『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
 毎日わくわく待っているというのに、未だ夫は私に魔石をプレゼントしてくれる気配がない。
 仕方なく辺境で暮らす人々から情報を集めてみれば、「魔石は宝石とは比べ物にならないほど美しい」「一度魔石を見てしまうと、宝石が単なる石ころに思えてしまう」などと気になる証言が続々と出てきた。何それどういうこと。夫、早く私に魔石を見せて。

「お帰りなさい夫ー! 今日こそお土産くださいっ」

「えぇい、疲れて帰ってきた夫に毎晩土産を強請るなっ!」

 今日も今日とて、いそいそと玄関までアレクシス様を出迎えにいく。
 アレクシス様は怒ったふりをしているが、妻である私には手に取るようにわかる。可愛い妻の可愛いおねだりに、内心では満更でもないに違いない。

「違いまくりだ。勘違いも甚だしい」

「とか言いつつ、背中に隠したそれは何ですか?」

「ぐっ」

 顔を引きつらせるアレクシス様の後ろに回り、隠した()()に手を伸ばす。明るいオレンジ色の花束で、期待していた魔石ではないけれど気持ちが浮き立った。

 目を輝かせる私に少しだけ頬を赤らめ、アレクシス様はぶっきらぼうに花束を渡してくれる。

「えへへ、いい匂い~。ありがとうございます、アレクシス様」

 柑橘系の爽やかな香りだ。
 私は花束に顔を突っ込むようにして、その香りを堪能する。見たことのない花だけれど、花弁が大ぶりですごく豪華だった。

「……ふん」

「早速寝室に飾らなきゃ。これ、辺境では有名な花なんですか?」

 声を弾ませて尋ねれば、アレクシス様が偉そうに胸を張った。

「境界の森でのみ採集できる珍しい食虫花だ。魔物の排泄物や死骸が栄養となり、森の中で独自の進化を遂げたらしくてな。獲物を見つけるとパカッと花弁が開き、一息に飲み込む様は圧巻だぞ」

「プレゼントのセンスが絶望的すぎるだろ」

 駄目だこの夫。

 慌てて花弁から顔を離す私を見て、アレクシス様は「心配するな」と笑った。

「土から摘み取ってしまえばただの美しい花に過ぎず、害は無い。それに()()の根は高値で取り引きされる貴重な薬草でもあるのだ」

「……へぇ。何のお薬ですか?」

「下剤だ。これでお前も毎日快便だな」

 駄目だこの夫!

「もう突っ込みどころしかない。アレクシス様が今まで結婚できなかった理由がよおぉ~~~~っくわかりましたっ!」

 ぷんぷん怒りながらも、私は剪定バサミを取ってきて花瓶に食虫花を生ける。
 まあね、花に罪はないからね。あ、根はいらないから売っぱらっちゃおうね。

「だんだんお前という妻の生態がわかってきたぞ。嬉しいときは照れ隠しでまず文句を言うのだな」

「私にもアレクシス様という夫がわかってきましたよ。根本的にアホ」

「誰がだ!?」

 やかましい夫を適当にいなしながら、切り落とした根っこを洗って庭に出しておく。
 この乾燥のひと手間をかけることで、さらに高値で売れるらしい。しめしめ。

「食虫花、毎日持って帰ってくれてもいいですよ?」

「駄目だ。辺境の大事な収入源のひとつだぞ」

 天日干し(もう今日は日が落ちてきているけど)の支度はアレクシス様も手伝ってくれた。疲れているだろうに、なんだかんだマメな夫である。

 食虫花そっくりなオレンジ色に染まる空を、アレクシス様と二人並んで見上げた。
 辺境の空は高く、空気が澄んで美しい。振り向けば背後にある魔界の空は、相変わらずどんより不吉だけれど見ないふり。

 無言で見とれていると、アレクシス様がふっと笑う気配がした。

「次の休みは、二人で街へ行くか。この根を売って、もうけた金でお前のドレスを(あがな)おう」

「はあぁ? 私の収入を宛てにしないで、夫なら気前よくプレゼントしてくださいよ」

 口では文句を言いつつ、頬をゆるめる。
 辺境に到着してから休みなく働くアレクシス様が、遊ぶ気になってくれたなら少し嬉しい。本っ当に、少しだけだけど。微々たるものだけど。

 くすっと笑って、私はアレクシス様に手を差し伸べる。

「お花のお礼と言ってはなんですけど、食後のお仕事は私も手伝ってあげますよ。ああでも、その代わり今夜はお酒はなしですからね? ベッドに入って、アレクシス様が寝入るまで見張ってやるんだから」

「ほう。俺の健康を心配するとは、さては俺に惚れたな?」

 得意気に決めつけて、アレクシス様が私の手を取――ろうとしたので、逆にその手をペチンとはたき落としてやる。

「違いますぅー。子守唄まで歌ってあげる気満々なんだから、むしろ子ども扱いしてるんですぅー」

「はあッ? 誰が子どもだ、俺はお前より四捨五入すれば十も上なのだぞ!」

「都合のいいときだけ四捨五入するんだからもう」

 面倒くさい夫だなー。

 今日も今日とてぎゃあぎゃあ言い合いながら、私たちは屋敷の中へと戻っていった。
 喧嘩しながらもしっかりスケジュールを確認すれば、なんと次の休みは十日も先だという。いやいくら何でも働きすぎでしょ!

「もっとお休みを増やさなくっちゃ駄目ですよ。ソニアさんが心配してましたよ?」

「…………」

 苦言を呈すれば、なぜかアレクシス様が眉根を寄せた。
 んん? これはもしや、あれか。「妻の分際で夫の仕事に口出ししてくるとはケシカラン」とかいう亭主関白宣言でも飛び出してくるのか。

 思わず身構えていたら、アレクシス様がぶすりと口を開いた。

「……ソニアだけなのか?」

「はい?」

「お前は、俺を心配しないのか?」

「…………」

 一瞬だけ固まったものの、私はすぐさま手を打った。
 ああはいはい、そういうことね! うん、面倒くさい方向に拗ねてるだけね!

 こほんと空咳して、私はアレクシス様の背中を勢いよく叩いた。

「妻ですもん、わざわざ言うまでもなく私だって心配してますよー!」

「……本当に?」

「本当、本当。……だってもしもアレクシス様が過労で倒れたら、妻の私が辺境伯代理になっちゃうんですよ? そんな責任とても負えない。だからね、アレクシス様はしっかり休まなくっちゃ駄目なんです。可愛い妻に苦労はかけたくないでしょ、ね?」

 私としてはからかうつもりで言ったのに、なぜかアレクシス様は大きく目を見開いた。
 じっと考え込み、ややあって大仰な仕草で肩をすくめる。その目元は少しだけ赤く染まっていた。

「……まったく、まさか家庭を持つというのがこれほど面倒なことだったとはな。ただでさえ辺境を守るのに忙しくしているのに、これからは己の家庭にも心を砕かねばならんとは」

 おお?

「そうそう。領主様として辺境の皆さんを幸せにしつつ、私のことも大事にしてくれなきゃ許しません。んんん、でもこれってすっごく大変だと思うけど……アレクシス様にできるのかなぁ?」

「見くびるな。その程度余裕だ」

 心配そうに見上げてみたら、ものすごく偉そうに宣言された。わあチョロい。
 チョロすぎてなんか可愛く思えてきた――……って、気のせい気のせい。

 笑いそうになるのをこらえ、アレクシス様の腕にしとやかに手を置いた。

 どんなときでもしっかり私をエスコートして、守ってくれなきゃ駄目ですよ? 我が夫。
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