月影の彼方〜千年の約束〜
第六話 月下
月が綺麗な夜だった。
「月下……」
葵乃姫が、銀色の髪を揺らす妖を見上げる。
月明かりを受けた金色の瞳は、どこか寂しそうだった。
「リッカ」
「……?」
「あなたの名前は、リッカ」
姫がそっと笑う。
「凛とした月下の妖」
姫は、幼い頃より体が弱かった。
庭を走り回る兄弟たちや、同世代の子どもたちを、いつも羨ましそうに床から眺めていた。
リッカもまた、孤独だった。
銀色の髪、金色の瞳、人ならざるものとして恐れられてきた。
鬼、化け物、その呼ばれ方は様々だった。
人や家に憑き、主従を結んだものを守る憑神。
神、と名のつく通り、高貴な妖でありながら、いつの頃からかただ恐れられる存在となっていた。
出会いは、必然だったのかもしれない。
人と妖。
決して交わってはいけないと知りながらも、姫はリッカを気にかけた。
そしてリッカも、また。
自分を怖がらず、優しい笑顔で名前を呼ぶ姫のことを、放っておけなかった。
「我はお前を愛す。だからお前も、この身が果てるまで我を愛せ」
——リッカ、照れてるの?
——照れてなどおらぬ
月明かりに照らされて、ほんのり紅く見えるリッカの頬にそっと手を伸ばす葵乃姫。
ふふ。
鈴の音のように儚く、綺麗な笑い声だった。
リーリーリー
鈴虫の鳴く声が、開け放たれた襖の向こうから聞こえる。
布団に横になった葵乃姫が、そっと手を差し出した。
「リッカ」
その声に、リッカの手が強張る。
触れてはいけない、と思っていた。
人ではない自分が、触れていい相手ではないと。
それでも。
「……手を」
差し出されたその手が空を切る前に、思わず掴んでいた。
「葵乃姫様!」
「……ごめんね。約束、守れそうになくて」
弱々しい声でそう言葉を落とすと、閉じた瞳から涙が一筋零れ落ちた——
——約束よ。この身が果てるまで……
この身が果てるまで、私はあなたを愛し続ける。
——守り続ける
————
——
「……ッカ、リッカ!」
はっ、と目を開ける。
目の前に、心配そうな晴人の顔があった。
「大丈夫か?」
そっと自分の手を見る。
指先の感覚が少し鈍かった。
「……俺はあとどれくらい晴人を守れるんだろう」
「え?」
晴人が目を瞬く。
「……いや、なんでもない」
リッカの様子がおかしいことに気付き、晴人が話題を変える。
「そういえば、明日から夏休みだな。家に帰るやつもいるから、ここも静かになる。リッカも気が休まるだろ」
「……ああ、そうだな」
リッカは月を見上げる。
その目は、どこか遠くを見ていた。