いつか、心は赤い糸の結び目を忘れる。

永遠の檻

あの悪夢のような夜から数週間後、神楽麗奈の妊娠が発覚した。
「おめでとうございます、麗奈さま! 柊家の跡継ぎですわ!」
「これで私たちの勝ちね。あの男も、この家も、すべて私の思い通りよ」
産婦人科の診断書を手に、高笑いする麗奈。
柊家と神楽家は大歓喜に沸き、二人の結婚式は国を挙げるほどの規模で盛大に執り行われた。
麗奈の計画は完璧だった。薫の肉体を奪い、跡継ぎを宿し、未来のすべてを手に入れた――はずだった。
しかし、麗奈の腹がどれだけ大きくなろうとも、無事に元気な子供が産まれようとも、彼女が望んだ「真の勝利」が訪れることはなかった。
なぜなら、薫の心は、あの最悪な夜を境に完全に死んでしまったからだ。
「薫、見てちょうだい。あなたにそっくりな可愛い男の子よ。ねえ、少しは抱っこしてあげたら?」
豪華な揺り籠の前で、麗奈がどれだけ愛を乞うても、薫は冷徹な仮面を張り付けたまま、我が子にすら視線を向けない。
薫の瞳は濁り、そこに光は一切宿っていなかった。
麗奈が手に入れたのは、義務だけで動く、冷え切った男の肉体という「殻」だけだったのだ。
薫の視線が向かう先は、いつもただ一人。
部屋の隅で、感情を失った人形のように佇み、お仕着せのメイド服を着て控えている梨央の姿だけだった。
薫の魂は、心は、今も、そしてこれからも永遠に梨央だけのもの。
どれだけ麗奈が権力で縛り付けようとも、薫の愛を奪うことだけは不可能なのだと、麗奈は思い知らされる。
「…どうして。どうして私を見ないのよ!!」
狂ったように叫び、薫にすがる麗奈。
だが、薫の冷たい一瞥すら彼女には届かない。
麗奈は生涯、夫に一瞬たりとも愛されることのない「孤独な女王」として、嫉妬と絶望の炎に焼かれ続けることになった。
一方、梨央の心もまた、あの夜の「声」を聴かされた瞬間に粉々に砕け散っていた。
もう薫と視線を合わせることも、涙を流すことすら忘れてしまった。ただ機械的に麗奈に仕え、愛する人が他の女の夫となり、父親になっていく姿を特等席で見せつけられる毎日。死ぬことすら許されない、生きながらの地獄。
誰も救われない。誰も幸せになれない。
奪い、勝ったはずの麗奈は、一生愛されない絶望に狂い。
守るために屈した薫は、抜け殻のまま別の女を抱き続ける地獄に堕ち。
心を破壊された梨央は、かつて愛した人の傍らで、永遠に乾いた涙を流し続ける。
歪んだ愛の檻の中で、三人は壊れた時計のように、終わらない悪夢をただ繰り返すのだった。
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