君はアイリス
(軍人家系の苛烈な父親に抑圧されて、今のあいつになったわけか)

 フレイザーはリースと違って、決して社交的で朗らかな人間ではない。常ににこにこしている、といった雰囲気からは程遠く、普段から軍人らしく、一定の緊張感を保っている。だが、リース個人への苛立ちや怒りをあらわにするように、豊かに感情表現をすることはある。決して無感情な人形のような性格ではない。
 一方のエーファは、一切持ち合わせていないかのように感情や情緒がなく、まるで人工知能搭載の人形と会話をしているようだった。いや、プログラムされているとはいえ、機会があればユーモラスな発言をすることもあるだけ、人工知能のほうがまだ人間味があるかもしれない。

(もったいない……)

 ふと、フレイザーはそう思った。
 エーファの表情の変化はとても少ないが、その顔立ちはどこか猫を思わせる。アーモンド形の目、薄茶色の瞳、紅の一つも差していない唇だが、笑えば大きくつり上がるのだろう。
 そう、笑えばいい。少しでもいいから、彼女が笑うところを見てみたい。今日は少し、硬かった表情がやわらかく動いている瞬間もあったが、もっと様々な表情を見てみたい。フレイザーはそんなことを思った。

「とにかく、エーファちゃんが単独で何かをやらかしたってわけじゃないことは間違いない。〝ジーニアスの舞踊〟も、まあ、過大評価かもしれないけど、実際に宇宙戦艦を護ったのは事実だ。残念だな、せっかくなら彼女の操縦の腕前を、ちょっとでも見たいもんだ」
「それは無理だろう。飛ばないことを条件に、うちにいるようなもんだ」

 曲がりなりにもパイロットならば、飛べない時間が長くなると練度が落ち、多大なる不安が育つものだ。果たして自分はもう一度飛べるだろうか、感覚は戻るだろうかと。
 しかしそのような不安さえも、エーファからは読み取れない。それほど宇宙戦闘機に愛着がないのかもしれないが、彼女の感情というものは芽吹くことすらできないままでいるのだろう。

「ベルツ大佐の作戦の正当性が証明されれば、エーファちゃんも飛べるかね。でもさ、ちょーっと気になる噂話があるんだよねえ」
「なんだ。もったいぶらずに言え」

 先ほど、運転中にちらりと横目で見たエーファは、いつの間にかすやすやと寝入っていた。初めての遊園施設で一日を過ごし、慣れないことばかりで疲れたのだろう。あまりじろじろと見るものではないと思ったが、勤務時間中に見る機会などあるはずがない彼女の寝顔に、フレイザーはなんだか落ち着かない気持ちになった。
 そんなフレイザーを少しからかったあとに、リースは言ったのだ。エーファだけを隊舎で降ろして、そのあと少し話せないか。エーファについてわかったことがあると。その核心には、まだ触れられていないはずだ。

「たぶん、こっちが本題だな。エーファちゃんの父親のベルツ大佐は、自分が敵対している政治家と対立している政治家と、コンタクトをとっているらしいんだ」
「つまり、敵の敵は味方……ということで利用しようというのか」
「そういうこと。まあ、それだけなら珍しい話じゃない。そういう形での争いが好きなおっさん同士、好きにやってくれって感じだな。ただ、なぜかそのやり取りに、エーファちゃんの名前が出てきてるらしいんだよ」
「なぜだ?」
「うーん、それはわかんねぇな。でも、ベルツ大佐は自分の出世と権力拡大が最大の目的っぽい人だ。娘を遊園地に連れていったこともない父親が、よりにもよってこの局面で娘自慢なんかするはずがない。必ず、何か狙いがある……ってことで気を付けてくれよな、ベリンガム大尉!」

 リースは後部から手を伸ばすと、バチン、と音がするほどの強さでフレイザーの肩をたたいて激励した。

「痛い、やめろ! なんで俺に頼むんだ!」
「そりゃお前、便宜的な措置とはいえ、エーファちゃんはお前の補佐官だからだよ。部下の安全監督は上官の義務でもあるんだぜ?」
「ベルツ大佐は第九宇宙団だろう。第八宇宙団の所属になったベルツ少尉に、わざわざちょっかいをかけると思うのか」
「あー、ややこしいから〝エーファちゃん〟でよくね? まあ、普通ならよその宇宙団にちょっかいなんてかけないけどよ。ベルツ大佐はそんな甘っちょろい人じゃないんだよなあ」
「まさか、娘を連れ戻すというのか。わざわざ何のために?」
「自分の保身に利用するためだろ。エーファちゃんはたぶん、ろくに愛情もかけられず、軍人として生きることを強制されたんだ。そんなふうに育てる父親だぜ? 十八歳の娘なんて、使い勝手がちょうどいい頃合いじゃねぇか」

 リースはよほど、エーファの父親についてよろしくない噂話ばかり耳にしたのだろう。ロバート・ベルツについて、リースの物言いはとても冷たかった。

「何かが予期されるとしても、それはまったくの憶測にすぎない。俺たちにできることは、現段階では何もない」

 フレイザーはそう言うと、車のエンジンをかけた。リースから聞けることは、これで終いだ。これ以上はただの妄想になるだけで、具体性がないと判断した。

「お前に言われずとも、自分の補佐官の監督はきっちり行う」
「頼むぜ、未来の指揮官様。いや、教官様か? かわいいエーファちゃんがかわいそうな目に遭うのは、嫌だもんな」

 軽薄な台詞を気安く吐くリースを、フレイザーはバックミラー越しに睨みつけた。
 これまでは機械のように無表情で無感情だったエーファが、「楽しかったです」と言って見せた、雪解けの最初の一滴を思わせるような儚い笑顔。初めて彼女が見せたその小さなほほ笑みは、とてもかわいかった。リースなんかに見せず、自分だけに見せてほしいと思わず欲張ってしまうほどに。

(ちっ……何を考えているんだ、俺は)

 フレイザーはそんなことを考えた自分に、胸の中で舌打ちをする。
 そして、先ほどよりも少しだけ乱暴な運転でリースを男性用隊舎に送り届け、帰宅するのだった。


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