月影の彼方
第三話 友達
それからしばらくして。
施設の毎年恒例の行事の季節がやってきた。
いつからあるのかよくわからないその行事の名は、親睦会。
施設のみんなで少し遠くの山に登り、登り切った山頂で野外炊飯をして自分たちが作ったご飯を食べる。
正直意味があるのか疑問な行事。
今年は新入りもいる、ということで、職員が少し張り切っていた。
「じゃあ、班を作ってもらいます。年齢層が固まらないように、各学年1人〜2人くらいずつ、計6人で1チームを作ってください」
学校でもよくあるこの手の班分けが、昔からとても苦手だった。
当然、俺と組みたいやつなんているわけもなく、毎年余った俺を受け入れる班にとっては罰ゲームのような物だったから。
「昔月島のこと泣かせたやつが足の骨折る大怪我したんだぞ」
「泣かせなきゃいいじゃん。逆に笑わせてみたら?」
「は?」
「晴人くんのこと怪我させちゃった子は、交通事故で入院しちゃったんだよ」
「偶然だろ。何でもかんでも結びつけんなよ」
「違うって。守り憑きのせいだよ。お前も気をつけたほうがいいぞ」
「はいはい。ご忠告どうも」
晃の態度に施設の子供達は不服そうな顔をしている。
だけど晃だけは笑っていた。
「てことで、俺晴人と組むわ!」
「は?」
ザワザワ、と周囲が騒ぎ出す中、晃は当たり前みたいに俺の隣に立つ。
「よろしくな!」
晃がふと俺の後ろへ視線を向ける。
リッカの視線が、僅かに細くなる。
そして。
「お前の後ろのやつ、すげー怖い顔でずっと睨んでる」
その言葉に、いよいよ驚いて言葉を失った。
「……見えるのか?」
ゴクン、と唾を飲み込む。
「俺、昔から見えるんだ。人ならざる物っていうの?そういうの。で、そういう奴が危険なやつかそうじゃないやつかも、わかる」
晴人の顔が強張る。
「お前の後ろのやつは、優しいやつだな」
「え?」
「お前の幸せだけを願ってる」
晴人は何も言えなかった。
「……お前」
その時、リッカが低い声を落とした。
「ん?」
「何者だ」
晃は、声を抑えることもなく、続ける。
「俺の先祖、陰陽師?なんだって」
「陰陽師……」
「詳しくは知らねぇけどさ。昔から家に変なの寄ってくるんだよな」
へらっと笑う。
「おかげで小さい頃から、こういうの見慣れてる」
リッカの眉が、ぴくりと動いた。
「前にも言ったけど、俺はお前と仲良くなりたい。そしてその後ろのやつとも。安心しろ。俺はこいつを傷つけない」
最後の言葉は俺に言ったんじゃないことはわかった。
リッカの空気が変わる。
張り詰めていたものが、ふ、消えた。
金色の瞳が、静かに晃を見つめる。
「リッカ?」
「……変なやつだな」
「よく言われる」
晃は、楽しそうに笑うと、
「よろしく」
そう言って手を差し出した。
どうしたらいいかわからず、リッカを見上げる。
リッカは、俺の視線に気付くと、刹那に視線を揺らし、微かにうなづいた。
親睦会当日。
俺は班の連中より少し後ろを歩いていた。
毎年恒例の嫌いな行事に、朝から憂鬱だった。
だけど今年は、その俺の隣を、当たり前のように晃が歩いていた。
「なぁ、お前ちゃんと飯食ってんのか?」
「は?」
「細っこいから」
「久しぶりに会った親戚か?」
「はは。冗談も言えんじゃん」
リッカは何も言わずに後ろをついてきた。
班のやつらは少し離れた前を歩いている。
俺と晃は、そんな会話をしながら山を登っていた。
主に晃が1人で喋っているだけだったが。
「俺、最初お前とは仲良くなれねーかもって思ってたんだわ」
「は?」
「だってよ、なーんか、俺は他の人とは違いますー。特別ですー。みたいな空気出してたし」
「そんなことない」
「いっつも一人で隅っこにいてさ、俺が初日話しかけた時もお前無視したろ」
それは、リッカが晃を敵視していたからだとは言えなかった。
「リッカもさ、こいつに話しかけんなみたいな顔でずっとお前の後ろに立っててさ。俺が見えてんのわかっててめっちゃガンつけてきたんだぞ」
