月影の彼方〜千年の約束〜

第十七話 花火大会


花火大会当日。

リッカが、どこからか父が着ていたという甚兵衛を持ってきた。

「お前にはまだ少し大きいな」

そう言いながらも、甚兵衛姿の俺を見てどこか嬉しそうに目を細める。

晃も実家から持ってきた甚兵衛を着込み、三人で花火大会へ向かった。


「おお、屋台も出てるな!」

会場に着くなり、晃のテンションが上がる。

祭囃子の音。
行き交う人々の笑い声。
漂ってくる焼きそばやたこ焼きの匂い。
リッカもどこか楽しそうだった。

その時。


ドン!!


河原に大きな音が響く。

夜空に色鮮やかな花火が咲いた。

「たーまやー!」

晃が叫ぶ。

「たまやってどういう意味?」

何となくリッカなら知っている気がして聞いてみた。

「知らん」

意外な返答だった。

「リッカでも知らねぇのかよ」

晃が笑う。


それから三人で屋台を回った。

射的をしたり、金魚すくいをしたり。
焼きそばを食べたり、りんご飴を買ったり。

花火が上がるたびに足を止めて、夜空を見上げた。


祭りも終盤に差しかかった頃だった。

「少し休むか」

歩き疲れ、河原を歩いていたとき。

「……む?」

不意に、頭の奥へ直接響くような低い声が聞こえた。

「はて」

風が吹く。

「お主、リッカではないか」

その声に思わず立ち止まる。

今、リッカと言ったのか?

もちろん俺でも晃でもない。

隣を見ると、晃も驚いたように固まっていた。

「おお。隣にいるのは、あの時の童の倅か」

そこに立っていたのは、明らかに人ではない存在だった。

長い鼻。

真っ赤な顔。

天狗堂で見た面にそっくりだった。

まさか。

「……櫂燕殿」

リッカが目を見開く。

話に聞いた、あの天狗――櫂燕。

「すげぇ。本物の天狗だ」

晃が呆然と呟いた。

「何を驚いておる」

わっはっはっ!

櫂燕は豪快に笑う。

「……昔からこういう祭りには妖が紛れ込むことがあるとはいうが」

リッカの声がわずかに震えていた。

「まさか、貴方に会えるとは」

「ほんにのう」

櫂燕は懐かしそうに目を細める。

「見ぃ。街も河原も、あの頃とはまるで違う」

夜空に咲く花火を見上げる。

「だが、人の世は変わらん」

「……えぇ」


なんとなく。

二人だけにしてあげた方がいい気がした。

俺と晃は顔を見合わせると、そっとその場を離れた。



「……リッカ。お主、随分弱っておるのう」

「……やはり貴方にはわかるのだな」

「今も月島を守っておるのか」

「ああ。変わらん」

櫂燕はしばらく黙った。

「しかし、あの童は知っておるのか?」

「お前の力が弱まっていることを」

リッカは静かに首を振る。

「言っていません」

「……そうか」

櫂燕は少し離れた場所で花火を見上げる晴人へ視線を向けた。

「随分と大事にしておるようじゃの」

「……ああ」

「ならば」

櫂燕は静かに笑った。

「その時が来たら、ちゃんと別れは言うてやれよ」

その声はどこか優しく。

少しだけ寂しそうだった。

「……はい」

リッカは静かに頷いた。



「何話してるんだろうな」

晃がちらちらと二人の方を見ている。

「あんまり見るなよ」

「気になるだろ」

そんな会話をしながら、俺たちは花火を見上げていた。

リッカたちの話は聞こえなかった。

ただ。

寂しそうに昔話をしてくれた時のリッカを思い出す。

櫂燕さんと会えて良かったな。

そう思った。


ドン――


夜空に大輪の花火が咲く。
 
それはまるで、長い時を生きた友人たちの再会を祝福しているようだった。
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