乾杯はふたりだけの秘密
改札を抜け、ちょうどホームに停車していた電車へ駆け込んだ。
平日の最終に近い電車は、ほどよく混んでいた。ふたりはドアの近くに並んで立った。
「あのさ、有紀ちゃんのことだけど」
「うん? 柏木さんがどうした?」
「賢吾のこと、好きなんだよ」
「うん。で? それがどうした?」
賢吾は表情ひとつ変えない。
「だから……」
口にすると、面倒な女だと思われてしまうだろうか。
「何?」
「有紀ちゃんいい子だしさ、だから……」
「心配してんのか?」
「心配だよ。だって毎日顔合わせるんだし」
面倒な女確定だ。
さすがに「もう喋らないで」とまでは言わないけれど。
「実際告白されたわけじゃねえし、もしそうだとしても、俺が何とも思ってねえんだから、どうにもなんねえだろ」
「うん、それはそうだけど」
結衣が俯くと、賢吾が企みを秘めたような目で覗き込んできた。
「じゃあ明日、営業部の全社員に、俺ら付き合うことになったって報告しようか」
賢吾がにやりと笑う。
「ちょっ、何言ってるの? それは絶対に駄目!」
「何で? それなら余計な心配しなくて済むだろ」
「でも……それは駄目」
それは色々恥ずかしすぎる。それに、一番身近にいるまさやんには、絶対にからかわれる。
「ふーん。まあ今の感じも結構好きだけど」
「え?」
「ばれねえように付き合うとか、それはそれでスリルあって嫌いじゃねえかも」
「なっ、どんな理由!?」
こんなところにも、ちょい悪要素が垣間見える。
「はいはい、着いたから降りるぞ」
不意に肩を抱かれ、心臓が跳ねる。ふたりは密着したまま電車を降りた。
「あのさ、ひとつ聞いてもいい?」
信号待ちしながら、結衣は尋ねた。
賢吾には、どうしても確認しておきたかったことがある。
「まだ心配なことあんの?」
賢吾が表情を曇らせ、結衣の右手をそっと包んだ。
「私が飲み過ぎて、初めて賢吾に送ってもらった日のこと」
「うん。どうした?」
結衣は一呼吸おいてから、賢吾の目を真っ直ぐに見つめた。
「何かした?」
「――えぇっ!? し、してねえよ。酔っ払ってる女にそんなことするわけねえだろ」
途端に賢吾の握力が強まった。おそらく、キスくらいはしたのだろう。そんな顔をしている。
その声で、前のカップルが一瞬振り向いた。
「起きたら、裸だったんだよね」
結衣は声を潜めた。
「えっ!? 知らねえよ、俺じゃねえし! つーか、何だよそれ。どういうこと?」
「こっちが聞きたいの!」
信号が青に変わり、結衣は賢吾の手を引いて足早に歩き出した。
「あ、待て」
不意に賢吾に手を引かれ、結衣は足を止めた。
「あの日、お前すげえ暑い暑いってうるさくて、冷房『強』にして帰ったわ」
「それは、つまり――」
「お前が勝手に脱いだってことだろ!」
賢吾が肘で軽く腕を小突いてきた。
「えーっ、やだぁ。心配して損しちゃった」
結衣の勘は正しかった。
賢吾に限って、そんなことはない。
「やべえな。脱ぎ上戸か、お前」
「ち、違うよ!」
「そんなだったら、余計ほっとけねえじゃん。これからはひとりじゃ絶対に飲み会行かせらんねえな」
悔しいけれど、ちょっと嬉しい気もする。
「まあ、それは冗談」
「え?」
「独占はしてえけど、束縛はしねえから」
「ふうん」
「けど、飲み過ぎたら迎えには行ってやるから安心しろ。俺、飲まねえから二十四時間出動可能」
やっぱり賢吾はずるい。いつもギリギリのところを攻めてくる。喜ばせておいて、次は冷静な態度をとる。
釣って落として、また釣って――
しかも無自覚なまま人の心を奪っていく天然の人たらしだ。そして、ギャップで感情を揺さぶってくる。
それとも、これはちょい悪男の戦略?
