執愛隠した策士な御曹司は偽装婚約で激情露わに囲い堕とす
奏は経営者として責任のある立場なのだから、こちらと会う時間が取れないというのであればそれを尊重するべきだ。

怜子の件は編集長の村井に調査を頼んでいるが、もしかすると事実確認に時間がかかっているのかもしれないため、もう少し静観する。

そう決めてしまうと気持ちがほんのわずか楽になり、千花はコーヒーを淹れるべくソファから立ち上がった。するとそのタイミングでスマートフォンが電子音を立て、急いで手に取ってディスプレイを確かめると、オレールからメッセージがきている。

内容は「メゾン・ドレルのショップのプレオープンは明日だが、その前に店を見に来ないか」というもので、それを見た千花はじっと考えた。

(一人でいるといろいろ考えちゃうし、オレールの誘いはいい気分転換になるかも。明日のプレオープンには招待されてるけど、その前にお店を見せてもらえるなんて滅多にないことだし)

千花はスマートフォンを操作し、OKの返事を送る。

そして彼と数回やり取りしてこれから店に行くことを約束すると、立ち上がって出掛ける準備を始めた。

かくして一時間後、銀座にオープン予定の〝メゾン・ドレル〟の店舗前まで来た千花は、感嘆のため息を漏らした。

(素敵……。外壁に石やマットな黒の素材を使ってて、パッと見はギャラリーみたいに見える。洗練された雰囲気で、ブランドの格を感じるな)

入り口にはまだ〝closed〟の札が掛かっていたものの、あらかじめオレールから「入っていい」と言われている千花はドアを開ける。

するとスマートフォンの翻訳アプリを使いながら日本人スタッフと陳列について話していたらしいオレールが、こちらを見た。

「《千花! 数日ぶりだね。来てくれてうれしいよ》」
「《オレール、お招きありがとう。これ、一日早いけどお店のオープン祝いを持ってきたの》」

置き型のフラワーアレンジメントとシャンパンを差し出すと、彼が「ありがとう」と言って受け取る。

千花は作業中のスタッフに挨拶し、店内を見せてもらった。内装はシックな雰囲気で照明は強すぎず、服の陰影がきれいに出るようにスポットライトと間接光を効果的に使っている。

売り場にはレディースとメンズ、ジェンダーニュートラルラインの最新作や、バッグや靴、ジュエリー、香水と言ったアイテムが美しく陳列されており、奥にはフィッティングル―ムとVIPスペースがあるらしい。

千花は店内をゆっくり歩き、つぶやいた。

「《シーズンの主力ルックのドレスを中心に、バッグは型を絞ってる。スカーフや手袋、ジュエリーなどの小物は厳選して、これまでのアーカイブを再編集したミニマムなコレクションにしてるんだ。空間の余白がゆとりを感じさせて、すごく素敵》」
「《一目でコンセプトを読み取ってくれるなんて、さすがだな。日本での初出店だから全部を広げすぎず、ブランドの核の部分が伝わるディスプレイにしたんだ。日本先行販売の香水が、今回の目玉だよ》」

オレールは陳列したアイテムについて詳しく説明してくれ、千花はそれを興味深く聞く。
やがて奥のVIPスペースでお茶を出され、笑顔で礼を言った。

「《オレール、プレオープン前にお店を見せてくれてありがとう。明日はきっとたくさんの人が来店するから、今日ゆっくり店内を見ることができてよかった》」
「《喜んでくれて、うれしいよ。この二週間は千花と何度も会い、たくさん話ができて楽しかった。連れて行ってくれた店はどれも素晴らしかったし、すっかり日本が好きになったのが今回の滞在の成果だ》」

彼はこれまで二人で出掛けた店について楽しそうに語り、しばし会話に花が咲く。

千花が頭の片隅で「そろそろお(いとま)しようかな」と考えていると、オレールがふいに居住まいを正して言った。

「《今日こうして来てもらったのは、誰よりも早く千花にこの店を見てほしかったからなんだ。僕にとっての君は、特別な存在だから》」

その声音に真剣な響きを感じ取った千花は、驚いて眉を上げる。彼が言葉を続けた。

「《僕は千花のインタビュアーとしての着眼点に、感銘を受けた。君が書いた記事をフランスにいる経営陣にも読んでもらったけど、深い洞察力や言葉のチョイスに、皆とても感心していたよ。彼らと話し合った結果、千花をメゾン・ドレルのPRパーソンとしてスカウトしたいと思ってるんだが、どうだろう》」
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