だろうな。
「でも話してみたらめっちゃいいやつで、リッカも全然怖くねーし!」
「……怖くないのか?」
「怖くねーよ!ただお前のことめっちゃ大事にしてんなーってはわかったけど」
「……俺も、最初お前のこと苦手だった」
「まじ?」
「なんか距離近いし、うるさいし」
「ひでぇな」
その時だった。
リッカが立ち止まる。
「……妙だな」
「なにが?」
「妖が騒いでいる」
リッカがそう呟いた直後だった。
「うわ!」
「キャッ!!」
前を歩いていた班の中心あたりで悲鳴が上がった。
「なんだ!どうした!?」
晃が真っ先に駆け出した。
「足に急に痛みが走った」
見ると、班の1人の男の子が足を抱えて蹲っている。
「血が……」
次の瞬間。
「痛っ」
その隣で、また違う悲鳴が上がった。
「きゃーー!」
その場がパニックになる。
「……リッカ」
晴人が一歩前に出た時だった。
「晴人!」
晃の声が響く。
次の瞬間。
ヒュッ
鋭い風が頬を掠めた。
晃に肩を掴まれ、無理やり引き寄せられる。
「っ!」
その直後。
晃の足から血が吹き出した。
「晃!」
晃はその場に膝をつく。
膝下がパックリと切れていた。
「先生呼んでくる!」
「みんな下がれ!」
子供達と職員たちが慌ただしく動き回る。
最初に傷を負った二人は、幸い傷が浅かったらしく、応急処置を受けながら麓へ向かうことになった。
だが、晃の足から流れる血は明らかにそれとは違った。
「ってぇ……」
晴人は焦ってリッカを呼ぶ。
「リッカ!頼む!晃を助けてくれ!」
しかしリッカは顔を顰めた。
「俺は晴人以外は助けない」
「リッカ!」
晴人が誰かの為に必死になるのは初めてだった。
リッカは、はぁ、と大きなため息をつくと、血を流す晃を担ぎ上げた。
「……麓までだ」
「ありがとう!」
晴人が安心したように息をつく。
その時、晃が何かを見つけたように声を上げた。
「うわ!鎌鼬だ!俺初めて見た!」
「おい、動くなって」
晃の目線の先。
そこにいたのは、小さな二匹のイタチのような生き物。
だが、その手は鎌の形をして、鋭利な刃がついていた。
「可愛い」
「は?あれが?」
晃の言葉に晴人は驚き、リッカは呆れたようにため息をついた。
「最初に怪我をした奴らの傷は威嚇だ」
リッカが低く呟く。
「威嚇?」
「縄張りに入った者への警告だろう」
リッカが鎌鼬を睨むと、鎌鼬たちはビクッと真上に飛び上がり、そのままどこかへ姿を消した。
「鎌鼬。森に昔から住む妖怪だ。やつら、俺の妖気に呼応して出てきたんだろう。すまなかった」
「気にすんなよ」
晃は笑いながらそう返す。
「まぁ、俺が助けなくても晴人のことならリッカが守ったんだろうけどさ」
そして少し照れくさそうに頭を掻いた。
「俺、そういうの考える前に体が動いちゃうんだよな」
麓へ続く道を、3人で歩く。
正確には、晃はリッカの背中に担がれている。
「リッカって、睫毛長いな」
「あんまり見るな」
「うわ!照れてんのか?おい晴人!リッカが照れてるぞ!」
「あんまり揶揄うなよ。殺されるぞ」
背中越しにリッカを揶揄う晃に、晴人が釘を刺す。
いつの間にか山の向こうに夕日が沈み、空には月が浮かび始めていた。
「お!見ろよ!」
そう言って晃が空を仰ぐ。
晴人とリッカも釣られるように視線を向けた。
「でっけぇ月だな!」
「……ああ。綺麗だな」
リッカのその言葉に、晴人は思わず足を止めた。
「どうした?晴人」
晃が不思議そうに振り向く。
「……いや」
リッカが自分以外の誰かと普通の会話をするのを見るのは初めてだった。
晃は、名前の通り、俺とリッカにとって太陽みたいな存在だった。
月影でしか生きられなかった俺たちを、あいつは当たり前みたいな顔で、日の当たる場所へ引っ張り出した。
だけど。
光が強ければ強いほど、影は薄れていく。
そのことを、あの頃の俺たちはまだ知らなかった。