彼らの夏が終わる
 放課後、メイサは体育館のキャットウォークからバスケ部の練習を眺めていた。

 体育館は男子バスケ部と男子バレー部が半分ずつ使っており、床を震わせる振動がキャットウォークの足元まで伝わってくる。そのほとんどは、バレー部のコートから響くものだった。

 サッカー部のマネージャーであるメイサの目から見ても、一輝のバスケの技術は確かなものだった。

 ……しかし、それだけだった。

 後輩への態度、愛香への振る舞い、練習内容、そして身体の動かし方まで――目につくものばかりだ。


「ないわー」

「そうなん?」


 メイサの隣で、柵に腕を乗せて背中を丸めていた須藤(すどう)藤也(とうや)が、体育館から目を離さずに言った。

 藤也はメイサの一学年下の彼氏だ。雨で所属する園芸部の活動が休みになったため、バスケ部の様子見に付き合っていた。


「まず、まなちゃんに感じ悪くてムカつく」

「偉そうには見える」

「後輩にパワハラよくない。サッカー部であんな舐め腐った態度とったら締め上げる。私が」

「メイサが……。まあ、うちの先輩もあれだから、デカい声でパワハラ反対って言いづらいけど」

「二年生が委縮して動きが悪くなってる。ストレッチしてても身体がちゃんとほぐれてない」

「どうしてもね……って、え、メイサ、この距離であいつらの身体の動きがそこまでわかんの?」

「なんでわかんないの? あの右にいる二年の子、ふくらはぎが全然動いてないじゃん」


 藤也は目を細め、コートを走るバスケ部員たちへ視線を向けた。

 今はミニゲームをしているのか、体育館の半分を使って二対二で走り回っている。

 メイサは口をぎゅっと閉じ、目を見開いたままほとんど瞬きもせず、その様子を見つめていた。キャットウォークの柵を掴む手には、白く骨が浮き出ている。

 藤也は顔をしかめ、首をかしげながらバスケ部とメイサを見比べ、ときおりメイサの友達だと聞かされた愛香へも視線を向けた。

 女子マネージャーというのは、みんなこんなふうに試合や練習を見るものなのだろうか――愛香の真剣な表情にそう思った。けれど、あまりにも真剣なメイサの横顔を見ていると、茶化す気にはなれず、藤也は黙って待つことにした。


「ふむう」


 ミニゲームが終わり、メイサが思い出したように息を吐いた。

 カバンを探り、古びたノートとボールペンを取り出す。だが、ノートを開いたところで手を止めた。


「あ、間違えた」

「間違えた?」


 藤也が聞くと、メイサは照れたようにノートをカバンに戻した。


「うん。つい部活中のノリでメモ取ろうとしちゃった」

「……ちなみになんて書こうとしたんだ?」

「各選手にやってほしいストレッチの内容と練習、それから筋トレ。あと、できればスポドリのクエン酸をもうちょい増やしてほしいな。あの黒杉と、もう一人の三年、肩の動きがこわばってるし」

「……すごいな」


 藤也は「すごすぎて、ちょっと怖いけど」というのを飲み込んだ。


「そう? マネージャーなら見ればわかると思うよ。まなちゃんも、メモ取って相談しようとしてるじゃん」

「そうだけどさ。……もしかして、俺のこともそれくらい見てたりする?」


 メイサはわずかに首を傾けた。


「まあ、思うところはあるけど、藤也は運動部じゃないから、よっぽど痛めそうとか、ケガしそうとかじゃなきゃ言わないよ」

「例えば……?」


 藤也がおそるおそる聞くと、メイサの目がきゅっと細められた。


「しゃがむときに、つま先を外に向けすぎ。股関節に負担がかかってる。足腰は結構筋肉ついてるけど、柔軟が足りてない。風呂上がりに軽く伸ばすくらいでいいからやらないと痛めるよ。あと腹筋背筋足りてない。腕の力だけで重いものを持ち上げる癖があるでしょ。歩くときにお腹を引っ込めるように意識して歩いて。胸も開いてね」

「……気を付けます」


 メイサは一気にまくしたてると、またバスケ部へ顔を向けた。

 一輝と愛香が何かを言い合っている。一輝が怒鳴り、愛香も必死の形相で言い返していた。


「はー……私、ああいうの好きじゃないな」

「見てて気分はよくねえな」

「うん。友達が困ってるなら助けよう」

「……メイサさん?」

「私、明日からサッカー部のマネージャー兼、男子バスケ部のマネージャーになるわ」

「大丈夫なん?」


 心配そうな藤也に、メイサはにこっと笑った。


「サッカー部は二年と一年の女子マネに引き継ぎしてるところだったし、私以外にも三年生の女子マネがいるからね」

「いやそっちじゃなくて、メイサが。俺、あの黒杉ってのにメイサが何か言われるの嫌なんだけど」

「それは、そういうものだよ」


 メイサは冷え切った目でバスケ部を見た。

 藤也はわずかに後ずさる。


「ああいう、スポーツ舐め腐ったやつ、嫌いなの。ちょっとぎたぎた……間違えた。みんなで楽しく強くなれるように、躾けて……間違えた、言い聞かせてくるね」

「間違えてねえだろ、それ」


 外では相変わらず雨が降り続き、ときおり遠くで雷鳴が響いていた。

 雨が上がれば、ぼちぼち夏らしくなるだろうか。それとも、もうしばらく梅雨が続くのだろうか。藤也は苦笑しながら、メイサの視線を追った。

 その先では、言い募る一輝と言い返す愛香、それをかばう他の三人の部員たちが対立し、もうバスケどころではなさそうだった。
 
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