月影の彼方〜千年の約束〜
第七話 両親
夏休み初日の朝。
昨夜のリッカの言葉が、妙に頭から離れなかった。
——俺はあとどれくらい晴人を守れるんだろう
あれは、どういう意味だったんだろう。
そんなことをぼんやり考えている時だった。
「夏休み、海行こうぜ!」
晃の言葉に顔を上げる。
「海?」
「そう!夏といえば海だろ!」
その提案に、晴人が眉を寄せる。
海には、いい思い出がなかった。
——両親は海で死んだ。
それを晃は知らない。
言うつもりもない。
だけど。
「リッカ、いいから」
俺の空気が変わったことを察知したのか、リッカの顔つきが変わったことに気付き、慌てて手で制す。
「……?なんだよ?」
晃が、何かまずいことでも言ったのかと怪訝な顔をする。
「何でもない。気にするな」
「気にするよ。リッカの殺気がダダ漏れだぞ。」
「……俺の両親な、俺が小さい頃、海で死んだんだ」
晃の顔から、すっと笑顔が消えた。
「ごめん」
「いや。……リッカは俺の感情の変化に敏感なんだ。こっちこそごめんな」
その夜。
「晴人、俺やっぱりあいつ好かん」
リッカが窓際で頬杖をつきながらそう言って眉を顰めた。
「なんで?」
「あいつ、晴人の心、引っ掻き回す」
晴人は、ふ、と笑って持っていたペンを机に置いた。
「リッカにはわかっちゃうんだもんな。でもな、悪いやつじゃないってわかってるだろ?」
リッカは、ふん、とそっぽをむいて返事をしない。
でも、否定もしなかった。
「……父さんと母さんのこと、聞いてもいいか?」
リッカの手がピクリと動く。
「聞いてばっかりでごめんな。でも俺、あんまり覚えてないんだ」
リッカの表情が優しくなる。
「お前の父親は、ひょうきんなやつだった」
リッカが懐かしそうに目を細めた。
「でぃすこというところでお前の母親をひっかけたんだぞ」
「親父そんな感じだったの?」
「軽薄だった」
「言い方」
「だが、お前の母親を見た瞬間、目の色が変わった」
「……へぇ」
「でぃすこで踊りながら転び、そのまま声を掛けたらしい」
「ダサ……」
「月島の次期当主が遊び歩いて何してるってお前の祖父はいつも怒っていたがな。俺は、人々が恐怖に泣き喚く時代より、笑っている時代の方が好きだった」
「リッカ」
「お前の母親は強い女でな。厳しい哲平の父親に、うるさい!と言ってのけたんだ!あの時は俺も腹を抱えて笑ったものだ」
ははは!と思い出したようにリッカが笑うものだから、つられて俺も笑った。
微かにしか覚えていないけれど、母親はいつも笑っていた気がする。
——晴人!
よく通る明るい声が聞こえた気がした。
————
——
「ほら、リッカ」
哲平が、赤ん坊の晴人をリッカに近付ける。
リッカは触れるのを躊躇うようにたじろいだ。
「どうした?」
哲平が不思議そうに首を傾げる。
「俺の息子だ。触れてやってくれ」
哲平の言葉に、リッカの視線が揺れた。
「俺などが触れるのは恐れ多い」
一目見てわかった。
赤ん坊から、彼の方の匂いがした。
「お前、俺が生まれた時抱き上げたんだろう?親父から聞いたぞ。リッカの姿が見えないお袋が驚いて腰を抜かしたらしいじゃないか」
哲平が笑い混じりにそう言うと、リッカが懐かしそうに目を細めた。
「……小さいな」
そっと、赤ん坊の手に触れる。
赤ん坊は、リッカの指を、ギュ、と握りしめた。
「俺たちに何かあったら、お前が晴人を守ってくれよ」
「……ああ」
両親が死んだ海。
まだ小学校に上がって間もない頃。
海で溺れた俺と母親を、助けようとして飛び込んだ父が、リッカに俺の体を預けたのを覚えている。
その時すでに母親は流されていて、父は幼い俺をリッカに預けると、そのまままた海に潜った。
それが両親を見た最後だった。
リッカは、俺の体を抱きしめながら、必死に父の名前を呼んでいた。
「哲平!哲平!」
その日から。
リッカは、一度も俺のそばを離れなかった。
————
——
「晴人」
「ん?」
「明日、もう一度天狗堂に付き合ってくれないか?」
「……いいけど」
昨日から、やっぱりリッカの様子は少しおかしかった。
自分から俺をどこかに誘うことなんて、今までなかったのに。
もう一度窓際を見ると、リッカはすでに眠っていた。
