過保護な偽装結婚 〜契約妻なのに推し副社長が甘すぎる〜



 夕方になっても樹生は帰ってこなかった。じっと電話の前で連絡を待つしかできない自分がもどかしい。

 十七時を五分過ぎたときだった。目の前の電話が鳴り響く。

「はい。友澤ビルディング副社長室、小塚でございます」
「あ……、やっぱりまだいたのか」

 樹生の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。すぐに戻るというから心配で待っていた、とは言えなかったが、七海はほっと息をついて答える。

「ちょうどいま、帰宅するところでした」
「……そうか。一度、社に戻ろうかと思ってはいるんだが……小塚さんは先にあがりなさい」
「かしこまりました。先に帰らせていただきます」
「そうしてくれ。あ……、じゃあ、またあとで」

 彼の気をそらす何かがあったのか、そっけなく電話は切れたが、何かトラブルが起きたような雰囲気もなかった。

 七海はようやく腰をあげ、帰り支度を済ませると、オフィスをあとにした。

 外に出ると、すでに日は沈み、辺りは薄暗くなっていた。コートを着てきて正解だったかもしれない。今日はやけに冷える。

 定時で帰社する同僚にまぎれながら、駅に向かって歩き出す。

 樹生が副社長に就任してから、女性社員に話しかけられる機会は増えたが、最近はそれもほとんどない。それは彼が、気安く女性社員に話しかけたりしないからだった。高嶺の花である彼が、少しも揺らがないとわかると、意外と誰もがあっさりと身を引いた。
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