君の隣は、呼吸ができる
その時――

「若葉ちゃん、おはよー」

底抜けに明るい声が空気を変えた。
振り返ると、会社の男の先輩が立っている。

「あ、おはようございます……」

先輩がこちらに近付く。

「いつもこんな早いの?」
「今日の訪問なきゃ、俺はまだ寝てる時間だぞ」

そう軽く笑いながら、「無理すんなよー」と言われた。

先輩が、「どうも」と真樹に会釈をする。
真樹も小さく挨拶をしたけれど、その言い方がなんとなく冷たく聞こえた。
いつもの彼じゃないみたい。

さっきよりも濃くなった真樹の影に不安が増した。

「先、行ってるぞー」

真樹のそっけない態度を、先輩は気にしていない様子で歩き出す。

「あ、はい……」
「……じゃあ、私も行くね……真樹」

一歩も動かない真樹の横をそっと通っていく。

すれ違いざまにほんの少し見上げると、彼は軽く手を上げた。

いつもとは違う。無理に作ったような、遠い笑顔。

それを見た瞬間、胸がチリッと痛んだ。


いつも通りに戻れたはずなのに。

今、離れるのが寂しい。

忘れていたわけじゃない。
やっぱり、知らないフリなんてできない。

真樹が、私の隣からいなくなるかもしれないということを――
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