君の隣は、呼吸ができる
数メートルの距離。
彼も、同じ信号を待っていた。

(休憩中かな?)

手を振ってみようとして、上げようとした腕が、動かせなかった。

……今朝の真樹を思い出して、気まずいからだ。


それに、真樹は数人に囲まれていた。
たぶん職場の人たちで、上司っぽい男の人と、綺麗な女の人もいる。

自然に笑っていて、私の知らない真樹に見えた。

背の高い女の人が真樹に話しかけて、彼は軽く顔を傾けて何度も頷く。

(……楽しそう)

私がいないところではあんな顔して笑うんだ。

その時、人混みの流れに押されて、上司らしい男の人が通行人とぶつかりそうになる。
真樹は何気なく立ち位置を変えて、自分が壁になるように一歩前へ出た。

そのまま人の流れが過ぎると、何事もなかったように元の場所へ戻る。

誰も気に留めていなくて。
気付いたのは、たぶん私だけ。

背筋を伸ばして立つ彼は、いつもよりずっと大人に見えた。

女の人が笑顔で何か話しかけるたびに、変な息苦しさを感じていく。


(!!!)

真樹が、不意にこちらを向いた気がした。

「あわわわわ……っ」

慌てて視線を逸らす。

(うげっ)

勢いよく顔を動かしたせいで、首の筋が嫌な音を立てた。

見つかりたくない。今の、誰かの隣で笑っている彼には。
私は肩をすくめ、小さく身を縮めた。


「やば、会議に遅れるかも」
「若葉ちゃん走るぞー!」

電話を切った先輩が、勢いよく私の手首を掴む。

「ええっ!?」

ちょうど信号が青に変わり、先輩の掛け声とともに人混みの中へ飛び込む。

「ひゃーーーっ!!」
「ひぃぃぶつかる怖い! た、助けてーーー!」

一瞬、真樹の方へ顔を向きかけた。
でも、勢いよく引っ張られて、振り返る余裕はなかった。

走る振動が、ズキズキと首に響く。
その痛みに急かされるように、胸のざわつきはさらに激しさを増していった。


引っ張られるまま走りながら、私は掴まれた右の手首を見下ろす。

ストライプのシャツから伸びた腕は男の人らしくて。
先輩の手も、真樹と同じようにゴツゴツしている。

なのに。

何の温度も感じなかった。
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