拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由



 金曜の夜、会社から徒歩十分の場所にある和食店に、みんなが集まっていた。よくこの会社の飲み会で使われる店だった。十二月も半ばに差し掛かり、忘年会が開かれるのだ。その日はなるべく仕事を早く切り上げ、指定された店に人が集まって来る。

 華や朔弥も参加していた。

 華に至っては参加に消極的だったのだが、何せ今回は幹事を任されてしまったので参加せざるを得なかった。重い足取りで向かい、会費を集めたりと慌ただしく動き回る。

 ちなみに、もう一人の幹事は美鈴だった。

 華が忙しく動き回っている中、美鈴は席に座り、他の同僚たちと雑談をしていた。華が動き回っているのを見てもいない。『会が始まる前に会費は集めます』と教えておいたはずなのだが。

 呆れた華は美鈴に声をかける。

「大島さん。集めた会費を計算するから手伝ってもらえますか」

「……は~い」

「あれ、行っちゃうの?」

「幹事なんですよね~また後でお話してください!」

 話が盛り上がっていたところだったためか、周囲はじろりと華を睨んだ。その強い視線に気づいた華はぐっと拳を握る。でも幹事なんだから、しょうがないじゃない。後輩の育成も自分の仕事だと思ってる。

 めんどくさそうな美鈴は、華と座敷の隅っこでお金の計算を始める。

(会計だけ終わったら帰りたい……でも幹事だし、最後までいなきゃいけないよね……)

 はあ、と美鈴が目の前で大きなため息をついた。ため息をつきたいのは華の方だ。暗い二人を置いて、後ろでは上司が乾杯の音頭を取り始める。一斉にみんながグラスを掲げ、楽しそうな声が大きくなる。

「佐々山さんって、何で婚約破棄されたんですか~?」

 ぴたりと札を数える華の手が止まる。だがすぐに何事もなかったかのように動き出す。

「……プライベートな話なので」

「だって結婚まで行ったのになくなるなんてショック大きいですよね!? 可哀想」

「あの、その話どこから聞いたんですか?」

「忘れちゃいました。でもみんな知ってると思います。みんな佐々山さんを可哀想だな~って言ってましたよ!」

 美鈴はにっこり笑って言った。華は唇を噛んで俯く。

 美鈴に知られていた時点で、きっと他の人も知っているんだろうと分かっていた。でも改めて言われるときつい物がある。そんなに同情の目で見られていたのか……。

 結局まだ退職届は出せていないけれど、やっぱり早く出しておけばよかった。

 泣きそうな華を見て美鈴はふふっと勝ち誇ったように笑う。必死に隠してきた、婚約破棄されたという恥ずかしい過去が職場の人にバレていたなんて、私なら恥ずかしくて生きていけないなあ。

 美鈴が華の婚約破棄について知ったのは、本当に偶然だった。

 ある休日、友達とランチをするためにカフェへ行った美鈴は、たまたまプライベートの華の後ろの席に案内された。休みの日にあんな奴と会うなんて、と美鈴は顔を歪めた。

 元々、地味で愛想もないくせに仕事のことで自分に指図する華を嫌っていたのだ。なんで私があんな冴えない女から命令されないといけないの? と。

 華は女友達と来ているようだった。友達もなんだか地味な恰好で、やっぱり類は友を呼ぶんだなあ、と心で笑っていた時、友人が華に言ったのだ。

『でも式場の予約まで取ってたのに破棄って……ひどすぎるよ。華、大丈夫なの?』

 華からは、丁度死角で美鈴の方は見えないようだった。でも、向こうの話し声はしっかり聞こえる。

『もう終わったことだから……』

『信じられないよ。ずっと付き合って来たのにあっさり婚約破棄するってさ!』

『私も信じられなかった。でももうどうしようもないからさ……』

 普段と違い悲しそうな声を出す華を見て、美鈴はゾクゾクと言いようのない高揚感に包まれた。

 いつも全く表情を変えないあの女の弱みをようやく見つけた。そう思ったのだ。

 次の日にはすぐに同僚に噂を広げた。だが会社に仲のいい人間がいない華は、自分の汚点が広まっていることを知らないようだった。

 そこで飲み会に誘いだし、『婚約破棄されたことを知ってますよ』とあえて教えてあげたのだ。

(辛いだろうな~私なら死んだ方がマシかも。しかもこんな地味で愛想もない女じゃ次は捕まらないだろうしね)

 ふふっと美鈴は笑いながら、お金の計算を終える。

「こっちは合ってました~! 佐々山さんは?」

「あ……こっちも大丈夫です」

「じゃあ幹事の仕事はこれでいいですかね? 支払いやっといてもらえますか」

 普段の華なら何か言って来たかもしれないが、今は黙って美鈴と視線を合わせないようにしているだけだ。美鈴は笑う。

(勝った。幹事とか地味な作業は地味なやつがやっておけっての。私はみんなに待たれてるのに)

 そう思って立ち上がった時、後ろから上司の声が聞こえた。

「あれ、幹事? 大島さんと佐々山さんだったかあ」

 振り返ると、顔を赤らめた中年男性が立っていた。先ほど乾杯したばかりだと言うのに、もう酔いが回っているようだ。あまりアルコールに強くないらしい。美鈴はにっこりと笑って上司に答える。

「はい、幹事です! 何かあればおっしゃってくださいね? お酒足りてますか? 注文しましょうか!」

「若いのに気が利くね~! 大島さんは美人で明るいし、いるだけで職場がぱっと明るくなるからありがたいよ」

「いえ、そんな……」

「彼氏いるの? やっぱりいるのかなあ。すぐに寿退社とか授かり婚とかやめてくれよ~? 若いと妊娠しやすいしね」

 ずいっと上司が顔を近づけてきたため、美鈴の頬がひくっと引きつった。鼻にアルコールの匂いがつく。

(酔って気が大きくなるタイプ? 近いんだけど……)

 上司には気に入られておいて損はない。だが酔っ払いの相手は面倒だ。

 だがそこへ助け舟を出したのは華だった。

「部長。大島さんは幹事の仕事で忙しいので……」

 美鈴には苦手意識を持っているし敵意を感じ取ってはいる。だが彼女の先輩として、困っているのを見過ごすわけにはいかないと思ったのだ。

 だがアルコールですっかり脳が麻痺している上司は引かなかった。

「お、佐々山さん。君はいつも仕事が的確で早い! でも君は笑顔が足りないからね、もったいないと思ってるんだよ~!」

「……あの、ですから……」

「でも君の場合は年齢も年齢だから。もっと笑顔で可愛らしくいないと嫁の貰い手がないよ? 大島さんと対称的だね! 早々に妊娠していなくなる心配がある大島さんと、いつまでもうちにいそうな佐々山さんか!」

 へらへらと笑いながらそう言う彼は、普段はこんな発言はしない。酔って気が大きくなっているのだろうが、これが本音か、と華は虚しく思った。

 それに、彼の言うことは間違っていないと思った。自分は大島さんとはまるで違う。愛想が無いのも自覚している。

(……別に、もう結婚とか恋人とか、そういうのいいし……)

 それでも、なぜこんな風に言われなくてはいけないのかと情けなくなる。一体どうして──

< 13 / 56 >

この作品をシェア

pagetop