乾杯はふたりだけの秘密

特別なひととき

翌日、待ち合わせ場所に向かって歩いていると、先に到着していた賢吾の姿が目に入った。結衣が手を振ると同時に、賢吾も笑顔で手を上げた。嬉しさの次に訪れた気まずさを、賢吾も感じているのだろうか。
 車道を挟んで向かい合っているが、信号は赤。見つめ合ったままというわけにもいかず、結衣は不自然に視線を彷徨わせた。それは、「失礼します」と言ったあとに、相手が受話器を置くタイミングを互いがひたすら待っている時のような気まずさだ。
 やけに長く感じた信号がようやく青に変わり、賢吾と合流した。
「おはよう! でもないか、こんにちは。……ん?」
 少しよそよそしい気がする。昼間に会うことが初めてで、ベストな挨拶が思い浮かばない。
「おはようございます。腹減ってますか?」
 そんなことを気にする素振りも見せず、柔らかな笑顔で賢吾が尋ねた。
「うん、減ってる~」
「じゃあ行きましょうか」
「そうだね」
 ふたりは商店街を並んで歩いた。席の予約は受け付けていないらしく、満席なら並ぶことになるという。
 五分程歩くと、ダークブラウンの落ち着いた色合いのアジアンテイストな店が目に入った。外観に合った雰囲気のある看板には『Asian Bar REMPAH』の文字。意味はわからないが、味のある手書き風のフォントが印象的だ。
 予想通り、開店からさほど時間が経っていないにも関わらず、すでに店先で数組の客が待っていた。
「やっぱ人気なんだね」
「そうですね。どうしますか? 別の店にしますか?」
 賢吾に聞かれて、「うーん」と唸りながら数秒考える。
「そうだね。病み上がりなのに外で待つのはよくないから、他探そっか」
「あ、俺は大丈夫ですよ。そのつもりでたくさん着込んできたんで。先輩が寒くなければ、せっかくなんで待ちましょう」
「ほんとに大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、並ぼう!」
 結衣はコートのポケットに忍ばせていたカイロを取り出し、賢吾に差し出した。
「え?」
 賢吾は一瞬、何? というように目を見開き、それがカイロだとわかると、ふわりと微笑んで受け取った。
 前に並ぶカップルが笑顔を交わしながら愉しげに話している姿が視界で揺れ動き、何となく照れ臭くなる。その前には女友達三人組。そしてまたカップルと続く。
 街行く人に、自分たちはどんな関係に見られているのだろう。今日はありふれた日曜日ではない。恋人ではないけれど、互いに意識し合う相手と過ごすクリスマスは、心をくすぐる特別なひとときだ。
「さすがに今日は人通りが多いね」
「そうですね。先輩はイルミネーションとか見たいタイプですか?」
「あー……綺麗だなぁって思うけど、人混みが苦手だから、実際には一回しか見に行ったことないんだよね。人気スポットほど、やっぱり人も多いでしょ?」
「確かに」
 そんな会話をしていると店の扉が開き、ひとりの男性客が満足そうな表情で出てきた。そうして入れ替わりで先頭に並ぶカップルが入店すると、皆が数歩ずつ前に進んでいく。結衣もその流れに合わせて進むと、先に足を止めた賢吾にぶつかって、心臓が跳ねる。
「ごめんごめん」
「いえ、大丈夫です。まだまだ先は長そうですけど、寒くないですか?」
 賢吾が不意に差し出したカイロに、結衣は無意識に手を伸ばした。
 指先が温かさに触れた瞬間、賢吾の手がカイロと一緒に自分の手をそっと包み込んだ。急激な頬の火照りを感じて、思わず目を伏せる。けれど、賢吾も照れているのが、そのぎこちない力加減で伝わってくる。
 前のカップルが何かを探すように辺りを見回し始めると、結衣は繋がれた手を隠すように、賢吾にぴったりと寄り添った。
 ちらりと見上げると、いつかと同じ柔らかな笑顔が降り注いだ。
 クリスマスという非日常な時間が、互いに秘めた想いを伝える後押しをしているように思えた。
< 21 / 38 >

この作品をシェア

pagetop