月影の彼方〜千年の約束〜
第四話 昔話
「なぁ、リッカ」
「なんだ」
親睦会の翌日。
夜、部屋で宿題をしながら、窓辺で開け放した窓に背中を預けるリッカに声をかけた。
「……昨日の、鎌鼬って、妖なのか?他にもまだいるの?」
リッカは、少し考えるように黙り込む。
「……昔は、この辺りにも妖がたくさんいた」
ぽつり、とリッカが呟いた。
「川には河童がいたし、山には天狗殿がいた」
月を見上げるその横顔は、どこか遠い。
「だがみな、消えてしまった」
「……リッカも、妖なの?」
今まで聞きたくて聞けなかったその疑問。
リッカは、ふ、と笑うと、
「……さあな」
そう言って言葉を濁した。
晃は1週間の入院の後、松葉杖をついて施設に帰ってきた。
「いやぁ、不便不便。用を足すのも一苦労」
開口一番のその言葉に、力が抜けた。
「あ、晴人!何笑ってんだよー」
晃は俺の肩を小突くと、リッカを見てニカっと笑った。
「リッカ、その節はありがとな!」
リッカは視線を逸らすと、何も言わずに口元を緩めた。
「ところでさ」
晃は少し声のトーンを落とすと、近くに寄れと言わんばかりに手招きをする。
「河童橋?」
「そう。昔俺が住んでた家の近くの川に、そういう名前の橋があるんだ」
「……ほぅ」
晃の言葉に、リッカが目を細める。
「そこに、河童の銅像があるんだけど」
晴人は、チラッとリッカを見る。
リッカは、興味があるのか、目がキラリと光った。
「明日行ってみねぇ?」
「明日?」
「そ!この前鎌鼬見ただろ?俺妖怪とか興味あるんだよな!リッカもいるし、なんか面白いこと起こりそうだろ?」
「でもお前、その足でか?」
「おう!こんなもんリッカに担いで貰えば楽勝だ!」
「……俺が担ぐのか?」
翌日。
施設がある街から小一時間ほど離れた、初めてくる土地。
その場所は、古い家が並ぶ、昔ながらの街並みだった。
しばらく歩くと、小さな川が見えてきた。
その川にかかる赤い橋。
そこに、河童橋と書かれた看板と、緑色の河童の銅像が立っていた。
「ほう!ほうほう!」
リッカが嬉しそうにその河童の銅像に触った。
「リッカ、この河童知ってるのか?」
「はは!昔はよく競争をした!」
「河童と?」
「ああ。戦利品はほぼ胡瓜だったから俺はやる気が出なくてな。戦利品がカエルだった時だけは俺が勝ったものだ」
「……へぇ」
テンションの上がるリッカを、晴人と晃は珍しそうに見ていた。
「そうか……銅像になったんだな、田吾作。河童は尻子玉を抜くと恐れられて忌み嫌われていたからな。良かったなぁ」
「田吾作?」
「こいつの名前だ」
昔の田舎の百姓のような名前に、晃と2人、顔を見合わせた。
河童橋を後にした帰り道。
「晴人」
リッカが珍しく、少し言い淀む。
「なんだ?」
「もう一箇所、付き合ってくれるか?」
「珍しいな。リッカが行きたい場所なんて」
「……昔の知り合いがいる」
山の奥。
長い石段を登った先に、小さな参道があった。
「ここ?」
「ああ」
リッカが静かに鳥居を見上げる。
そこには、風雨で掠れた文字。
『天狗堂』
「昔、この山には天狗がいたんだ」
風が吹く。
木々がざわめいた。
リッカの金色の瞳が、どこか遠くを見る。
「櫂燕は気位の高いやつだった」
リッカが、古びたお堂を見上げながら小さく笑う。
「よく田吾作と喧嘩をしていた」
「河童と天狗が?」
「ああ。よく三人で相撲を取ったものだ」
「……何その絵面」
「毎回田吾作が最初に潰されていた」
「だろうな」
晃の言葉に、ふっ、とリッカが笑う。
だけどその笑顔は、どこか寂しそうだった。
「……寂しいのか?」
晴人がぽつりと聞く。
リッカは少し驚いたように目を瞬かせた。
「何がだ」
「田吾作さんとか、櫂燕さんとか」
しばらく沈黙が続く。
「……そうだな」
リッカは小さく笑った。
「少しな」
その笑顔は、どこか消え入りそうで、でもとても美しかった。
「あやつらと最後に会ったのは、先の大戦の前だった。あの大戦で、山は燃え、川には人の死体が浮き、妖たちもどこかへ行ってしまった」
「田吾作は、戦など人間の勝手だと怒っていた」
リッカが静かに目を伏せる。
「櫂燕殿は、山を守ろうとしていた」
「だが、山そのものが焼かれてしまえば、どうしようもない」
リッカはそこで言葉を切った。
「死んだのか?」
晃の言葉に、リッカは首を振る。
「わからん。だがもう人の世にはいない。それだけは確かだ」
しばらくの沈黙のあと。
「なぁ、リッカって何歳?」
晃の問いに、リッカは考えるように目を閉じた。
「……わからん!」
そして諦めたようにそう言った。
「少なくともな」
晃が顎に手を当てる。
「月島の守り憑きの逸話は平安時代からある」
「……平安時代?」
晴人は思わず聞き返した。
リッカは何も答えない。
ただ遠くを見るように空を見上げていた。
「そうだ」
晃が何か思い出したように声を上げる。
