君の隣は、呼吸ができる


終電より少し前の車内は、思ったより空いていた。
電車に揺られながら、並んで座っている私たち。

(お酒の匂いがする……)

「ねえ、結構飲んだの? 明日も仕事だよ?」

「大丈夫。軽くだから……」

(軽く!?)

絶対に嘘だと思った。
お酒に強い人なのに、ここまで酔っているのは真樹らしくない。

それから、『誰と飲んでたの?』と聞きかけて、私は口を閉じる。

きっと、「会社の人」とだけ答えるだろう。

そこから『何人くらいで?』『女の人もいたの?』と、問い詰めるように聞いてしまいそうだった。

(ハッ!)
(そう言えば先輩が、お昼の時……)

『……まあ、酒が入った時かなー』

(ま、まさか真樹……)

わなわなと震えだす。

(そのまま誰かと……お、男と女になってないよ……ね!?)

きっと、どんな返事をされても、私のモヤモヤは晴れそうにない。

(まさかね……)

軽くため息をついて、小さく笑った。


「「……今日の昼……」」

同時に口を開き、二人とも驚いて言葉を止めた。

「えっと、何?」

「若葉から言えよ」

「えー……」

それきり、また沈黙が流れる。

外で見かけたことを言おうとして、気付かないフリをしていたのを思い出す。

――だから、やっぱり言えなかった。



真樹も、そのまま何も言わない。
伏せられた視線が、さっきから私の手元に向けられている気がして落ち着かない。

何も話すことなく、時間が過ぎていく。

規則的な走行音と低く響く冷房の音が、私たちの沈黙を埋めていく。

しばらくすると真樹がウトウトし始めた。

ちらりと見上げると、彼の黒い前髪に白い糸くずが付いていた。
それをつまみ取ってから、乱れた横髪を耳にかけてあげる。

「う~ん……」

真樹の口が、むにゃっと動く。

そして、電車の揺れと合わせてグラリと顔が近付いてきた。

――コツン。

「いたぁっ」

真樹の頭が、私の頭に一瞬乗っかる。
ズシンときた重みは、揺れに合わせてすぐに離れていった。

(もー、この酔っ払いは……)

じろりと見上げると、彼は気持ちよさそうな顔で眠っている。

「あ……」

目を閉じた顔は、小さい頃の真樹と重なった。

(まつ毛、相変わらず長い)

大人になっても変わらないところを見つけて、思わずクスっと笑う。
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