願い下げだ」
それまで黙っていたデズモンドまで、決死の表情で顔を上げる。
「も、申し訳ございません旦那様。僕は、僕は心からマリアベル様を愛しています!」
「あああ、一体どうすれば……!」
全員から拒絶されて、旦那様は頭を抱え込んだ。
テーブルに突伏する旦那様にそっと歩み寄れば、「もういっそわたしが嫁に行くしか……?」などとつぶやいている。何それ面白すぎる。
「おい。今、何か恐ろしい発言が聞こえなかったか?」
「落ち着いて、アレクシス様。そんな前代未聞の事態にはなりませんから」
……だって私、相手が誰であろうと、アレクシス様の妻の座を譲る気なんてさらさらないもん。
心の中でこっそり付け足して、肩を怒らせる夫を何食わぬ顔でなだめる。
マリアベルお嬢様はデズモンドに顔を寄せて泣いていて、デズモンドが必死で慰めていた。
旦那様はまだ何事かぶつぶつ言っていたが、私は構わずその耳元に顔を寄せる。
「旦那様――…………」
そうして彼にだけ聞こえるように、とっておきの「魔法の言葉」をささやきかけた。
「――っ、ベル!? いっ、いいい、今何とっ!?」
効果はてきめんだった。
旦那様がものすごい勢いで顔を上げる。
血走った目を私に向けるので、アレクシス様が顔色を変えて私を抱き寄せた。
「おい。急に何を」
「ベルッ!! 本当に、本当なのかッ!?」
「俺の妻に触るな」
私につかみかかろうとする旦那様を、アレクシス様が軽々と押さえ込む。
身動きが取れないようテーブルに押しつけられ、それでも旦那様はあきらめずにもがき続けた。必死の形相で私を見上げる。
「ベル。本当に――」
「はい、本当です。ずいぶん遅くなってしまったし、今さらって思われるかもしれないけど……」
苦笑いして、私は旦那様を押さえ込むアレクシス様の手を取った。
もう離さない、と強い決意を込めて指を絡ませれば、アレクシス様が戸惑いながらも赤くなる。ようやく自由の身になった旦那様が、跳ねるようにして起き上がった。
アレクシス様に寄り添う私を、旦那様は食い入るように見つめてくる。
固唾を呑んで続きを待つ彼に、私はゆっくりと頭を下げた。耳に掛けた淡い金髪がさらりと落ちる。
「――どうか今度こそ、私をあなたの養女にしてください。そしてあなたの『娘』として、私をアレクシス様と結婚させてください。旦那様――……ううん。叔父さん」
『…………』
沈黙が場を支配する。
一拍遅れて、『えええええっ!?』という驚愕の叫びが店内に響き渡った。