過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜
 それを思うと、大学時代、やけに樹生は自分に話しかけてきた。出会ったときからそうだった。あれはなんだったのだろう。やはり、声をかけずにはいられないぐらい、頼りない学生に見えていたのだろうか。

 考えごとをしながら歩いていたが、七海はふと、足を止めて振り返った。

(いま、何か視線を感じたような……)

 樹生かとも思ったが、いるはずがない。首をかしげて、ふたたび歩き出す。しかし、どうにも見られているような気がする。

 もし、つけられているなら、このままマンションまで帰るわけにはいかない。駅を通り過ぎ、前方に現れる歩道橋をのぼった。

(やっぱり……)

 同じように誰かが階段をあがってくる。急いで走り出そうとしたときだった。背中に強い衝撃があり、地面に叩きつけられた。投げ出されたバッグから、スマートフォンが飛び出す。

(樹生さんに……連絡しなきゃ)

 伸ばした指の先で、黒いヒールがスマートフォンを踏みつけた。ディスプレイに放射状のヒビが入り、ホワイトアウトを起こしてまぶしく光る。

「あの男に連絡しようとしたって無駄よ」

 頭上から降ってくる声に驚いて、上を見上げた。

「折田さん……?」

 総務の折田梨々子が、冷たいまなざしでこちらを見下ろしている。彼女とは一度会ったきりだったが、挑戦的な目にはまだ、明確な敵意が見えていた。

「どうして……」

 宏弥に頼まれ、梨々子は樹生の結婚を問題にする気だったが、山村部長の懐柔に失敗し、それは防げたはずだった。

「どうしてですって? 副社長が来たせいで、何もかもがめちゃくちゃよっ」
< 66 / 80 >

この作品をシェア

pagetop