君の隣は、呼吸ができる
✴

終電より少し前の車内は、思ったより空いていた。
電車に揺られながら、並んで座っている私たち。

(お酒の匂いがする……)

「ねえ、結構飲んだの? 明日も仕事だよ?」

「大丈夫。軽くだから……」

(軽く!?)

絶対に嘘だと思った。
お酒に強い人なのに、ここまで酔っているのは真樹らしくない。

それから、『誰と飲んでたの?』と聞きかけて、私は口を閉じる。

きっと、「会社の人」とだけ答えるだろう。

そこから『何人くらいで?』『女の人もいたの?』と、問い詰めるように聞いてしまいそうだった。

(ハッ!)
(そう言えば先輩が、お昼の時……)

『……まあ、酒が入った時かなー』

(ま、まさか真樹……)

わなわなと震えだす。

(そのまま誰かと……お、男と女になってないよ……ね!?)

きっと、どんな返事をされても、私のモヤモヤは晴れそうにない。

(まさかね……)

軽くため息をついて、小さく笑った。


「「……今日の昼……」」

同時に口を開き、二人とも驚いて言葉を止めた。

「えっと、何?」

「若葉から言えよ」

「えー……」

それきり、また沈黙が流れる。

外で見かけたことを言おうとして、気付かないフリをしていたのを思い出す。

――だから、やっぱり言えなかった。



真樹も、そのまま何も言わない。
伏せられた視線が、さっきから私の手元に向けられている気がして落ち着かない。

何も話すことなく、時間が過ぎていく。

規則的な走行音と低く響く冷房の音が、私たちの沈黙を埋めていく。

しばらくすると真樹がウトウトし始めた。

ちらりと見上げると、彼の黒い前髪に白い糸くずが付いていた。
それをつまみ取ってから、乱れた横髪を耳にかけてあげる。

「う~ん……」

真樹の口が、むにゃっと動く。

そして、電車の揺れと合わせてグラリと顔が近付いてきた。

――コツン。

「いたぁっ」

真樹の頭が、私の頭に一瞬乗っかる。
ズシンときた重みは、揺れに合わせてすぐに離れていった。

(もー、この酔っ払いは……)

じろりと見上げると、彼は気持ちよさそうな顔で眠っている。

「あ……」

目を閉じた顔は、小さい頃の真樹と重なった。

(まつ毛、相変わらず長い)

大人になっても変わらないところを見つけて、思わずクスっと笑う。
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