君はアイリス
エーファが念押しのように確認すると、フレイザーは柄にもないと自分で思っているらしく、気恥ずかしいような気まずいような表情で「まあ……そう、だな」と歯切れの悪い返事をした。
「パイロットは、いわば消耗品だ。大規模な戦闘が起きればごっそりと人員が減ることも珍しくない。それなのに、一人前のパイロットが育つのには時間がかかる。それらを考慮して無人機の配備も進んではいるが、銀河全体で見れば、有人機の数のほうがまだ多い。となれば、教官という人材も必要なんだ」
少し早口で語るフレイザーは、エーファの目を見て話すのが恥ずかしいらしく、誰もいない食堂内を見ている。
(ベリンガム大尉は……)
先ほどベルツ大佐に、「愚かと言うしかない」と言いきって堂々と対峙したフレイザーの姿をエーファは思い出す。
長年自分を支配し続けてきた圧倒的な存在であるベルツ大佐に対して、あんなにもはっきりと反抗する軍人を見るのは初めてだった。エーファの古巣である第九宇宙団では、ベルツ大佐に真っ向から意見をする軍人など誰一人いなかった。少なくとも、エーファの知る範囲内――それはつまり、ベルツ大佐の権力の及ぶ範囲内ということだが――では、ベルツ大佐への意見など、ましてや揶揄など、到底できるものではなかった。
(ベルツ大佐のことを知らないから……だから反抗できたの?)
いや、そうではない。あの場にいた、ベルツ大佐を知らない第八宇宙団の隊員たちは、エーファ同様に萎縮して何も言えずにいた。初対面の人間さえも、あの体格と迫力で威嚇し、制圧する。ベルツ大佐とはそういう人間だ。
それでも、あの場で唯一フレイザーだけがベルツ大佐に臆さずにいられたのは、彼自身が強いからにほかならない。幼稚な言い方をすれば、負けん気が強い。フレイザーはそういう性格だ。己を強く保てるだけの屈強な心があるのだ。
(強い人……)
そんなフレイザーなら、どんなに口が悪かろうと、未熟な者たちに根気よく教える教官という職種は向いているのかもしれない。常に堂々としており、そう簡単にへこたれない強気の姿勢を見せてくれるフレイザーは、とてもいい見本であり、手本になれるだろう。
(私も……近付きたい)
エーファにとってフレイザーは、上官としてとても頼れる存在だ。たしかに、気は短いし言葉遣いも悪いほうだが、ここに来てからエーファは、彼に対して何一つ、萎縮したこともなければ困ったこともない。部下として彼を支えることを嬉しく思ったし、休暇日に彼と過ごせた時間も嬉しかった。そして今は、セカンドキャリアという先のことも見据えて視野を広く持つ彼のように、自分もなりたいと思う。たくましく力強く、一人の軍人として堂々と背筋を伸ばすフレイザーに、少しでも近付きたい。
フレイザー・ベリンガムという存在は、ほかの隊員とは明らかに違う。いつの間にか、自分にとって何か特別な意味を持った存在になっていた。その彼が未来を見据えて進もうとするのなら、補佐官らしく、その道を支えたいとエーファは思った。
「教育隊への出向は、いつからのご予定ですか。それまでに、戦闘データの精査を終わらせたほうがいいですよね。あの……まだ終わりはかなり遠いのですが……」
自分がフレイザーに対して何か特別な思いを抱いていることを、エーファは自覚した。けれど、意思や行動、感情さえも長年抑えつけられてきたエーファは、自分の心の中に生まれつつある気持ちの名前については、まだわからなかった。
「早ければ来週だ。教育隊側と、何よりこちらの飛行隊の人員調整次第ではあるがな。データの精査だが、急ぐことはない。現在までに完了した分は、すでに技術班に渡したのだろう? それなら、残りは無理のない範囲で進めてくれればいい。それに、今後はお前自身も飛ぶだろうしな。いつまでも内勤ばかりをさせておけん。お前がパイロットとして復帰する際には、別の人材にデータ管理一式の業務を専担でやらせるように、隊長にはお願いをしている」
いつの間にか、エーファの進退――事務作業から離れてパイロットに復帰すること――の準備も進んでいたらしい。
エーファは、ほぼ相談なくフレイザーが事を進めていたことを少しばかり寂しく思ったが、それは表に出さないように、胸中にしまい込んだ。
「わかりました。後任の担当者に、いつでも引き継げるようにしておきます」
「ああ。頼むぞ、ベルツ少尉」
ようやくエーファのほうを向いて、フレイザーは頷いた。
◆◇◆◇◆
フレイザーの教育隊への出向は少し遅くなって、それから二週間後という日にちで決定した。教育隊は飛行隊と同じく、各地の惑星や宇宙にいくつかの拠点を持っているが、フレイザーが行くのは宇宙基地とのことだった。
これは異動ではない。定められた期間が過ぎれば、フレイザーは戻ってくる。だが、その先はどうなるかわからない。何事もなくパイロットとしての日々に戻るかもしれないし、今度は期間限定ではなく、本格的に教育隊に籍を移すことになるかもしれない。エーファはリースからそう聞いていたが、特に何も答えなかった。
そうして、エーファもフレイザーも淡々と引継ぎを終え、フレイザーは教育隊への出発を明日に控えて基地を後にした。
明日は最も早い連絡便で宇宙基地へ行くので、今夜は早めに寝たほうがいい。しかし、賃貸の自分の部屋に帰ったフレイザーは妙に落ち着かない気分に襲われ、気晴らしのつもりで少しのドライブをすることにした。
「パイロットは、いわば消耗品だ。大規模な戦闘が起きればごっそりと人員が減ることも珍しくない。それなのに、一人前のパイロットが育つのには時間がかかる。それらを考慮して無人機の配備も進んではいるが、銀河全体で見れば、有人機の数のほうがまだ多い。となれば、教官という人材も必要なんだ」
少し早口で語るフレイザーは、エーファの目を見て話すのが恥ずかしいらしく、誰もいない食堂内を見ている。
(ベリンガム大尉は……)
先ほどベルツ大佐に、「愚かと言うしかない」と言いきって堂々と対峙したフレイザーの姿をエーファは思い出す。
長年自分を支配し続けてきた圧倒的な存在であるベルツ大佐に対して、あんなにもはっきりと反抗する軍人を見るのは初めてだった。エーファの古巣である第九宇宙団では、ベルツ大佐に真っ向から意見をする軍人など誰一人いなかった。少なくとも、エーファの知る範囲内――それはつまり、ベルツ大佐の権力の及ぶ範囲内ということだが――では、ベルツ大佐への意見など、ましてや揶揄など、到底できるものではなかった。
(ベルツ大佐のことを知らないから……だから反抗できたの?)
