君はアイリス

君はアイリス 第2話

「二人とも、今度の休暇は朝十時にイオネスノ広場に集合な」

 基地の食堂でたまたま向かい合って昼食をとっていたフレイザーとエーファは、満面の笑みで近付いてきたリースをそろって見上げた。彼が何を言っているのか理解ができず、フレイザーの表情には苛立ちが滲む。また、エーファは無表情だったが頭の上には疑問符が浮かんでしまった。

「〝テンペストの翼〟っていうカフェが評判なんだよ。ちょっと遠くにあるけど、ドライブがてら行こうぜ。あ、フレイザーの車でよろしくな」
「人の休暇の予定を勝手に決めるな」
「だからこうして、前もって打診してるじゃん」
「決定事項のように言うのは打診とは言わん!」

 フレイザーが少しばかり大声を出すと、リースは「どうどう」と両手のひらをフレイザーに向けて苦笑した。

「どうせ予定なんかないだろ? あ、きれい好きなフレイザーは部屋の掃除でもする? 外住まいだと物が増えて面倒だし、転勤だって結構あるんだから、お前も隊舎にいればいいのに。物好きだよなあ」

 独身の軍人は、その多くが基地内、または基地付近にある軍の隊舎に住まうものだ。しかし強制ではないので、希望者は民間の賃貸住宅に住む場合もある。結婚などをして家族ができた場合は、どこかに家を買うのも普通だ。
 この三人の中では、フレイザーだけが基地の外にある民間の集合住宅の一室に住んでおり、リースとエーファは隊舎暮らしだ。

「どこに住もうが俺の勝手だ」
「まあ、女を連れ込むなら隊舎じゃ融通が利かねぇしな」
「ここは食堂だ。発言には気を付けろ、スペンス大尉」

 フレイザーはわざと名字と階級でリースを呼び、睨みつけながら咎めた。
 外部と遮断されることが多く娯楽の少ない軍隊において、他人の色恋沙汰ほど都合のいい楽しみはない。恋愛事というのは、不定期にそこかしこで発生し、発展し、推移し、第三者としては面白おかしく聞いていられる。それが猥談にでもなろうものなら、特に若い男性軍人の間ではいい肴になるものだ。
 フレイザーもリースも軍人生活を始めてから八年近くになるが、その間、異性との個人的な交流が皆無だったわけではない。ここ最近は仕事ばかりだったが、隊舎住まいでないフレイザーは、わりと頻繁に色恋沙汰の噂話をされていた――その内容が真実かどうかは別として。

「とにかく、十時にイオネスノ広場な。エーファちゃんもよろしく」

 そう言いながらウインクをして去っていくリースの足取りは軽い。残った二人の間には、反比例するように重い空気が流れた。

「行かなくていいぞ、ベルツ少尉」

 フレイザーはちらっとエーファを見てから、つっけんどんに言った。

「ですが、スペンス大尉が待ちぼうけになってしまうのでは?」

 フレイザーに視線を返したエーファは、広場で一人立ちすくむリースを想像して懸念する。

「問題ない。あいつが一日中俺たちを待っていようが、俺たちの知ったことではない」

 そう言いきるフレイザーに、エーファはしばし黙り込んだ。
 フレイザーとリースは同僚というだけでなく、軍学校時代からの友人だ。気心の知れた友だからこそ、フレイザーはリースをぞんざいに扱うことに罪悪感はないのだろう。リースのほうも、こうして脈絡なくフレイザーを遊びに誘うことは、今までも気兼ねなくやっていたに違いない。

「スペンス大尉に悪いので、私は行きます。スペンス大尉の言うとおり、予定は何もありませんから」

 フレイザーと同じようにリースを粗略に扱うことは、当然ながらエーファにはできない。休暇をリースと過ごしたいわけでも、「テンペストの翼」というカフェに行きたいわけでもないが、階級が上の者からの誘いを断る理由が自分の中に見当たらないので、これも命令だと思うことにして、エーファは「午前十時イオネスノ広場」という予定をしっかりと頭の中にインプットした。

「おい、本気か」
「はい」
「お前は流行りだのカフェだの……そういうのに興味があったのか」

 エーファが第八宇宙団の所属になってから、ひと月以上が経っている。その間にフレイザーが抱いた彼女への印象は、とにかく硬くて起伏のない、まるで機械人形のようだ、というもの。あけすけに表現するならば、とても十代の女性とは思えないほどにつまらない人間だった。黄色い声で笑うこともなければ、そもそも喜怒哀楽などの基本的な表情でさえ、ほとんど見せることはない。せいぜい怪訝、疑念、そういったものが、わずかに動く眉に見て取れるぐらいだ。

「いえ、特に興味はありません」

 定型文を発信する機械音声のような、エーファの返事。
 だろうな、とフレイザーは思った。その堅苦しい返答の仕方といい、軍服を着て上官の命令に従っているだけの姿が、彼女のすべてのように思えてならない。

(こいつが行くなら、リースを見張るために俺も行かないといけないじゃないか)

 それ以上会話を広げることはせず、フレイザーは胸中で大きくため息をついた。
 軽薄そうに見えるリースだが、無謀な火遊びをする性格ではない。そのことを、長年の付き合いであるフレイザーは承知している。だが、リースとエーファを二人きりにさせることに、どことなく抵抗感がある。彼女が第九宇宙団からの転属者で、しかもなぜか前の組織で謹慎処分を食らっているという、いわくつきの人物だからだろう。

(リースめ……あらゆる費用は奴の財布から出させてやる)

 フレイザーは不機嫌そうに片眉を上げたまま、黙々と食事を終えた。


   ◆◇◆◇◆


「いや~、やっぱフレイザーのこの車、いいよなー」

 そしてむかえた休暇日。きちんと集合時間ぴったりに現れた二人の姿を見て、リースはご機嫌だった。苛立ちで目元がキリッとつり上がっているフレイザーに睨まれても、まったく意に介していない。それどころか、黒いシャツに黒いズボンというスタイルのエーファに、「私服もなんか軍服みたいだね」と親しげに話しかけていた。

「助手席に座らせちゃったけど、エーファちゃん、ナビのやり方とかわかる?」

 イオネスノ広場で集合した三人は、少し離れたパーキングに止めてあったフレイザーの乗用車に乗り込んだ。たいして乗る機会のないそれは新品同様で、助手席のリクライニングシートの動きはぎこちなく、後部座席の背もたれの革は、まだ独特の匂いを放っていた。
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