君の隣は、呼吸ができる
真樹が口元を緩めながら、ハンカチでおでこを拭いた。

「この時間って混むよねぇ……」

そう言って私もハンカチを取り出して、顔を仰ぎながらヘラッと笑う。

汗だくの車内を脱出したけれど、外は外で、逃げ場のない熱気。
夏の本番はこれからだというのに。

「これからもっと暑くなると思うと怖いよー」

そう言いながら、胸に手を当てて、息切れしてる風におどけて見せた。

――その瞬間。
真樹の笑顔がふっと消えた。

「……ごめん、若葉」
「もう少しの辛抱だから……」

聞いたことのない声だった。
低くて、静かで、弱々しい響き。

「え……?」

(辛抱って……何が?)

逆光のせいで、真樹の表情がよく分からない。

途端に胸の奥がざわつく。
人の行き交う足音だけがやたら大きく響き始めた。

影の中に溶け込んだ真樹を、食い入るように見つめる。
必死に見上げすぎて、首の後ろにじりじりと鈍い痛みが走る。

口が開かない。続きを、聞きたいのに。

(でも、なんか怖い……)

ハンカチを握る手に力がこもる。
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