『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
「お帰りなさい、夫ー! 今日も一日お仕事お疲れ様でしたっ」

 日が落ちてから、玄関にて。
 両手を広げて出迎えれば、アレクシス様がつんのめるようにして足を止めた。さも嫌そうに顔をしかめ、疑わしそうな視線を私に向ける。

「……何を企んでいる?」

 うわっ感じ悪。
 そりゃあ確かに、魔石が見てみたいなって下心はあるけども。ロリコンならロリコンらしく、可愛い妻の出迎えを素直に喜べばいいものを。

「だからっ、俺はロリコンではないと何度も言っているだろう!」

「あ、すみません。心の声が出ちゃってました?」

 怒るアレクシス様をにやにやとからかいつつ、まずは自室に戻って野外任務で汚れた騎士服を着替えてもらう。
 夕食の後は今度は領主としての仕事が待っているので、着るのは寝間着ではなくいかにも貴族らしい窮屈な服である。ちなみに私はもう寝間着である。

「……お前な、これから夫婦水入らずの夕食だというのに。新婚らしく華やかなドレスで着飾って、疲労困憊の夫の心を癒やしてやろうという気はないのか」

「えー。だって私ぃ、ほとんどドレスなんか持ってないですもん~。誰かさんに身一つでさらわれたせいで、私物なんか数えるほどしかないしぃ」

「ぐっ……!」

 痛いところを突かれたらしく、アレクシス様が言葉に詰まった。
 今言った通り、私の私物はほとんどない。辺境への旅の途中に着替えなどは買ってもらったものの、貴族の奥方としてはあり得ないほどの極貧っぷりだ。まあ私としては、窮屈なドレスより楽な寝間着の方が大歓迎なのだけれど。

 本音を隠して悲しそうに視線を落とせば、アレクシス様がほんのかすかに頭を下げた。

「……悪かった。お前が逃げられぬよう、早く辺境へ連れ帰らねばと焦ったのだ」

 おや、案外素直。

 私はくすりと笑い、背伸びしてアレクシス様の頭へと手を伸ばす。漆黒の髪をわしゃわしゃとかき混ぜれば、アレクシス様が虚を突かれたように目を見開いた。

「うんうん。素直に謝れて良い子ですね」

「……ッ。んな……ッ!」

 ぽかんとしていたアレクシス様が、みるみる真っ赤になる。
 動揺する彼になぜだか楽しくなって、私は寝間着の長いスカートの裾を揺らし、アレクシス様の腕に抱き着いた。

「食堂まで妻のエスコートをお願いします。夫」

「し……っ、仕方なかろう。夫婦、だからな」

 咳払いして尊大にうなずき、アレクシス様が扉を開けてくれる。
 簡素な寝間着姿のくせに、心の中では豪奢なドレスを身に着けているつもりでしとやかに歩く。澄まし顔の私を横目で見て、アレクシス様がまた顔を赤らめた。

「夫ってば、もしや照れてます?」

「誰がだ」

「妻のあまりの可愛さにメロメロに?」

「なってない」

 ぽんぽん言い合いながら食堂に到着。
 ちなみに最初の夜を除いて基本的にソニアさんとは食事を別に取っている。広いテーブルに二人きりは少し寂しいが、きっとソニアさんは新婚の私たちに気を遣っている……というか、仲を深めさせようとしているのだろう。

「くうぅ、まさに肉を食らってるって感じっ」

 夕食は血のしたたるような赤身肉のステーキだった。うまい。歯ごたえがありすぎるけど、それもまたうまい。

 夢中になってナイフとフォークを動かしていると、アレクシス様がにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「気に入ってもらえたようで何よりだ。聞いて驚け、今日解体したばかりの新鮮な魔物肉だぞ」

「妻になんつーもんを食わせるんだ!」

 反射的に咳き込み、私は慌てて水の入ったグラスに手を伸ばす。
 一気飲みして胸を叩きつつ、涙目でアレクシス様を睨んだ。が、アレクシス様はどこ吹く風だ。

「魔物肉は栄養満点で、そのうえ味もいい。独特な風味を嫌がる者もいるが、お前は辺境に来た初日から喜んで口にしていたろう」

「ええっ私ってばすでに魔物肉を食べてました!?……って、スープに入ってたソーセージかぁ」

 道理で食べたことのない味だと思ったんだよ!

 頭を抱えて悔やむ私を、アレクシス様は楽しそうに見物している。
 むらむらと腹が立って、私はステーキに勢いよくナイフを突き立てた。えいえいっと大きめの一口分を切り取り、豪快に口に入れて咀嚼する。

「ふんっ、この程度でひるむ妻だと見くびらないでくださいねっ」

 それにまあ、美味しいものは美味しいし。
 辺境では魔物肉を常食しているのか、付け合わせのソースも絶品だった。以前のソーセージといい、きっと辺境の人々は魔物肉の調理法を知り尽くしているのだろう。

「くく……っ」

 なぜか肩を震わせて笑うアレクシス様に、私は目を丸くする。
 私を負かせなかったのに、一体何をそんなに喜んでいるんだろう? 変態か? 変態なのか?

「素直に悔しがってくれないと、つまんないんですけど」

「誰が悔しがるものか。故郷の料理を妻が気に入ってくれて、むしろこの上なく嬉しいと思っている」

「……っ」

 いつもの皮肉げな様子は影を潜め。

 ふわりとした優しい笑みに、私の心臓がどくんと跳ねた。あ、あ、あ、危なっ。

 私は慌てて顔の前で両腕を交差させ、バッテン印で身を守る。

「何を不意打ちでときめかせようとしてるんですか! この卑怯者! 反則夫!」

「ほほう。ときめいたのか。どうやら俺の勝ちらしいな」

 ドヤ顔腹立つな!

「勝ち負けじゃないでしょうっ。ていうかもともと私と結婚したがってるのはアレクシス様なんだから、惚れた弱みはアレクシス様の方にあるはずですっ」

「俺は別に惚れてない。むしろ今お前が俺に惚れた」

「惚れるかっ!」

 ムキになったらそれこそ負けだと思うのに、私は真っ赤になって否定した。
 だってなんだかアレクシス様が余裕しゃくしゃくで、そうだこいつは四捨五入したら私の十歳上だったと思い出す。大人の余裕を振りまくアレクシス様に、私はますます歯噛みした。

 ていうかこの夫、どうして過去一機嫌が良くなってんだ!
 全くもって意味がわからないっ!
< 7 / 30 >

この作品をシェア

pagetop