月影の彼方
第一話 守り憑き
生まれた時から"それ"はずっと俺のそばにいた。
俺を守ってくれた。
「不気味な子。殺しても死なないのよ」
俺を引き取ってくれた遠縁の親戚がそう吐き捨てる傍で、俺の体を抱きしめながら親戚を睨むその姿は、その人たちには見えていない。
「月島の家には喧嘩を売るな」
昔、そんなふうに言われていたこともあるらしい。
守護霊、といえば聞こえはいいが、その存在がそんな優しいものではないことを俺は知っている。
滑落事故で俺以外の親戚家族全員が死んだのは、俺が八歳の頃だった。
「事故だったって」
「ベルトが壊れてたって」
「猛吹雪で救助隊も近寄れなかったらしいわよ」
皆が事故だと言った。
だけど。
事故の話を聞いた時、俺の隣でリッカは何も言わなかった。
俺はお留守番という名の置いてけぼりで一人東京の家にいた。
その事故のニュースを聞いたのは、事故の翌日、尋ねてきた警察からだった。
「月島晴人くんだね」
五歳の時に両親を亡くしていて、身寄りのなかった俺は、施設に預けられた。
「あいつだよ、"守り憑き"」
「あいつには喧嘩売るなよ。殺されるぞ」
「月島の"つき"って、元々守り憑きの"つき"から来てるらしいぞ」
俺には友達がいなかった。
みんな俺を遠巻きにヒソヒソとそんな話をしている。
でもそれが寂しいとは思わなかった。
「晴人。これ食うか?」
「食べないよ。てか、食べれない。お前食べな」
カエルの足を差し出され、苦笑いしながらそう返す。
俺の目の前で銀色の長い髪を揺らし、美味しそうにカエルの足を頬張る"それ"が、唯一の話し相手だった。
「なぁ、リッカ」
「ん?なんだ、晴人」
「それ、美味しいのか?」
「うまいぞ!だが晴人はいらんと言ったからな!もうない!」
「いらないよ」
他の人から見たら、何もいないところに向かって一人で喋っている不気味なやつ。
だけどそんな視線にももう慣れた。
リッカは、俺が笑っていれば何もしない。
俺が平和に暮らしていれば、俺の周りのやつらも平和に暮らせる。
そう、学んだ。
「なぁ、今度新しい入所者が来るらしいぜ」
「え? 男の子? 女の子?」
「男だって」
学校から帰ると、そんな話をしながら施設の子どもたちが出てきた。
入れ違いで玄関に入る。
みんな、俺とすれ違う瞬間だけ話を止める。
「……」
「……そういえばさぁ」
いつものことだった。
特に気にもならない。
「晴人」
その時、リッカが声をかけた。
「何?」
「今日の夕飯はカレーだぞ」
「なんでわかるんだよ」
「むろん、匂いがした」
「お前はどうせ食べないだろ」
「晴人はカレー、好きだろう」
その言葉に、思わず笑みが零れる。
「そうだな」
その日の夕飯を食べ終えた後だった。
「部屋でトランプしようぜ」
誰かがそう声を上げる。
「いいね! 今日は何? ババ抜き? 神経衰弱?」
「大富豪だろ!」
「ブラックジャックやろうぜ!」
子どもたちが口々に騒ぎ出す。
その輪から離れ、食べ終わった食器を流しへ戻す。
そして俺は、一人で食堂を出た。
その後を、リッカがついてくる。
「……晴人。今日はどうする? 将棋でもやるか?」
「将棋は難しくてよくわからないよ。オセロがいい」
「またオセロか?」
リッカのつまらなそうな顔を見て、思わず吹き出した。
「お前、オセロ嫌いだよな」
「嫌いではない! 晴人が強すぎてつまらんのだ」
「なんで将棋は強いくせにオセロは弱いんだよ」
「全然違うだろう」
たわいもない話をしながら部屋へ戻る。
「……なぁ、晴人」
「ん?」
「友達が欲しいか?」
その言葉に、思わず足を止めた。
「なに?」
「……いや。なんでもない」
リッカはそれ以上何も言わなかった。
翌日の放課後。
グラウンドの横を通り、正門へ向かっていた時だった。
「危ない!」
突然響いた怒声に、思わず立ち止まる。
ヒュン
何かが飛んでくる音。
ぶつかる。
そう思って目を閉じた瞬間だった。
「……?」
恐る恐る目を開ける。
そこには、飛んできた野球ボールを掴んだリッカの姿があった。
「……大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
リッカが手を離す。
ボールは地面へ落ちた。
リッカの姿が見えない人からすれば、晴人に当たる寸前で宙に止まったボールが、次の瞬間、真下へ落ちたように見えただろう。
「おい、見たか今の」
「……あいつだろ。月島の」
「やっぱり……」
途端に向けられる視線。
ひそひそと交わされる声。
俺は小さく眉をひそめた。
「……行こう、リッカ」
「……ああ」
俺にはリッカがいた。
それでいいと思っていた。
誰に何を言われようと、リッカがいれば大丈夫だ、と。
だから。
寂しいなんて、思ったこともなかった。