いや、そうではない。あの場にいた、ベルツ大佐を知らない第八宇宙団の隊員たちは、エーファ同様に萎縮して何も言えずにいた。初対面の人間さえも、あの体格と迫力で威嚇し、制圧する。ベルツ大佐とはそういう人間だ。
それでも、あの場で唯一フレイザーだけがベルツ大佐に臆さずにいられたのは、彼自身が強いからにほかならない。幼稚な言い方をすれば、負けん気が強い。フレイザーはそういう性格だ。己を強く保てるだけの屈強な心があるのだ。
(強い人……)
そんなフレイザーなら、どんなに口が悪かろうと、未熟な者たちに根気よく教える教官という職種は向いているのかもしれない。常に堂々としており、そう簡単にへこたれない強気の姿勢を見せてくれるフレイザーは、とてもいい見本であり、手本になれるだろう。
(私も……近付きたい)
エーファにとってフレイザーは、上官としてとても頼れる存在だ。たしかに、気は短いし言葉遣いも悪いほうだが、ここに来てからエーファは、彼に対して何一つ、萎縮したこともなければ困ったこともない。部下として彼を支えることを嬉しく思ったし、休暇日に彼と過ごせた時間も嬉しかった。そして今は、セカンドキャリアという先のことも見据えて視野を広く持つ彼のように、自分もなりたいと思う。たくましく力強く、一人の軍人として堂々と背筋を伸ばすフレイザーに、少しでも近付きたい。
フレイザー・ベリンガムという存在は、ほかの隊員とは明らかに違う。いつの間にか、自分にとって何か特別な意味を持った存在になっていた。その彼が未来を見据えて進もうとするのなら、補佐官らしく、その道を支えたいとエーファは思った。
「教育隊への出向は、いつからのご予定ですか。それまでに、戦闘データの精査を終わらせたほうがいいですよね。あの……まだ終わりはかなり遠いのですが……」
自分がフレイザーに対して何か特別な思いを抱いていることを、エーファは自覚した。けれど、意思や行動、感情さえも長年抑えつけられてきたエーファは、自分の心の中に生まれつつある気持ちの名前については、まだわからなかった。
「早ければ来週だ。教育隊側と、何よりこちらの飛行隊の人員調整次第ではあるがな。データの精査だが、急ぐことはない。現在までに完了した分は、すでに技術班に渡したのだろう? それなら、残りは無理のない範囲で進めてくれればいい。それに、今後はお前自身も飛ぶだろうしな。いつまでも内勤ばかりをさせておけん。お前がパイロットとして復帰する際には、別の人材にデータ管理一式の業務を専担でやらせるように、隊長にはお願いをしている」
いつの間にか、エーファの進退――事務作業から離れてパイロットに復帰すること――の準備も進んでいたらしい。
エーファは、ほぼ相談なくフレイザーが事を進めていたことを少しばかり寂しく思ったが、それは表に出さないように、胸中にしまい込んだ。
「わかりました。後任の担当者に、いつでも引き継げるようにしておきます」
「ああ。頼むぞ、ベルツ少尉」
ようやくエーファのほうを向いて、フレイザーは頷いた。
◆◇◆◇◆
フレイザーの教育隊への出向は少し遅くなって、それから二週間後という日にちで決定した。教育隊は飛行隊と同じく、各地の惑星や宇宙にいくつかの拠点を持っているが、フレイザーが行くのは宇宙基地とのことだった。
これは異動ではない。定められた期間が過ぎれば、フレイザーは戻ってくる。だが、その先はどうなるかわからない。何事もなくパイロットとしての日々に戻るかもしれないし、今度は期間限定ではなく、本格的に教育隊に籍を移すことになるかもしれない。エーファはリースからそう聞いていたが、特に何も答えなかった。
そうして、エーファもフレイザーも淡々と引継ぎを終え、フレイザーは教育隊への出発を明日に控えて基地を後にした。
明日は最も早い連絡便で宇宙基地へ行くので、今夜は早めに寝たほうがいい。しかし、賃貸の自分の部屋に帰ったフレイザーは妙に落ち着かない気分に襲われ、気晴らしのつもりで少しのドライブをすることにした。