乾杯はふたりだけの秘密
 久しぶりののんべえ会だったというのに、佐々木のせいで心から楽しめなかったことが心残りだった。
「今日はごめんね」
「いえ、先輩が悪いわけじゃないですよ。全部あいつから聞きました」
 帰り道、賢吾の口からこぼれた“あいつ”という言葉で、結衣の胸に再び不快な感情が込み上げた。
「完全に騙された。和味が貸し切りって、ありがちな理由だし」
「でも、それおかしいと思わなかったんですか? 木村先輩があいつにそんなこと頼むと思いますか?」
「それが、思わなかったんだよね。全く疑いもしなかった。佐々木君のこと、ただの親切な同僚だと思ってたくらいで……私、バカだよね。あんなことあったのに、全然学習してないし」
 賢吾が困ったように眉を寄せた。
「人を信じるのはいいことですけど、先輩はもっと警戒心を持ってください」
「うん。でも、ちゃんと連絡しようと思ったんだよ、新田君に。そしたら電波悪くて全然繋がらなくて」
「あそこ、あえてそういうコンセプトでやってる店です」
「え、そうなの? 知らなかったの私だけ?」
 世の中にそんな店が存在することすら知らなかった。
「俺も知りませんでした。さっき教えてもらったんです。和味で待ってても先輩が来ないから電話したんですけど、ずっと繋がらなくて。会社にも電話したけどもう出たって言うし。おかしいなと思って、この辺詳しい連れに聞いたら、もしかしたらって教えてくれて」
「そうだったんだ。確かに地下だったし、隠れ家的っていうかミステリアスな雰囲気ではあったけど、店員はすごく丁寧で穏やかそうな人だったよね。まさかそんな店だと思わなかった」
「いや、別に中の個室で闇取引してるとかそういうことじゃないですよ。店が悪いわけじゃなくて、悪用したあいつが悪いんです」
「でも、スマホ繋がらないと困るよね」
「場合によりますけどね」
「え、どういう意味?」
「俺だって、誰にも邪魔されたくない時だったら、そんな店選ぶかもしれないし」
 邪魔されたくない時――
「先輩」
「うん?」
「もう放っておけないです。危なっかしくて」
 あの日、來未がこっそり教えてくれた言葉だ。賢吾は自分のこういう行動を言っていたのかもしれない。
「ごめん。もうほんとに気を付けるから!」
 不意に賢吾が足を止めた。
「俺と付き合ってください」
「え?」
「じゃないと、先輩を守れないから」
 結衣は立ち止まり、まばたきを忘れるほど賢吾を見つめた。
「どういうこと?」
「もし無理なら、俺会社辞めます」
「――えっ、ちょっ、待って! なんでそうなるの? じゃあやっぱり、あの噂って本当なの?」
「え、なんの話ですか?」
「やだっ、私の知らない間に何したの!?」
「どういうことですか? 先輩、なんか勘違いしてませんか?」
 突然の告白に、会社を辞めると言い出したことで、結衣は佐々木の言葉を思い出していた。
 賢吾の悪い噂――
 次々と浮かぶ思いに、頭の中はすっかりかき乱されていた。
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