乾杯はふたりだけの秘密
 翌日も佐々木は会社に顔を見せなかったが、無断欠勤というわけではないらしかった。このまま、一度も会社に来ないつもりだろうか。
 その日も賢吾はまた部長と話し込んでいた。
 午後からは外回りで、夕方に会社に戻ってからも落ち着く様子はなく、キーボードを叩く指先には焦りが滲んでいた。結衣は邪魔しないように賢吾に声だけ掛けて、先に帰宅した。
 夜の九時過ぎに賢吾から電話があり、「遅くなるから先に寝てて」と言われたが、どうしても気がかりだった結衣は、「帰ったらまた電話して」と返した。
 賢吾から電話があったのは、日付が変わってからだった。
「ごめん、寝てた?」
 賢吾の掠れた声が耳に届いた。
「ううん、起きてた。今帰ってきたの?」
「うん。明日と明後日、休日出勤になったんだ」
「え?」
 そんなことは、今まで一度もなかった。
「何かトラブルがあったの?」
 結衣が尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「あいつの仕事、俺が引き継ぐことになって」
「え? 佐々木君の仕事を、何で賢吾が?」
「あいつが俺を指名したから。つーか、もともと俺が担当してた客ってこともあったりで」
「そうなんだ」
 仕事のことには、さすがに口出しはできない。
「佐々木君は、会社に来るの?」
「おう。部長と、あと数人で引き継ぎするから。今日も昼間は、あいつと客のとこ回ったりでバタバタしてて」
「そうだったんだ。大丈夫? 無理しないでね」
「おう。これが落ち着いたら、ゆっくり会おうな」
「うん、そうだね」
 こんな状況でも、自分のことを気にかけてくれる賢吾の優しさと、大切にされているという確かな安心感が、結衣の心を満たしていく。
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