乾杯はふたりだけの秘密

自分の気持ち

 毎年恒例となっている営業チームでの忘年会は、ここ数年、和味を貸し切りで行っている。
 今日中にどうしても終わらせたい仕事があった結衣は、開始時刻の六時を少し過ぎてから、社内に残っていた数人と一緒に和味に向かった。先週末に行われた社内忘年会は、ホテルの宴会場が会場で、いかにも会社らしい堅苦しい集まりだった。開始時刻に遅れる社員などひとりもおらず、ぴりりとした緊張感に包まれ、肩の凝る数時間を過ごした。今日はそれに比べると自由度が高くカジュアルなものだ。
 暖簾をくぐると店内はすでに賑わい、笑い声や乾杯の音が響き渡っていた。結衣は奥の席に座る同僚たちに「おつかれ~」と手を振った。
「お疲れ様です」
「あ、新田君、お疲れ様」
 結衣が空いている席に腰を下ろすと、どこからか移動してきた新田がすかさず隣に座った。斜め向かいには部長が座っているというのに、物怖じしない新田の態度に何となく好感が持てる。
 鍋料理に、刺身や揚げ物、焼き物、サラダなど、木製のテーブルに並べられた料理は、いつにもまして彩り豊かで目にも美しい。日頃ゆっくり話すことができない仲間や上司とも交流できる貴重なひとときでもある。
「美味しそうだねえ」
「すげえ豪華ですね」
 隣の新田と言葉を交わし、飲み物が到着すると乾杯の輪に入った。
 普段は物静かな後輩が軽い冗談を言ったり、時折、突如として大きな笑い声が上がると、それに続いて一気に和やかな空気が広がる。デスクでは顔をしかめてばかりの堅物に見える部長も、ネクタイを緩め、頬を赤らめて目を細めている。

 空いたグラスが次々にテーブルの端へ寄せられていく。誰かがスマホで音楽をかけ、数人が口ずさんでいる。不意にスマホカメラを向けられた部長が可愛くポーズを決め、笑いが湧き起こる。
 時間が経つにつれ、皆の表情はリラックスしたものへと変わり、場は和気あいあいとした雰囲気に包まれていった。
 ふと、ぼんやりしている新田が気になり、結衣は顔を覗き込んだ。
「新田君、大丈夫? 体調悪いんじゃないの?」
「いえ、そんなことないですよ」
 新田は顔の前で手のひらを揺らしながらそう言ったが、話し方にも表情にも普段の快活さがなく、明らかに様子がおかしい。禁酒中でアルコールは飲んでいないはずなのに、顔も少し赤く見える。
 結衣は手を伸ばし、新田の額に触れた。
「やだっ、すごい熱あるじゃん!」
「いえ、大丈夫です」
 新田が姿勢を正して首を振る。
「いや、大丈夫じゃないでしょ。今日はもう帰ったほうがいいよ」
「全然大丈夫ですよ!」
 新田の笑顔は明らかに作り笑いだとわかるのに、何故そこまでしつこく食い下がるのかわからない。
「お前、やっぱ調子悪かったんじゃん。何回聞いても大丈夫だって言ってたけど、朝から何かぼんやりして様子おかしかったもん」
 まさやんの言葉でようやく観念したように、新田が気まずそうな表情を見せた。
「あ、じゃあ私送っていくよ。家近いし」
「あ、そっか、そうだったよな。結衣ちゃん、悪いけど頼む」
 普段は冗談ばかりで、真面目な空気に紙飛行機を飛ばすようなまさやんが、片手を顔の前で立てて、申し訳なさそうに言った。
「うん、オッケー」
「すみません。何か皆さんに気を遣わせてしまって」
 新田は肩をすぼめ、いたたまれない様子で頭を下げた。
「何言ってんだよ。こういう時は先輩に甘えとけばいいんだよ。ゆっくり休んで、年内もあと少しだけど、また来週からよろしく頼むよ」
 部長から期待の言葉を掛けられ、更に深く頭を下げている。
「では、お先に失礼します」
 新田は部長や同じテーブルの仲間に挨拶すると、今度は別のテーブルに移動して同じように丁寧に挨拶した。
 病人がどんだけ気を遣うの。
「新田君、行くよ」
 見かねた結衣は声を掛け、手招きして出口へと促した。
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