最近、眠っている時間が増えた気がする。
昨夜のリッカの言葉が、妙に頭から離れなかった。
——俺はあとどれくらい晴人を守れるんだろう
あれは、どういう意味だったんだろう。
そんなことをぼんやり考えている時だった。
「夏休み、海行こうぜ!」
晃の言葉に顔を上げる。
「海?」
「そう!夏といえば海だろ!」
その提案に、晴人が眉を寄せる。
海には、いい思い出がなかった。
——両親は海で死んだ。
それを晃は知らない。
言うつもりもない。
だけど。
「リッカ、いいから」
俺の空気が変わったことを察知したのか、リッカの顔つきが変わったことに気付き、慌てて手で制す。
「……?なんだよ?」
晃が、何かまずいことでも言ったのかと怪訝な顔をする。
「何でもない。気にするな」
「気にするよ。リッカの殺気がダダ漏れだぞ。」
「……俺の両親な、俺が小さい頃、海で死んだんだ」
晃の顔から、すっと笑顔が消えた。
「ごめん」
「いや。……リッカは俺の感情の変化に敏感なんだ。こっちこそごめんな」
その夜。
「晴人、俺やっぱりあいつ好かん」
リッカが窓際で頬杖をつきながらそう言って眉を顰めた。
「なんで?」
「あいつ、晴人の心、引っ掻き回す」
晴人は、ふ、と笑って持っていたペンを机に置いた。
「リッカにはわかっちゃうんだもんな。でもな、悪いやつじゃないってわかってるだろ?」
リッカは、ふん、とそっぽをむいて返事をしない。
でも、否定もしなかった。
「……父さんと母さんのこと、聞いてもいいか?」
リッカの手がピクリと動く。
「聞いてばっかりでごめんな。でも俺、あんまり覚えてないんだ」
リッカの表情が優しくなる。
「お前の父親は、ひょうきんなやつだった」
リッカが懐かしそうに目を細めた。
「でぃすこというところでお前の母親をひっかけたんだぞ」
「親父そんな感じだったの?」
「軽薄だった」
「言い方」
「だが、お前の母親を見た瞬間、目の色が変わった」
「……へぇ」
「でぃすこで踊りながら転び、そのまま声を掛けたらしい」
「ダサ……」
「月島の次期当主が遊び歩いて何してるってお前の祖父はいつも怒っていたがな。俺は、人々が恐怖に泣き喚く時代より、笑っている時代の方が好きだった」
「リッカ」
「お前の母親は強い女でな。厳しい哲平の父親に、うるさい!と言ってのけたんだ!あの時は俺も腹を抱えて笑ったものだ」
ははは!と思い出したようにリッカが笑うものだから、つられて俺も笑った。
微かにしか覚えていないけれど、母親はいつも笑っていた気がする。
——晴人!
よく通る明るい声が聞こえた気がした。
————
——
「ほら、リッカ」
哲平が、赤ん坊の晴人をリッカに近付ける。
リッカは触れるのを躊躇うようにたじろいだ。
「どうした?」
哲平が不思議そうに首を傾げる。
「俺の息子だ。触れてやってくれ」
哲平の言葉に、リッカの視線が揺れた。
「俺などが触れるのは恐れ多い」
一目見てわかった。
赤ん坊から、彼の方の匂いがした。
「お前、俺が生まれた時抱き上げたんだろう?親父から聞いたぞ。リッカの姿が見えないお袋が驚いて腰を抜かしたらしいじゃないか」
哲平が笑い混じりにそう言うと、リッカが懐かしそうに目を細めた。
「……小さいな」
そっと、赤ん坊の手に触れる。
赤ん坊は、リッカの指を、ギュ、と握りしめた。
「俺たちに何かあったら、お前が晴人を守ってくれよ」
「……ああ」
両親が死んだ海。
まだ小学校に上がって間もない頃。
海で溺れた俺と母親を、助けようとして飛び込んだ父が、リッカに俺の体を預けたのを覚えている。
その時すでに母親は流されていて、父は幼い俺をリッカに預けると、そのまままた海に潜った。
それが両親を見た最後だった。
リッカは、俺の体を抱きしめながら、必死に父の名前を呼んでいた。
「哲平!哲平!」
その日から。
リッカは、一度も俺のそばを離れなかった。
————
——
「晴人」
「ん?」
「明日、もう一度天狗堂に付き合ってくれないか?」
「……いいけど」
昨日から、やっぱりリッカの様子は少しおかしかった。
自分から俺をどこかに誘うことなんて、今までなかったのに。
もう一度窓際を見ると、リッカはすでに眠っていた。
最近、眠っている時間が増えた気がする。