君はアイリス
 ところが、宇宙戦闘機は機体とパイロットが組にされる。パイロットからしてみれば、唯一無二の「マイ戦闘機」なのである。それを前提として設計されているので、宇宙戦闘機は地上戦闘機と違って、パイロットごとに微細な設定変更が加えられている。他人の機体に乗ると、ほんのわずかだが、各種システムの反応や働きが異なるのだ。当然ながら、機体が全損して廃棄された場合は新しい機体に乗り換えるし、作戦上必要な判断がなされた場合も、別の機体に乗って飛ぶことはある。しかし基本的には、全損でもない限り同一機体に乗り続ける。

 つまり宇宙戦闘機の場合、パイロットの所属が変わるということは、そのパイロットと組になっている戦闘機およびその機体の整備員も、同時に所属が変わるということである。
 そのため、各種手続きが煩雑になるので、宇宙戦闘機パイロットの大きな所属変更というのはあまり行われない。今回のエーファのように、「宇宙団」レベルの異動は非常に珍しいものだ。

「整備員も、前回の作戦の〝関係者〟です。そのため、私と同様に謹慎処分が出ていました。ですから、扱いは私と同様です」
「つまり全員、お前と同じように第八宇宙団(うち)に異動になったわけか。ご苦労なことだ」

 そこまでするとは、いったいうちの飛行隊長にはどんな考えがあるのだろうか。フレイザーはふとそう思ったが、「飛行隊」と一言でくくるこの組織には、かなりの数の軍人がいる。その組織の長である飛行隊長は、一等星大尉にすぎないフレイザーの知らぬ事案をいくつも抱えていることだろう。その飛行隊長を追及することは、藪をつついて蛇を出すことと同義なので、フレイザーはそれ以上、エーファの異動の背景について考えることはしなかった。

「この基地の設備とマップは把握したか」
「データ上では確認しました。昨夜こちらの隊舎に移り、今朝はスペンス大尉の案内で隊舎からここまでまっすぐに来ましたので、実物はまだ見ていません」
「ならば、まずは主要な設備を案内する。お前の機体の整備員も一緒にだ。新参者だけで歩かせると、妙に勘繰る奴が出るからな」

 守護星軍は銀河全体の秩序と平和を守る使命を負った立派な組織だが、その内部では熾烈な派閥争いがある。水と油の関係にあるという組織は決して珍しくないし、そうした争いに政治や民間組織が関わっていることもある。そのため、異動してきた者をスパイか何かだと必要以上に疑う者も時折いるのだ。
 軍内部でそのように互いを疑い合うのは愚かとしか言えない行為だが、残念なことに、過去何件ものスパイ行為が確認されている。大概は軍内部組織の争いゆえの密偵ではなく、軍外部の政治や外交の対立から送り込まれてきたスパイだったが、騒ぎが起きたことは事実なのだ。
 そうした要らぬ騒動を起こさないためにも、エーファたち第九宇宙団からの異動者を、しっかりとこの第八宇宙団の一員として扱う必要がある。

(リースの奴め。そういう雑事こそ、お前がやれよ)

 面倒な役割をあっさりと残していった悪友に、フレイザーは胸中で悪態をついた。
 しかし気持ちを切り替えると、格納庫に内部通信をかけて、エーファの機体の整備員全員を基地内の食堂に集合させるのだった。


   ◆◇◆◇◆


 きれい。まるで宝石みたいだ。
 エーファの視線が向かった先に見えた銀髪。さらりと横分けにされた前髪の奥に見えた、コバルトブルーの瞳。まるで白銀の三日月と、陽光輝く南国の碧海を組み合わせたような眩しさに、しばし見惚れてしまう。それは謹慎処分から一転し、急遽第八宇宙団に異動した初日のことだった。
 それから早くも数日が過ぎた。今日もエーファは、基地内の標準事務室の片隅に根を張って端末に向き合い、戦闘データの精査を続けている。

(ランドルフ・フェザー一等星中尉、機体はF6S1、未精査データは三年分)

 謹慎処分については、特に何も思わなかった。組織の命令は絶対。上官の命令は絶対。ライネヴェジン軍事アカデミーでそうたたき込まれたエーファにとって、それは作戦任務を命じられたのとたいして変わらなかった。

 変化の乏しいエーファの表情をわずかにでも疑念の色に染めたのは、むしろそのあとの異動命令のほうだった。それも、飛行隊内でのチームが変わるというようなレベルではなく、その上の組織である宇宙団が変わるという、めったにないタイプの異動だ。

(まずは増速、減速データの抽出。加えて旋回データのカッティング……)

 通常の人事異動というのは、異動前組織と異動後組織の間で、何かしらのコミュニケーションが図られるものである。ところが、派閥争いのある軍内部で――それも、ライネヴェジン軍事アカデミー出身者、いわゆる「黒服」派で成り立つ第九宇宙団と、シャーラヌス軍学校出身者、いわゆる「白服」派で成り立つ第八宇宙団との間でそれがあったとは、にわかには信じがたい。
 黒服派と白服派は対照的というか、犬猿の仲というか、よく同じ軍を構成しているなと思えるほど、持っている気質が違う関係だ。感情が希薄で特定の個人や集団を憎んだ経験のないエーファですら、その二者の仲の悪さはアカデミー時代から肌で感じている。両者を組成する根底の思想がまったく異なるため、軍人同士だけでなく、互いが有する教育機関同士も、強烈に相手を意識していたのだ。「こちらの人材を送ります。どうぞよろしくお願いします」、「わかりました。受け入れましょう」というような、穏やかなコミュニケーションがとられたうえで人事異動が行われたとは、到底思えなかった。

(三年分となると、二週間では終わらないわね)

 空中に表示されている半透明の電子モニタは三つ。左右と上方だ。正面の物理モニタは電子モニタよりもサイズが大きく、右上には「ランドルフ・フェザー」というパイロット名が表示されていた。

(どうしてここまで放置できたのかしら)
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