そんなことを考えているうちに、マンションに着いた。
「じゃあ、明日な」
「うん、また明日ね」
結衣は笑顔で手を振るとエントランスの階段を上った。
「こらっ、待てよ!」
「え?」
振り向くと、賢吾が階段を駆け上ってきた。
「それは無しだろ」
勢いよく腕を掴まれ、そのまま抱き寄せられた。
「酔ってるよ」
結衣はふと思い出して呟いた。
「絶対覚えてて」
賢吾の囁き声が耳に届く。
そうして賢吾の唇が額に触れ、頬に下りてきて、結衣の唇とぴったり重なり合った。
賢吾が大好きだ。
平日の最終に近い電車は、ほどよく混んでいた。ふたりはドアの近くに並んで立った。
「あのさ、有紀ちゃんのことだけど」
「うん? 柏木さんがどうした?」
「賢吾のこと、好きなんだよ」
「うん。で? それがどうした?」
賢吾は表情ひとつ変えない。
「だから……」
口にすると、面倒な女だと思われてしまうだろうか。
「何?」
「有紀ちゃんいい子だしさ、だから……」
「心配してんのか?」
「心配だよ。だって毎日顔合わせるんだし」
面倒な女確定だ。
さすがに「もう喋らないで」とまでは言わないけれど。
「実際告白されたわけじゃねえし、もしそうだとしても、俺が何とも思ってねえんだから、どうにもなんねえだろ」
「うん、それはそうだけど」
結衣が俯くと、賢吾が企みを秘めたような目で覗き込んできた。
「じゃあ明日、営業部の全社員に、俺ら付き合うことになったって報告しようか」
賢吾がにやりと笑う。
「ちょっ、何言ってるの? それは絶対に駄目!」
「何で? それなら余計な心配しなくて済むだろ」
「でも……それは駄目」
それは色々恥ずかしすぎる。それに、一番身近にいるまさやんには、絶対にからかわれる。
「ふーん。まあ今の感じも結構好きだけど」
「え?」
「ばれねえように付き合うとか、それはそれでスリルあって嫌いじゃねえかも」
「なっ、どんな理由!?」
こんなところにも、ちょい悪要素が垣間見える。
「はいはい、着いたから降りるぞ」
不意に肩を抱かれ、心臓が跳ねる。ふたりは密着したまま電車を降りた。
「あのさ、ひとつ聞いてもいい?」
信号待ちしながら、結衣は尋ねた。
賢吾には、どうしても確認しておきたかったことがある。
「まだ心配なことあんの?」
賢吾が表情を曇らせ、結衣の右手をそっと包んだ。
「私が飲み過ぎて、初めて賢吾に送ってもらった日のこと」
「うん。どうした?」
結衣は一呼吸おいてから、賢吾の目を真っ直ぐに見つめた。
「何かした?」
「――えぇっ!? し、してねえよ。酔っ払ってる女にそんなことするわけねえだろ」
途端に賢吾の握力が強まった。おそらく、キスくらいはしたのだろう。そんな顔をしている。
その声で、前のカップルが一瞬振り向いた。
「起きたら、裸だったんだよね」
結衣は声を潜めた。
「えっ!? 知らねえよ、俺じゃねえし! つーか、何だよそれ。どういうこと?」
「こっちが聞きたいの!」
信号が青に変わり、結衣は賢吾の手を引いて足早に歩き出した。
「あ、待て」
不意に賢吾に手を引かれ、結衣は足を止めた。
「あの日、お前すげえ暑い暑いってうるさくて、冷房『強』にして帰ったわ」
「それは、つまり――」
「お前が勝手に脱いだってことだろ!」
賢吾が肘で軽く腕を小突いてきた。
「えーっ、やだぁ。心配して損しちゃった」
結衣の勘は正しかった。
賢吾に限って、そんなことはない。
「やべえな。脱ぎ上戸か、お前」
「ち、違うよ!」
「そんなだったら、余計ほっとけねえじゃん。これからはひとりじゃ絶対に飲み会行かせらんねえな」
悔しいけれど、ちょっと嬉しい気もする。
「まあ、それは冗談」
「え?」
「独占はしてえけど、束縛はしねえから」
「ふうん」
「けど、飲み過ぎたら迎えには行ってやるから安心しろ。俺、飲まねえから二十四時間出動可能」
やっぱり賢吾はずるい。いつもギリギリのところを攻めてくる。喜ばせておいて、次は冷静な態度をとる。
釣って落として、また釣って――
しかも無自覚なまま人の心を奪っていく天然の人たらしだ。そして、ギャップで感情を揺さぶってくる。
それとも、これはちょい悪男の戦略?
そんなことを考えているうちに、マンションに着いた。
「じゃあ、明日な」
「うん、また明日ね」
結衣は笑顔で手を振るとエントランスの階段を上った。
「こらっ、待てよ!」
「え?」
振り向くと、賢吾が階段を駆け上ってきた。
「それは無しだろ」
勢いよく腕を掴まれ、そのまま抱き寄せられた。
「酔ってるよ」
結衣はふと思い出して呟いた。
「絶対覚えてて」
賢吾の囁き声が耳に届く。
そうして賢吾の唇が額に触れ、頬に下りてきて、結衣の唇とぴったり重なり合った。
賢吾が大好きだ。