拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「まあ、何にせよ無理なキャラづくりはしない方がいいってことです。素でいいんですよ」
「素、ねえ……」
ため息をつく朔弥を、華はちらりと見る。
鏡見て分からないかな? 自分の系統。この人はどこからどう見ても俺様タイプじゃない。確かに『可愛い顔をして実はS』だとかいうギャップは愛されるキャラの一つだけれど、そう言うタイプでもない。持っているオーラにSを感じない。Sってなりたくてなるものじゃないからだ。
(ここまで自己分析が苦手な人も面白いなあ……って、面白がったら申し訳ないか)
華は黙ってご飯を頬張る。
そのまま沈黙が流れた。お互い昼食を黙々と食べる。
空は雲一つない晴天だった。日差しは温かいが、時折背中から冷たい風がびゅうっと吹く。朔弥はゴミが飛ばないよう、慌ててビニール袋にゴミを詰めていると、隣に座る華の前髪が浮いておでこが見えた。
いつもきれいに揃っている前髪が乱れたのを、華は不快そうにして手で押さえる。その光景が不思議と朔弥の心をほぐした。
「風、強いよね」
「……ですね」
「佐々山さんっていつも髪型凄く綺麗にまとまってるよね。この風でもぼさぼさにならないし。なんで?」
「特別なことはしてないですけど……太くて直毛なんですよね」
「いいな。俺癖っ毛だから」
朔弥が笑って自分の頭を指さした。彼の髪は確かにふわっとして柔らかそうだ。
「似合ってるからいいと思います」
「そうかな? ていうか、佐々山さんっていつもその髪型でぶれないよな。それでこそ佐々山さんって感じだけど、化粧とかしたら凄く印象変わりそう」
じいっと朔弥が華を見つめた。あまりに見つめられるので、さすがに恥ずかしくなった華は手で朔弥の視線を遮る。
「見すぎです」
「あっ! ご、ごめん!」
「……お洒落とかあまりしてこなくて。何をしたらいいか分からないんですよね。何が自分に似合うのか、とか」
華がポツリと言った。
必要最低限のメイクはしているし、清潔な服を着るようにもしている。でもそれはお洒落ではなくて身だしなみだ。
ぼんやりと元カレに言われたセリフを思い出す。
『そもそもさ、化粧っ気もないし服も地味だし、浮気される華にも原因はあったと思うよ。なんでもっと可愛くしなかったわけ?』
華も女性なので、明るい色の服やメイクに憧れを持ったことはある。何を買っていいのか分からず、化粧品売り場をうろうろした挙句、何とか一つだけ綺麗な色のリップを買ったことがあった。
でもそれをつけてみると、元カレが笑いながら言った。
『それ似合ってないって。華はいつも通りが一番いいよ!』
小さなことだがそれが積み重なり、結局今の自分のまま落ち着いてしまっていた。
(今思うと……別に彼に笑われても、好きな格好をすればよかった)
ずっとこのスタイルで来てしまい、今更何をしていいのかわからなくなってしまっている。綺麗な色のリップも、淡い色のスカートも、手放してしまった。
(……そう考えると、深見さんってすごい人なのかも)
やり方はとことんズレているが、この年で自分を変えようと奮闘するのは、簡単なことではない。散々偉そうに助言してしまったが、彼の姿勢は見習うべきものだと気がついた。
私には無いものをもってるのかも。
そんなことをぼうっと考えていると、朔弥がじっとこちらを見ていることに気が付く。慌てて顔を背けた華に、彼は頷きながら言った。
「まあ俺は男だから女性のおしゃれには詳しくないけど、佐々山さん白いし綺麗な顔立ちしてるから、何でも似合うと思う」
「き、綺麗???」
初めて言われた発言に華はぽかんとした。自分は地味だし影も薄く、いつだって端っこの方で生きてきた。綺麗だなんて、誰にも言われたことなかったのに。
そして次に、華の顔が真っ赤に染まった。
普段表情が変わらない華の様子に、朔弥まで慌てふためいた。
「えっ。ごめん今の痛い発言だった!? 感想を述べたまでなんだけど!! それともセクハラ!?」
「い、いえ、違います。そんなこと初めて言われて……驚いただけです。なんか、私偉そうに深見さんにいろいろ言ってるくせに、自分こそ変わることを恐れてて情けないんだなって思い出しました。むしろ深見さんは、自分を変えようとしてて偉いな、と」
顔を赤らめた華は、普段より少し早口でそう言った。その光景が新鮮で、つい朔弥は息を呑む。
(佐々山さんって、こういう顔もするんだなあ。それに、気弱な事を言ったりもするんだ……)
朔弥は慌ててフォローする。
「いやいや、俺は変な方向に変わろうとしてて大失敗してるから……!」
「でも私なんて変わろうとさえしてないから……!」
「変わらなくてもいいならそれで十分だし……!」
「いえ自分を成長させようとするのは大事ですから……!」
お互い謙遜しながら首を振っていたところで、突然朔弥がぶっと吹き出した。次の瞬間、彼はお腹を抱えて大きく笑いだす。
苦しそうな笑い声を漏らしながら、目に浮かんだ涙を拭く。ツボに入ったようで、彼はしばらく笑い続けた。華もふっと、肩の力が抜ける。
屈託のない笑顔に、華はぼんやりと『子供みたいな笑い方だな』と思った。
「ご、ごめん! 何言ってんだろうね俺たち」
「……ですね」
「佐々山さんって面白いね。凄く正直者だし。でもなんていうか、絶対嘘はつかないだろうなって信頼感がある。俺にこんな助言をしてくれてるんだから分かってたけど、いい人だなあって」
(面白いっていう感想はそのままお返ししたい。こんなに変わった男性見たことないし)
というか、彼こそいい人ではないのか。普通、ただの同僚にこれだけずけずけと物を言われたら不快に思うはず。でも彼はそれを素直に受け入れて活かそうとしている。
彼はきっといつでもまっすぐなのだ。だから時々、変な方向へ行くこともあるけれど、道を引き返すのも早い。
「あーお腹いた……って、まずい! 俺そろそろ行かないと!」
時計を見た朔弥は慌ててゴミを回収しだした。華も空になっていた弁当箱を片付け始める。
「ごめん、いつも話を聞いてもらって! 今度お礼する!」
「いえ、なんか私も勉強になりましたから」
「はは、やめてよ。じゃあまた! 午後も頑張ろう!」
朔弥はそう言って小さく華に手を振ると、急ぎ足で屋上の扉へ向かって行った。遠ざかる朔弥の背中を見送りながら、華は小さく呟く。
「……あの人、この状態のままでいれば普通にモテるだろうに……」
普通に話しやすいし、人懐こい笑顔。お礼も言えて、明るい。
「でもきっと、すぐにみんな分かるんだろうな」
時間が経てば初めの頃の印象なんて薄れてくる。そして彼が正直に『あの頃は良かれと思ってキャラづくりをしていた』と言えば、みんな笑って流してくれそう。
そうすれば、きっと彼女なんてすぐに出来るだろう。
「……私も行かなきゃ」
華は小さく呟いた。