「俺んちなら、何かわかるかもしれねぇ」
「なんだ」
親睦会の翌日。
夜、部屋で宿題をしながら、窓辺で開け放した窓に背中を預けるリッカに声をかけた。
「……昨日の、鎌鼬って、妖なのか?他にもまだいるの?」
リッカは、少し考えるように黙り込む。
「……昔は、この辺りにも妖がたくさんいた」
ぽつり、とリッカが呟いた。
「川には河童がいたし、山には天狗殿がいた」
月を見上げるその横顔は、どこか遠い。
「だがみな、消えてしまった」
「……リッカも、妖なの?」
今まで聞きたくて聞けなかったその疑問。
リッカは、ふ、と笑うと、
「……さあな」
そう言って言葉を濁した。
晃は1週間の入院の後、松葉杖をついて施設に帰ってきた。
「いやぁ、不便不便。用を足すのも一苦労」
開口一番のその言葉に、力が抜けた。
「あ、晴人!何笑ってんだよー」
晃は俺の肩を小突くと、リッカを見てニカっと笑った。
「リッカ、その節はありがとな!」
リッカは視線を逸らすと、何も言わずに口元を緩めた。
「ところでさ」
晃は少し声のトーンを落とすと、近くに寄れと言わんばかりに手招きをする。
「河童橋?」
「そう。昔俺が住んでた家の近くの川に、そういう名前の橋があるんだ」
「……ほぅ」
晃の言葉に、リッカが目を細める。
「そこに、河童の銅像があるんだけど」
晴人は、チラッとリッカを見る。
リッカは、興味があるのか、目がキラリと光った。
「明日行ってみねぇ?」
「明日?」
「そ!この前鎌鼬見ただろ?俺妖怪とか興味あるんだよな!リッカもいるし、なんか面白いこと起こりそうだろ?」
「でもお前、その足でか?」
「おう!こんなもんリッカに担いで貰えば楽勝だ!」
「……俺が担ぐのか?」
翌日。
施設がある街から小一時間ほど離れた、初めてくる土地。
その場所は、古い家が並ぶ、昔ながらの街並みだった。
しばらく歩くと、小さな川が見えてきた。
その川にかかる赤い橋。
そこに、河童橋と書かれた看板と、緑色の河童の銅像が立っていた。
「ほう!ほうほう!」
リッカが嬉しそうにその河童の銅像に触った。
「リッカ、この河童知ってるのか?」
「はは!昔はよく競争をした!」
「河童と?」
「ああ。戦利品はほぼ胡瓜だったから俺はやる気が出なくてな。戦利品がカエルだった時だけは俺が勝ったものだ」
「……へぇ」
テンションの上がるリッカを、晴人と晃は珍しそうに見ていた。
「そうか……銅像になったんだな、田吾作。河童は尻子玉を抜くと恐れられて忌み嫌われていたからな。良かったなぁ」
「田吾作?」
「こいつの名前だ」
昔の田舎の百姓のような名前に、晃と2人、顔を見合わせた。
河童橋を後にした帰り道。
「晴人」
リッカが珍しく、少し言い淀む。
「なんだ?」
「もう一箇所、付き合ってくれるか?」
「珍しいな。リッカが行きたい場所なんて」
「……昔の知り合いがいる」
山の奥。
長い石段を登った先に、小さな参道があった。
「ここ?」
「ああ」
リッカが静かに鳥居を見上げる。
そこには、風雨で掠れた文字。
『天狗堂』
「昔、この山には天狗がいたんだ」
風が吹く。
木々がざわめいた。
リッカの金色の瞳が、どこか遠くを見る。
「櫂燕は気位の高いやつだった」
リッカが、古びたお堂を見上げながら小さく笑う。
「よく田吾作と喧嘩をしていた」
「河童と天狗が?」
「ああ。よく三人で相撲を取ったものだ」
「……何その絵面」
「毎回田吾作が最初に潰されていた」
「だろうな」
晃の言葉に、ふっ、とリッカが笑う。
だけどその笑顔は、どこか寂しそうだった。
「……寂しいのか?」
晴人がぽつりと聞く。
リッカは少し驚いたように目を瞬かせた。
「何がだ」
「田吾作さんとか、櫂燕さんとか」
しばらく沈黙が続く。
「……そうだな」
リッカは小さく笑った。
「少しな」
その笑顔は、どこか消え入りそうで、でもとても美しかった。
「あやつらと最後に会ったのは、先の大戦の前だった。あの大戦で、山は燃え、川には人の死体が浮き、妖たちもどこかへ行ってしまった」
「田吾作は、戦など人間の勝手だと怒っていた」
リッカが静かに目を伏せる。
「櫂燕殿は、山を守ろうとしていた」
「だが、山そのものが焼かれてしまえば、どうしようもない」
リッカはそこで言葉を切った。
「死んだのか?」
晃の言葉に、リッカは首を振る。
「わからん。だがもう人の世にはいない。それだけは確かだ」
しばらくの沈黙のあと。
「なぁ、リッカって何歳?」
晃の問いに、リッカは考えるように目を閉じた。
「……わからん!」
そして諦めたようにそう言った。
「少なくともな」
晃が顎に手を当てる。
「月島の守り憑きの逸話は平安時代からある」
「……平安時代?」
晴人は思わず聞き返した。
リッカは何も答えない。
ただ遠くを見るように空を見上げていた。
「そうだ」
晃が何か思い出したように声を上げる。
「俺んちなら、何かわかるかもしれねぇ」